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2-26 『恨み、消えた嘆き。』

「っ……そんなバカなこと、聞かなくても当然でしょ」


 空中に浮くフードの女……豆打悶堕と名乗った彼女の問いに、負けじとユカリは答える。


「あの文書の文面通り、アンタはあの世からのお尋ね者。生者様の世界に喧嘩を売ったバカな死者、そして私たちの敵……これでもまだお望みかしら」

「そうか……やはり、思った通りの残念な答えだ」

「は?」


 そう言おうと初めから決めていたように、自然な流れで答える女。それは諦めのような、少しの哀しみが交じったものだった。


「お前達の中に、もう私はいない。私は、既に世界から排斥されている。少し悪あがきも兼ねてみたが……今更似合わないか。

やはりやめよう、豆打悶堕は仮面代わりの偽りの名だ」

「何を、言ってるの……?」

「本当の名だ。白神楽ツクモ カグラ、この世を斡旋した人気アイドル豆打悶堕のその裏側の姿だ」


 フードを微かに動かし、その奥の素顔……らしきのっぺらぼうを見せたのは、自称人気アイドル豆打悶堕を名乗る、カグラというお尋ね者の女だった。

 相変わらず生者のようなそぶりを見せるが、当の生者達にはまるでピンと来ていない。


「えっ、人気、アイド、ル?」

「お前達とは、これで二度目の自己紹介だな、ユカリ、ワラビ。懐かしい、舞台裏で初めて会った時、お前達はまだ初々しく、未来への希望を抱いていた。かつての私のように、きっと明るい未来が待っていると思っていたのだろう」

「豆打悶堕……白神楽……いや、知らない、知らないよ……そんな人、先輩なん、て」

「その通りよ……その通り、なのに……なん、なの、この感じ?」


 何故か自分達のことを知っていて、意思疎通の出来る謎のお尋ね者。豆打悶堕であろうと、白神楽だろうと、知らないものは知らない。そのはずなのに……ユカリとワラビの心は何故かざわめく。

 どういうことだ、この気持ち悪くもどかしいつっかえは、一体何を意味している。彼女に対して自分達の心は、何を訴えかけようとしているのか。


「だが教えてやる、希望も救いもこの世界には存在しない。人は誰しも皆同じ場所へと向かう、それが死だ。人は死ぬために人生という名の旅を続ける。そして先に待つのは、無の未来だけだ」

「……なんか、話が噛み合ってない気もするんだけど……あの何でかお話しできるお尋ね者は、ユカリちゃんとワラビちゃんを知ってて、対して二人はあの人を知らなくて……えと、ドユコトなの?」

「さあな、俺にも分かんねぇぜ。俺はアイツらとはまだまだ短いから、誰とどんな関わりを持ってたかまでは知らねぇ。それでも有名なアイドルっつうもんなら、少なくとも名前くらい聞いたことあるはずだろ。

この場の『誰も知らない』なんて、ありえねえよ」

「そーだよねー……って、おわっ!?い、いつの間にいたの、オウマ君!?」


 妙に会話が食い違う、歪な空気感の中、疑問を浮かべるアツミの前に現れたのは、変身を解除し駆けつけたオウマだった。

 この通りピンピンしてると笑顔を見せるオウマだったが、即座に話に入り込み、さりげなくユカリとワラビの前に立ち、上空を見上げる。




「……誰も知らない、か。そうさ、この皮肉めいた虚無こそが私の辿り着いた運命だ」




 結局は、ただ意味不明な戯言を言ってるだけの変人だと、そう全員からレッテルを貼られた。ユカリにワラビ、さらには良き知り合いだったライカ、アツミからも。


 そうか、あれほど過酷な旅路の果てに待つものが……これだとは。

 カグラはより一層、この醜く愚かしい世界を恨む。


「人は忘れる。苦しさも、楽しさも。待つのは全ての思いを打ち砕く虚無。

こんな世界は、変わらなければならない。私たちが……死者達が生者の世界を終わらせる。

救いを生み出すのは、生という牢獄から解放された自由である、死だけだ」

「っ……あな、たは……一体……」

「また会おう、愚かで不完全な生者達よ。この世界を手にするのは……私たち死者の方だ」


 そう不穏な言葉を残し、一旦は渋谷の街を後にするカグラ。襲撃そのものは終わる見込みが見えない中、なんとか決死の危機を乗り越えはした渋谷だったが、


「……なあ、ワラビ。お前には私の心が分かるだろう。ふふっ、ああ、そうだろう。どこまでも愚直で、努力を惜しまないで……そして、どこまでも『報われなかった』お前ならば。

まるで鏡写しの、哀れで皮肉に満ちた、私の腐った人生の味を——」


 彼らの心は静まることなく、平穏とは裏腹の騒乱に陥っていたのだった。






「……ふう、とりあえずなんともなくてホッとしたわよ。もう、カナデにマリエも、変な手間かけさせないでよね?」

「もーそんなこと言っちゃって、メグミちゃんが声かけた時真っ先に立ち上がったの、カオリさんだったじゃーん」

「ぎくっ!?な、何言ってんのよ、アツミ!?」


 微妙にぐずついた空気は、美味いメシで掻き消すに限る。バーガーチェーン店ムェックに入り、ちょっぴり背伸びした夜食として九人全員でテーブルを囲む。

 ムードメーカー担当のアツミとカオリの漫才から始まり、花の六本木色から和は広まる。


「すんごい表情だったよ?アツミちゃんはもちろんだけど、カオリさんも電話繋がらないって、泣きそうなくらい焦りまくってて……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!わーーわーーわーーーっ!!!なしなしなしなしっ!!いっ、今のは忘れなさい!!」

「ははっ、そんなに慌てるなんてどうしたんだ?いつも通りの友達思いなお前じゃないか、カオリ」

「ひぐっ!?うっさいわよ、この鈍感バカっ!!」


 頼んだ某ラッキーセットのおもちゃを弄り、アツミと天然なカイドウの攻撃を耐えるカオリ。せっかくのお子様メニューを堪能するはずが、裏をバラされ火が出そうなほど顔が熱くて、それどころじゃない。


 そうして、少しだけ場が和む中、意を決してメグミは、隣で静かに食事を取るワラビに声をかけた。


「ね、ねえねえ……ワラビ、ちゃん?」

「——え……って、わわっ!!!ご、ごめんごめん!私、ぼーっとしちゃってた?」

「っひいぃっ!?い、いや、その、驚かせようとし、したわけじゃなくて……えと、あの……」


 だが、驚かせてしまったのだろうか。上ずるワラビの声に釣られ、メグミ自身も焦り出してしまう。

 さりげなく気を配って、みんなの輪の中に取り込む。アツミがよくやるよう、それを真似してみたつもりだったが、本家とは雲泥の差が生まれてしまった。


「……さっき、おお、お姫様抱っこの、おかず君のお尻……どっ、だど、どどどどどどどんな触り心地でしたか!?ぁぁっ、へぁぁっ!?」

「へぇ……えっ!?な、ななな何を急に言い出してるのメグミちゃん!?」

「あの、えと、あの、な、何はナニ……って、ち、違う違う違う違うっ!!!き、気を遣おうとお、おおお思って!!でも、その、この手の話しか、お、思い浮かばなくてつい!!ごめんなさいっ!!」

「落ち着いて落ち着いてっ!!……え、ええと……し、心配、してくれた、って、こと?」


 先程の様子がおかしかったワラビとユカリ。その二人……特にワラビを気遣おうと、精一杯の努力を見せたメグミだったが、人付き合いの経験値はこの中でも最底辺。

 距離感が掴めずに、いきなりぶっ飛んだ話をしてしまうのは、当然本人も反省している点だった。


「下ネタで話の流れを作るってね……それ、いい年したおっさんがすることよ」

「いや、マリエさんも人のこと言えないけどね」

「カナデ君!?なっ、何言ってんのよ!このコミュ力お化けの私がそんなことするわけないじゃない!」

「何がコミュ力お化けだ!!アンタと俺は下ネタどころか、もっと酷いセクハラから始まった仲じゃねえか!!」

「うわーーん、そうだったーーっ!!ごめんなさい〜〜っ!!!」


 マウントを取ろうとしてズッコケて、そいつにさらにマウントを取ろうとして、より盛大にズッコケる。そんなことが繰り返されるうちに、この空気感が心地良くなって、わちゃわちゃが癖になってくる。

 やがて、ただの知り合いでは得られないような、摩訶不思議な充実感に繋がってくる。


「……ふふっ、相変わらず騒がしいわね、全く」

「あ、あはは……うん、そうだね、ユカリ。やだなあ、私ってば。助けに来た身なのに、変に心配されちゃうなんてね?」

「——ワラビ。貴方、少し無理してない?」

「えっ?」


 調子を取り戻し始めたユカリは、この機会に、少し踏み込んだ話をワラビにふっかける。

 それは耳打ちのように、誰にも聞かれないようコソコソと、二人だけの空間の中で行われた。


「お節介なら流して。でも気になってたの、最近の貴方のこと。歌やダンスのレッスンでも妙にぎこちなさが目立ってるし、たまにすごい表情してる時、あるでしょ」

「……」

「何かあったら、隠さずに言いなさい。周りには難しくても、私はいつでも側にいてあげる。弱さを見せることも、時には大切なことよ」

「……あ、ありがと、ね……ユカ、リ……」


 一瞬で察知する。ワラビの心の奥底にあるもの。それは普段のような光り輝くものではない、もっと現実的な、目を向けたくないような残酷なこと。

 曇った表情で耳を遠ざけ、強引に話を切り上げようとしてるのが分かった。そうして、ユカリとワラビのコソコソを見て、オウマも横から話に割り込んでくる。


「あれ?おい、何話してんだよ、ユカリ、ワラビ」

「別に。お子ちゃまには関係ない大人の話よ、オウマ」

「え?な、なんだよそれ!俺にも教えろって、ユカリ!!」

「いーやーよ。アンタはお子さまパンケーキでも食べてなさい。ふっ、なんなら、私がラッキーセット奢ってやってもいいわよ?」

「けっ、舐めんなし!ラッキーセットなんて子どもじみたもん、とっくに卒業して……」

「オウマっ、ユカリっ!!!!アンタ達ねぇ……このカオリ様の前でお子さまセットをバカにするなんて、いい度胸してるじゃない!!」

「「え、ええっ!?」」


 こうして、ガヤガヤと店内で楽しく騒ぐ生者達。この時間に集まる者達は、既に酒が入っていたり、騒ぎたいお年頃だったり、自分達以外の席もお祭り騒ぎのとこばかりだった。

 また明日からも、奴らの襲撃が起こることだろう。この和気藹々とした笑顔を守るためにも、何としてもお尋ね者達……カグラの手から東京を守らなければならない。




 そう、守らなければならない。守ることが、アーバンエッセンシアの責務……であるのに。




「……」


【——だが教えてやる、希望も救いもこの世界には存在しない。

人は忘れる。苦しさも、楽しさも。待つのは全ての思いを打ち砕く虚無。】


「あの、お尋ね者の言葉……なんだか」




【こんな世界は、変わらなければならない。】

「……私の心が、見透かされてる、みたいな」




 ユカリも話の輪に入っていき、既に取り残されたのは自分一人。

 皆が思いを新たにする中で、ワラビは一人静かに先程までのこと……そして思い返される過去を、心に浮かべていた。


 白神楽……彼女と自分は、やはり初めて会ったとは思えなかった。あのお尋ね者と自分達は、前に会ったことがある。いや、それどころかより密接に関わる……そう、例えるなら、『頼れる先輩』のような存在として側にいたような。


 短い間の対峙でも透けて見えていた、彼女が心から抱いていた世界への憎悪。それは自分が……『今心に抱いている感情』と、似たものなのかもしれない。

 自分とカグラの間に……共通点があるとするなら。もしもそれが、カグラがこの世界を死者の下に支配しようと目論む理由なのだとしたら。


「あの人の話……アイドルって、ひょっとして」


 カグラに対して、何かを感じ取っていたワラビ。この流れが、明日以降の生者と死者の戦いに、何をもたらすのか。

 良い影響なのか、それとも悪い影響なのか、それはまだ、本人にすら分からなかった。

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