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2-22 『EX.2 フェニックス、ホムラ。』

——そう、数年前まで、自分は炎とは無縁の人間だった。


「……あー、嫌な頃を思い出しちまったな」


 暗がりの新宿。公園沿いの道路に、車が走る。すぐ横を歩きながら、オウマは昔の自分をふと思い返してしまった。


「あん頃、いつも死にたいって思ってたっけ。毎日いじめられて、そんな自分が情けなくて、嫌になって。ここを通る度に、いつか飛び込んでやるって思ってたな」


 今でこそ筋肉も付き、ガタイも良くなり、自分に自信を持つことが出来たオウマだったが、数年前までは弱々のガリガリ、痩せてるもいいほどの体格だった。

 彼が今日まで生き続けていられたのは、他でもない、あの『彼』のおかげであることは言うまでもない。


「……フェニックス……俺の、大好きなヒーローだ」


 彼が完全に生きる希望を失う寸前、ふと付けたテレビの中に、彼の姿はあった。オレンジの不死鳥の翼を伸ばし、正義の味方である主人公に襲いかかる剣士、フェニックス。

 そう、初めて目にした時、大好きな彼は悪役側のキャラクターだった。


「初めは、ただカッコいいとしか思ってなかったんだ。いくら攻撃されても蘇って、主人公を追い詰めるクールな強敵の登場!あんな展開、燃えないわけねえよ!はぁ、あん時はハラハラしたな〜っ」


 それこそヒーローとは程遠い、正義の剣士と世界を消し去るべく暴走する存在。だが、彼にはそうなってしまった、ある理由があったのだ。


 フェニックスに変身する、とある青年はずっと、いじめられていたのだ。主人公の守る世界の中で、日々苦しみながら、屈辱を噛み締めながら生き続けていた。

 その姿は、ちょうど当時の自分と重なっていた。


「……フェニックスは主人公に言ったんだよ。お前の綺麗事の裏には、無数の穢れが潜んでる。世界は善だけじゃない、光と同じほど深い闇も、そこにはあるって」


 アクションや剣戟がカッコいいからと見てるうちに、オウマはフェニックスという剣士に、完全に自身を投影させていた。彼の言うこと一言一句全てが、自分の思っていたことまんまだったからだ。

 世の中にはよく、この世界は美しいだの、人は皆平和であるべきだの、上辺だけで小手先ばかりの言葉が飛び交っている。


 無責任で、自己満足で、理想じみた発言の数々。いつも嫌々と思っていた。


「主人公も言い返せなくなってた。そうだ、ヒーローなんて綺麗事だけの自己満人間だろ、本当は世界の平和なんて真剣に考えてないんだろって、俺まで一緒になって捻くれてたっけ」


 そんなある時、フェニックスは二人の、夢を追い求める少女達と出会った。バンドで世界一を目指したい、一度はアホらしいと彼女達を振り捨てたが、いつまでも純粋に練習と努力を重ねる姿を見てるうちに……どこか劣等感のような、晴れないモヤモヤが募り続けていく。


 彼女達は、未来へと進んでいる。対して自分は、過去にばかり目を向けて立ち止まっている。


 どうしてだ。この世界の何もかもが無駄なはずなのに、それでもみんなは楽しそうで、対して自分は一人で、いつも味気なくて、つまらなくて、何かモヤモヤして、嫌になって……なんでなんで。

 そうして月日が経ち、その思いは膨れ上がり、とうとう爆発した。運命の日、耐えられなくなったフェニックスは、少女達の目の前で変身し、ついに彼女達へと直接刃を向けてしまう。


 生身の存在に、心のままに剣を振りかざす、その時。その剣を直前で受け止めたのが、主人公だった。


「……」


 邪魔をするな。そういい、剣をひたすらに主人公へと叩きつけるフェニックス。その姿は普段とは違って、クールでもライバルキャラでもない、ただの迷子になった子供のようだった。


 主人公との感情のぶつけ合い。心と心からの衝突。泣きながら、少女達の目の前で剣と剣を交じり合わせる。


 そうして相手の思いも、自分の思いも、全部跳ね除け受け入れて……その瞬間、フェニックスは破滅願望に浸っていた自分への、『隠れた嫌悪』に気づいた。


「……ふと、俺も自分の中に、自分自身への嫌な気持ちがあることに気づいたんだ。いつまでもウジウジとやられてばっかで、なのに陰で恨めしく言って、それで解決した気になって。

……きっと、ダサくて、カッコ悪かっただろな、俺」


 オウマが自己投影していたフェニックスは、そうして自分自身の本音、『軸』に気づき、剣を下ろして変身を解いた。膝を突いてへたれこむ彼、そこに主人公はゆっくりと歩み寄り、そして手を伸ばす。


 その力を使うなら、全てを消すより、何かを残すために使った方がいい。お前自身も、本当はそういう選択を選べる人間、ヒーローなんだ。今この瞬間、お前の溢した涙が、それを物語ってる。




 フェニックスは、泣き続けた。初めて心のままを曝け出し、主人公ら仲間達、そして二人の少女達に迎え入れられた。ただ、温かい。

 ずっと忘れていた、そんな素朴な気持ちが、孤独だった彼にはどこまでも心に響き、幸せに感じたのだ。




「……そうだ。俺もその時、同じことを思ったんだった」


 その後、フェニックスは真の意味でヒーローとして覚醒し、主人公と共に世界を守るべく戦った。自分も未来に進みたい、そして、同じく未来を思う人々の力になりたい。

 彼の思いは……当時のオウマという少年の人生を、永遠に変えることとなるのだった。


「俺も、いじけてばっかの自分から、抜け出したくなったんだ。

いじめてる奴らばかり考えてないで……目を逸らしてた自分自身に、ちゃんと目を向けるべきだってな」


 それから、彼は自主的に外に出るようになった。日の光を浴びて、身体を動かして、自分を変えようとした。

 当然、自分をいじめていた奴らを懲らしめたいと思うこともある。無性に憎悪で心が満ちることもある。

 でも、自分は復讐を振り撒くより、それ以上の希望と共にありたい。


「努力なんて意味ない、希望を持つなんてバカバカしい、そんな風に思わなきゃ生きていけないなんて……そんなの、悲しくて、虚しいだけだろ」

「だったら俺は……せめて俺の前だけでは、心から希望を持って、笑えるようでいて欲しい。誰かにとって、俺自身がそんな場所を生み出せるような奴でありたいって、思ったんだ」


 現実とフィクションは違う。フェニックスが斬れなかった人の温もりも、現実世界では幻想に過ぎないのかもしれない。


 だからせめて、自分と同じく苦しんでる人たちが笑顔になれるよう、その幻想を抱いてもいいと背中を押せる存在でありたい。自分の前では、いくらでも幸せを信じられるように。

 自分が、世界にとっての希望でありたいと、強く思うようになった。




 改めて道路を見る。かつて抱いていた『死』というものは、今の彼を突き動かす源であり、ヒーローを目指す上の大切な意味を持っていた。




「……んっ」


 上着の中が急に膨らむ。めくってみると、そこには、オレンジ色のドライバーがあった。

 フェニックスが劇中で着けていたそれは、昔から頻繁に彼の腰に現れては、消えてを繰り返していた。だが今回はいつもとは違う……黒い剣、『ヴォイドソード』がドライバーに納刀されていたのだ。


「この剣って、フェニックスの……」


 これまではなかった剣が、自身のドライバーに現れた。全てを無に帰す伝説の剣……だが、同時に悪を倒し幸せを生み出せる力でもある。




 破壊か、創造か。何故今になって力が現れたのか。意味するものは何か。

 死を思い出し、そして、未来への強い覚悟を決めた。苦しむ人々の希望になるべく、自分は『生きたい』。




 死より芽生えたヴォイドソードは、虚無の剣の形を模した、オウマの生きる意志そのものの証だったのだ。


「——君も、ソートを手にした内の一人だね」


 その瞬間、彼は背後から声をかけられる。そこにいたのは、とある一人の男と、二人の少女達。


「はぁ、私たちだけかと思えば……こんなマヌケ面の男まで、バイトメンバーに加わるなんてね」

「ちょっと!この人とは初対面だよ?そんなこと言ったらダメ、ユカリ!」

「……な、ななな、なんだ、アンタらは?」

「えっ、ああ、まずは自己紹介させてもらうよ。僕は——」


 新宿アーバンとして生きるヒーローの物語は、ここから始まったのだった。

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