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2-25 『充実な幸福と、退屈な不幸。』

「はぁ、っ、この……っ!!!」


 スプレー缶を巧みに操り、次々と敵を倒し、壊された渋谷の街を再生させるカナデ。500とまでは言わずとも、二人がかりで朝から晩までかかるほどの数には、変わりない。


 マリエは朝から渋谷の防衛のために、街を駆け続けていた。カナデも遅れじとお尋ね者達の殲滅を図る。


「はぁ……今日は、マリエさんだけでも追いつかないほどの数の襲撃が……日に日にどんどん増えてきてる。このままじゃ……!!」


 平穏が消え、早数日。これまでにない、毎日お尋ね者の襲撃が起こるという未曾有の事態に、渋谷を始め、東京中が緊急の対応に追われていた。

 連日ニュースになる、『謎の超常現象』と称されたお尋ね者の各都市への被害。他のアーバンでは、おそらくお尋ね者を倒し逃してしまう、いわゆる抜け漏れが起こり始めたのだろう。


「……いや、考えるな俺。今はただ、アイツらだけを!!」


 薄々気づいてはいたが、この数を全部掃討できるほど、自分達に絶対的な力などない。いざ死者がその気になれば、同士で結託すれば、生者の世界などいとも簡単に壊れてしまう、儚いものであると分かった。

 戦うことで、せめて少しでも街の崩壊を遅らせる。自分に出来るのは、生者の世界の顕在する時間を引き延ばすことだけだ。


「吹っ飛べぇぇぇぇぇっ!!」


 トゲトゲの棍棒を振り回し続け……そうして、やがて空が黒く染まった。どれほど時間が経ったかは分からない。ただ、お尋ね者の姿はこの渋谷からは既に消えていた。


「はぁ、はぁ……ぐ、っ……っ、は、ぁ……」


 身体中が疲弊しきり、その場に倒れ込むように膝をつくカナデ。棍棒を手放し、乱れ狂う鼓動を落ち着かせようと息を吐く。

 周囲に、自分を見てざわつくような声が聞こえる。よかった、街に被害は残らず、人も皆生きてる。そう安堵していると、遠くから馴染みのある声が聞こえてきた。


「……カナデ君!!やっと見つけた、こんなところまで来てたのね!」

「マリ、エ、さん……や、やり、ました、ね……」

「あ、ち、ちょっと大丈夫!?すごいへばってるじゃないの!」


 フラフラと、今にも倒れ込みそうなカナデを、駆けつけてきたマリエがすかさず支える。ちょうどカナデの顔がマリエの胸に埋もれるが、今はそんなことを考えてる余裕もなかった。


「う、ぅ……もぅ、足、動か、な……い」

「はぁ、慣れない運動したからね。酸欠からの貧血でも起こしたのかしら」

「ばたんきゅ……って、やつ、かな……」

「ふふっ、君が言うにはちょっと古いわよ。ほら、私に捕まりなさい」


 一歩も歩けないほど疲れ切ったカナデを、マリエは優しく肩を持って、近くのベンチへと連れて行く。他の人の視線も気にならない、また二人だけの時間が流れる。


「マリエ、さん……いつも、こんな沢山の数を一人で倒してるんですよね……?」

「うん……あれから毎日、ずっとそうね。今日は朝から晩までかかって、君が来るまでに終わらせられなかったけれど」

「っ、すみません、マリエさん。俺も、本当は学校なんか行ってる場合じゃないのに……」

「ちょ、だ、ダメよそんなの!君は平日は放課後から、土日は午前からって決めたじゃない!いい?メンバーとはいえども、君には私と違って、ちゃんとした学校生活を送って、後悔のない人生を送って欲しいんだから!」

「……ちゃんとした、か」


 ふとカナデは今日の、そして最近の学校生活を思い返そうとした。

 でも、いくら考えても何も思い浮かばない。一日何をしてたかなんて、もう忘れてしまった。そのぐらい、こっちの生活の濃い味付けに慣れてしまっていた。


「ふふっ、それに、任せなさいよっ!お尋ね者なんて、君の分まで私がちょーっとだけ頑張ればいいの!ちゃんと頼りにしてくれて、いいんだからね?」

「……あははっ、流石マリエさん、だな」

「でしょでしょ?頼れる先輩への努力は、こんなとこで終わらないわっ!!ささ、どーんと頭預けちゃいなさい?今日の私の肩は、君専用よっ!」


 かたやこんなにも刺激的な生活を送り、かたや世界で最も退屈な生活を送っている。

 こうしてマリエの元でバイトを始める前の人生は、目覚めてから眠るまで、全てが退屈に満ちていた。学校なんて、通学路なんて、授業なんて、全部、全部つまらない。タチの悪い睡魔だけが、自分の唯一の友達だったのだ。

 今は命に関わる危険な闘いをバイトとしていると言うのに、なのに、そっちの方が何千、何億倍も充実していると声高に叫ぶ自分がいる。


 これは幸福なのか、それとも不幸なのか。今の自分に答えはまだ出せない。きっと出せた時こそが、自分の知らない本当の自分に出会えた瞬間なのだろうと、そう思う。


「……この生活が充実、だなんて。俺、変なのかな」

「ん?カナデ君、何か言った?」

「いや何も」

「ちょ、絶対何か言ってたわよね。え、なになに、ひょっとして、聞かれて恥ずかしいことでも口走っちゃったのかしら〜?あらあら〜〜?お〜し〜え〜な〜さ〜い〜よ〜」

「あ〜あ〜、聞こえない聞こえないー」


 闘うことが充実に繋がるのか。命をかけることが幸福に繋がるのか。自分の心は相変わらず分からないままだ。肩を揺さぶる面倒なマリエの茶々を、とりあえず耳を手で叩き、適当に流す。

 きっと、いつか答えは見つかる。だからその時まで、この渋谷は絶対に守り抜かなければならない。マリエとのわちゃわちゃを繰り広げ、ふいにそんなことを考えた。

 その時のことだった。




「——そんな刺激なんて、ただの期限付きの紛い物だろうに」




 ベンチに座るカナデとマリエ。渋谷アーバンの二人の脳内に、何者かの声が響く。


「!?な、何、今の声?」

「声?何か聴こえたんですか、マリエさん?」

「そうよ!ほら、よく耳を……いやいや、頭を澄ませて!」


 いち早く異変に気づいたマリエが、自然とカナデの前に立つように構える。今までに聞いたこともない謎の声は、引き続き脳内に流れ込んでいく。


「——人生なんか、全てそうだ。その時は気持ち良くても、いい気分になっても、いつかは終わって、忘れて、残らないで、何もかも無駄になる」


「——希望なんか抱こうとするから、幸せを求めることに駆られて、結局みんな不幸になり続けるんだ」


 声の不快さ、頭が干渉を拒絶する感覚。あの日の最後のお尋ね者達の叫びと、これは全く同じだった。だが今回は違う、前回よりハッキリとその内容が聞き取れる。

 断片的ではない、確かな死者の意思が自分ら生の世界に齎されている。


「っ……何が言いたいんだよ」


 マリエの後ろから、疲れで鈍い身体を叩き起こし、虚空に向けて声を上げるカナデ。姿を現さず、この生者の世界へと侵攻せんとするのは、一人の死者。

 彼、いや『彼女』は軽く息を吐くと……まるで、生者のようにその頭部を俯かせ、そして。


「——まだ、分からないんだな」


「——生きてようが死んでようが、この世界が腐っていることに変わりはないということだ」




「——そう、この世界に生きてる全ての人間……お前達もみな」




 声の色が変わった瞬間、場の雰囲気が一変する。今まで脳内だけにあった気配が、一気に現実世界へと現れ出る。


「……!?カナデ君!!」


 何かを察し、咄嗟にハルバードを手に取り、カナデの前で大きく横に振り払うマリエ。カナデに届く、その目前で両断されたのは、巨大な刃の光るナイフだった。


「なっ……!?ど、どこからこんな!?」

「気をつけて、来るわよ!!」


 カナデもベンチから立ち上がり、マリエと共に謎の存在と対峙する。声だけだったはずの存在は、ナイフを飛ばすと共に、その隠していた姿を露わにした。

 カナデとマリエの正面の上空、そこにいるのは、謎の黒いコートを着た一体のウヨウヨ。フードで頭部を覆い尽くす、これまでにない特徴を持った、特殊な個体だった。


「っ……」


 不気味さも相まって、その重苦しいプレッシャーに顔をしかめる二人。これまでの個体、ソート使いとも訳が違う。対峙しただけで分かるほどの圧倒的な何かを、彼女は含んでいた。


「——手始めに、まずはこの渋谷から死者の下に葬ってやる」


 スプレー缶、ハルバード。息を呑んでそれらを構える中、フードの女は腕部を前に出す。途端、彼女の目の前に巨大な穴が出現する。その奥に眠る力……ナイフの次は巨大な注射器を呼び出し、渋谷の街へと放り投げる。


「ま、まさか、あの注射器って!!」

「ダメ!!あの中の液体、あんなのを街の上でバラ撒かれたら!!」


 飛ばされた注射器が向かうのは、この渋谷を一望できる場所である、渋谷スクランブルスクエア47階、渋谷スカイ。この街で最も高い場所で、中の劇薬が全域に撒かれてしまえば……どうなるかは想像するまでもない。


「させるかっ!!!」

「止めるわよ!!!」


 即座に、注射器に向けてハルバードと缶を投げつける渋谷アーバン。

 だが、まるで力が足りずに跳ね返されてしまう。あの力も先程の力も、かつて自分たちが対峙してきた存在達の操っていた力のはず。

 でも、その力は彼らが操っていた時よりも、恐ろしいほど強力になっている。


「効かない……そんな……」

「——ふふっ、思い知ったか?私の持つ本物の生の力……選ばれし者の力を」

「……選ばれし者、ですって?」


 フードの女は、見下ろすようにして非力な渋谷アーバンへと言い放つ。


「——私は、普通の死者達とは訳が違う。出来ることも持つ力も、全てが別次元の存在。私には、なんでも捻じ曲げられる。私には、なんでも思い通りに出来る。

気に入らない日常、気に入らない人間、気に入らない規律、気に入らない世界。

みんな、全部ぶっ壊せる」


 目の前に数個の穴を現し、そこからまた力を引き出す。ナイフに注射器、そしてさらに、これまでに見たことのないソート。穴から呼び出される力の種類は、止まることを知らない。


「嘘だろ……あいつ、どんだけの数のソートを!?」

「いや、ソートは普通、一人につき一つの能力のはず……一体どういうことなの!?」

「——言ったはずだ。私は別次元の存在、お前達アーバンエッセンシア如きとは、格が違う。苦しみに満ちた……この世界への憎しみもまた」


 格の差が違う。その言葉通りに、彼女は浮かべたソートらを一斉にカナデとマリエへと差し向け、異次元の攻撃で襲いかかる。

 街一つ守れない貧弱な力かつ、疲労の溜まった身体で抵抗する二人だったが、成す術もなく『鉄格子の檻』に囚われ、『クレーン』で空中にぶら下げられ、『雷槌ミョルニル』から発せられる電磁場に閉じ込められる。


「——どうせ疲れ切ってまともに動けないのだろう。なら、そこで見ていろ。お前達の守りたい街が、これまで幾度の歴史を重ねた街が崩れていく、呆気ない最期を」

「や、やめろ!!くそっ、この、このっ!!!」

「おりゃぁぁぁっ!!!!ぐぅ、っ……ダメ、疲れで、力がもう……」


 トゲ棍棒、ハルバードを打ち付けても、女の呼び出した鉄格子はビクともしない。隙間から出ようにも、雷槌より生まれし全てを焼き焦がす神の雷が取り巻き、それを妨げる。


「っ!!!」

「はっ!!!?」


 注射器が、もうまもなく目的地に辿り着く。街の至る所から見える場所でもあるため、その異変は下にいる一般人らにも知れ渡る。あの巨大な物体は何か、何かのイベントか、一体何が始まるのか、無知なる生者達は知る由もない。


 もうじき、渋谷が毒の雨に溶かされて。全てが、消えて——






「……ぐぅぅぅぅぅぅぅぉりぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」






 だが、絶体絶命に思えた次の瞬間。スクランブルスクエア直前の上空にて、巨大な火花が生まれる。注射器の先端部より発せられるそれは……全てを無に返す、漆黒の剣との正面衝突によるものだった。


「へへっ、こんなものぉ……ぶっっっっっったぎってやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!」


 街中に轟く声量で雄叫びを上げ、ヴォイドソードを振るう青年。彼の、全身の力を注いだ斬撃により、注射器はその場で硬直し、そしてそのまま両断され、空中の塵と化した。

 突然のことに驚きつつも、カナデとマリエ、そしてフードの女を取り巻く状況は一気に変化する。


「ふん、あのバカにだけいい思いはさせないわ!!はぁっ!!!」


 攻撃を受け止めたオウマに気を取られている内に、クレーンを突如巨大な機械の剣が切り裂き、空中に吊るされていたはずの鉄格子の檻が地面へと落とされ、


「よっこらしょ、っとっと!!大丈夫だったかな、カナデ君?」

「ふっ、と。怪我をする前でよかったよ、マリエ」


 さらに空中に投げ出された二人をキャッチするのは、一人の少女と一人の男性。

 攻撃を防いだオウマ、雷槌の刺さったクレーンを破壊したユカリ、地上で二人を支えたワラビとカイドウ。

 渋谷の危機に、新宿から仲間達が駆けつけてくれたのだ。


「わ、ワラビ……それにユカリまで!」

「ふっ、無様な格好ね、カナデ。自分より小さな女の子にされることがそれかしら?」

「へ?……って、うぐっ!!う、うっさいし!!」

「か、カイドウ……もう、いちいちカッコつけないの!!ほら、早く放しなさ……!?」


 ワラビとカイドウに、それぞれお姫様抱っこされる形になったカナデとマリエ。一瞬の和が生まれかける際、そこに頭上から数発の『ダークボール』が打ち込まれるが、即座にカイドウが動く。

 月弦の弓を発現させ、向かいくるダークボールを全弾正面より撃ち抜く。


「ふう、いきなり攻撃とは、随分手荒な挨拶じゃないか……ふっ!!」


 そのままマリエを下ろすことなく、器用に身体の向きを変えて上空に矢を飛ばすカイドウ。迫り来る矢を軽々と回避する女だったが、その背後より更なる追撃が向けられる。


 新宿だけではない、六本木もまた、渋谷の窮地を助けに来たのだ。


「全く、いいようにやられてるんじゃないわよ、カナデ、マリエ!!私たち花の六本木アーバン様に救われたこと、光栄に思いなさいよね?」

「おおっ、もうみんな集まってるじゃん!メグミちゃんの言う通り、やっぱ来てみて正解だったねっ、カオリさん!!」

「お、おかず君に手出しは……さ、ささ、させないんだからっ!!!」


 野生の勘が働いたのか、メグミの声で渋谷へと現れた三人は、女へと次々攻撃を仕掛ける。どこまでも迫る怒りの氷の蔓を空中飛行で、デコレーションシールの爆発をステップで避けるが、最後の予測不能な動きを見せる体操リボンの一撃だけはかわせずに受けてしまう。

 軽く呻くそぶりを見せるも、すぐに元の体勢を取り戻し、上空から生者達を見下す女。相変わらずお姫様抱っこされているカナデとマリエを目に、彼女はバツが悪そうに吐き捨てた。


「……ふん、既に仲間を築いていたか。相変わらずの悪運の良さだな」

「ははっ、悪運なんかじゃないわよ。日頃の行いの縁、ってやつかしらね」

「みんな……助かったよ、ありがとう」


 形勢を立て直し、新宿、六本木と一つの塊になる渋谷アーバン。全員がカナデの感謝に頷いて応え、共に戦い立ち向かう姿勢を女へと向ける。

 一気に劣勢へと追い込まれた女だったが、その表情……というより、雰囲気はまだ余裕を持ち合わせているようだった。


「まあいい、どうせすぐ無駄に終わる。私の存在自体がそれを物語っているのだ……そうだな、一つ試してみるとするか」

「何ぶつぶつ言ってんのか知らないけど、遺言ならあの世で壁に向かって言ってることね」

「ははっ、相変わらず言葉に微塵の救いもないな、ユカリ」

「……えっ」


 女の声に、横から思わぬブローを受ける新宿アーバンのユカリ。そしてそれは、ワラビも同じだった。ユカリは人付き合いが苦手であり、それは生者に対しても死者に対しても同じこと。

 なのに、彼女は……


「そうだ、葛餅紫、甘垂蕨。お前達はこの私、『豆打悶堕』を覚えているか?」


……豆打悶堕は、『会ったこともない』はずの自分達の名を、何故知っているのだろうか。

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