2-21 『EX.1 アマダレ、クズモチ。』
——あれは、今から数ヶ月前のこと。
[おいおい、いいだろ?言ってたじゃねえか、『貴方だけを見てる〜♪』ってよ!]
「っ……何の用かしら、一体」
[ぷっ、あっはははっ!!!とぼけても無駄だぜ?あの小さなステージ見てたの、俺らだけだったしな?]
人気の少ない公園にて、二人の少女を取り囲む数人の男達。仕事終わりのところを背後から付いて回り、人が少なくなった瞬間を狙って連れ込み、一気に事に及ぶ。
これが、これまで何度も夢見る少女達を喰い散らかしてきた、彼らのやり方だ。
[だからよ。ちゃんと、イイコト、させてくれよ?]
「っ……ゆ、ユカリ……」
「……平気よ、ワラビ。大丈夫、大丈夫だから……っ」
地下アイドルユニット『あ〜んみChu♡』の甘垂蕨と葛餅紫が、不運にも今回、目をつけられてしまった犠牲者だった。
男達がジリジリと迫る中、怯えた目で、無力に身体を震えさせるワラビと、その手を優しく握り安心させようとするユカリ。
二人の目には、今にも溢れ出しそうなほどの涙がこもり、逃げ出したくても逃げ出せない恐怖で、全身が強張ってしまっていた。
[なあ、俺たちって実は、とある事務所さんとも深〜いご縁があってな?もし大人しくしててくれたら……こっそり紹介してやってもいいんだぜ?]
「……え、っ」
[見たところ、お前ら結構可愛いからよ〜。ぜってえ人気出ると思うぜ〜?見る目のねえ奴らばかりで、今は時期が悪いだけだ。あんなゴミ溜めみたいなライブステージほっぽって、俺らと一緒にキラキラした大舞台に行こうぜ?な?]
アイドルも所詮は、客を集めなければ成り立たない仕事だ。歌っても踊っても、誰にも見向きもされなければ、金は起こせないし、何の価値にもならない。
そんな彼女達、特に地下深くでもがく存在達には、こんな希望を煽る言葉が最も良く刺さる。
「人気……私たち、が、大、舞台、に……」
ワラビも、人気の出ない現状に悩みを抱いていた一人だった。彼らの言うように、自分達のステージはせいぜい十人集まれば良いようなもの。日々努力を続けても、何か変わるような兆しは見えない。
本当に、自分はアイドルをやってていいのか?アイドルでいる価値などあるのか?こんな自分を、誰が求めているのか?彼女のような思考に陥る最底辺は、男達の格好のターゲットとなり得る。
人気というエサで泳がせて、キラキラという言葉で胸を昂らせ、自然と身体を差し出すよう仕向ける。こうして何人もの女の身体を弄んできたのだ。
「騙されちゃダメ、ワラビ!」
「!?はっ……ゆ、ユカリ……ごめ、ん」
明らかに心が揺らいでいたワラビを、現実へと呼び戻したのはユカリだった。彼女も現状に満足していない者の一人ではあったが、身体を売ってまで得る人気などには、全くもって価値を見出せなかった。
そんなもので手にした栄光など、浅ましく、汚らわしく、ガワだけのハリボテにすぎない。日々笑顔で努力を重ねる相方の姿が、とにかくユカリは好きなのだ。
努力を忘れ、結果を追い求める余り自己を失ったアイドルなど、彼女は微塵も魅力的だと思わなかった。
「全く、誰が貴方達みたいな最低に付き合うとでも言うのかしら。寝言は鏡を見て言うことね」
[ははっ、随分と自分の立場が分かってねえみたいだな、ガキ。
お前に、選択権があるとでも思ってんのか?]
強い言葉で誘いを突っぱね、抵抗する意志を示すユカリ。
だが、嫌だと言って素直に飲み込むような相手ではない。うるさい虫は、力づくで、強引に黙らせればいい。そう考えるような奴らだ。
「くっ!に、逃げるわよ、ワラビ!!ほら、早く!!」
「う、うん、ユカリ……って、きゃぁっ!い、痛いっ!!」
[誰が、逃すか!!!ほら、そいつらを捕えろ!!]
逃げようにも、もう遅い。背後に回り込まれると、即座にワラビとユカリは両腕を抑え込まれ、二人の男に縛り上げられる。
力を込めても、圧倒的な腕力で捩じ伏せられ、パニックに陥った二人は、涙を溢して叫びながらも抵抗を続ける。
「いやっ……いやぁぁぁぁぁっ!!た、助け、っ、助けてっ、ユカリ!!!」
「……!?ワラビ!!っ……やめっ、は、離しなさい!!このっ!!」
[うっせぇなぁ、あぁ?誰がテメェらみてえな地の底に光当てると思ってんだよ。こうして俺たちに好き勝手使われるだけ、ありがたく思え、よっ!!]
初めに狙われたのは、ワラビだった。腕を縛られ、何もできない彼女は、目の前に近づく男に手をかけられ、上着を強引に脱がされていく。
「やだぁぁぁっ!!!やめて、っ、やめてぇぇぇっ!!!」
「やめ……は、離して、っ!?やめて、やめてっ!!お願いだから、ワラビだけは……ワラビのことだけは、許して!!!お願い、お願いだからっ!!!!」
ユカリは自分自身にも魔の手が迫る中でも、真っ先にワラビの名を叫ぶ。相方の命は、自分の命も同然。
他はどうなってもいい、自分がどうなろうとかまわない。でも、大事な親友にだけは、自分の相方にだけは、相棒にだけは……その汚い手を向けるな。
「いやぁぁっ……ユカリぃ……ひぃっ!!!」
「ワラビ……ワラビっ!!!お願い、やめて!!やめて……ぁぁぁぁっ!!!!」
シャツも剥がされ、とうとう、ワラビの純白の肌と質素な下着が露呈する。
せっかく頑張ってきたのに、こうならないよう、最悪な手段を取らないよう努力してきたのに、それでも、こんなにも惨く酷い終わりを迎えるのか。
こんなところで、こんな名前も知らない卑劣達に、自分たちの夢を踏み躙られるなんて……許せない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!」
「っ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
終わりたくない、そう思う心と。
自分達の夢が潰えてしまう、絶望。
混ざり合う瞬間、無力を覚えた彼女達は……そこで初めて『死』を想起した。
[ふはははははぁっ!!!!ほら、大人しくしとけば良かったのによ……自分の花畑アイドル人生に、別れを告げろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!]
手が、もうじき、触れて……夢が、剥がされて……
[……ぁ、っ?]
下着に触れる……その寸前、男の身体が、突如後方へと吹き飛ばされる。身体が、ずっと遠くの木の幹まで、飛ばされて……背骨が、おかしな方向に、曲がって……
[ぐっ……ご、がぁ……]
この瞬間。今、何が、現実に起こった?
「はぁ、はぁ……っ……?」
「……な、何……?」
薄れゆく意識の中、男の目に映ったのは、確かに二人の少女だった。
でも、一人は鎧を見に纏い、機械的な大剣を持ち……もう一人はマイクスタンドを担いでいて……
そう思ったのを最後に、男が再び目を覚ますことはなかった。
[ひっ……ひぃぃぃっ!!!!]
[に、逃げろ!!助けて、うわぁぁぁぁっ!!!!!]
彼女達を取り押さえていた男二人も吹き飛ばされ、残りの男達も悲鳴をあげてその場から走り去っていく。ただ、何が起こったかは彼らは愚か、少女ら本人も理解できていなかった。
「ど、どうしたのかしら、急に……一体、何が……って、えっ!?」
やっと、身に宿るズッシリとした重さに気づき、ユカリは驚愕した。
この姿は、本当に自分なのか?
身につけているブレスレットも、剣も、鎧も、さながら『戦隊ヒーローズの敵役』まんまじゃないか。まさか、今あの男を吹き飛ばしたのは……フィクションの力を、自分は現実で手にしたと言うのか?
そう、変身し戦士になった自身の姿を見回している中、
「……うっ、ふ、ぐっ……は、はぁ、ぁぁ……っ」
「っ!?ワラビっ!」
すぐ横にいたワラビが、マイクスタンドを手放し膝から崩れ落ち、その場にうずくまる。そしてそのまま、同じく無事だったユカリに抱きつき、大粒の涙を溢して泣き叫んだ。
「ユカリ……ユカリ〜〜〜〜〜っ!!!うえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
「ワラビ……大丈夫、怪我とかしてない?」
「う、ん……怖かった……私、すごい、怖かったよぉ、っ……うぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!」
「そう、良かった……そうよね、怖かったわよね……でも大丈夫、大丈夫よ。もう大丈夫だから……だから、泣かないで」
「ユカリ……っ、ありが、とう……ユカリこそ、無事で、よかった……」
「……ふっ、当然じゃない、そんなの」
背中をさすると、捨てられて砂を被った上着を叩き、すぐにワラビに着せるユカリ。ヨレヨレになった服を整え、直前で守られた清純と夢を、また大事そうに胸の内にしまいこむ。
危機が去って何よりだと、お互いを安心させるべく、二人して一緒に笑顔を浮かべる。どちらも鼻を真っ赤にして、目を充血させて腫らしていたが。
「ふふっ、舐めんなってね」
「だよ、ね……えへへ」
強がりでも、意地を相棒に見せつける。だが、そう朗らかな雰囲気になったのも束の間。
「——大丈夫だったかい、二人とも!!」
直後に、新たな脅威がこの場に現れた。ユカリもワラビも即座に構えるようにして、声の方にいた、一人の『スーツ姿の男』と対峙する。
「……っ!?だ、誰!こ、来ないで、くださいっ!!」
「え、えっ?ま、待って!僕は決して怪しい者じゃない、信じてくれ!!」
「……それ以上、ワラビに近づいてみなさい!滅多刺しにして、徹底的に痛めつけてからぶっ殺してやるわよ!!」
「こ、怖いよ!!僕はさっきの暴漢の仲間じゃない!僕はただ、あの暴漢達と君たちの姿が消えて、嫌な予感がして後を追いかけてきただけだ!」
「……えっ?」
……ところが、その男は先程までの暴漢と異なり、雰囲気が柔らかかった。疑心はそのまま、ワラビとユカリは、その男の話を聞く。
「元々、この新宿を乱す存在として、気にかけるようにしていたんだ。今日もさっきまで見張ってたんだけど、そうしたら君たちを連れて足早に……ごめん、少し遅れてしまったね」
「っ……」
「そうか……随分、怖い思いをしたんだね。大丈夫だよ、そこに転がってる彼らも、もう自力じゃ起き上がれない。あとは僕に任せて、早くおウチに、ね」
「……あ、ありがと、う、ございます……」
一定の距離からワラビに優しく頷くと、そのまま暴漢の側に寄り、携帯で救急車を呼ぶ男。
「……アンタ、何者なの?探偵か何か?」
ユカリは、その男に名を尋ねた。
「確かに、自己紹介が遅れたね。僕は、新宿アーバンエリアマネージャーの現海堂。恐らく、また君たちには声をかけることになると思うよ」
「えっ?」
「さっき君達が発現させた力、ソート。それについては今度、よく説明する必要があるからね。
……今日はもう遅い。それじゃ、またの機会に」
「あっ、ち、ちょ……行っちゃったわ。何だったのかしら、今の?」
涙に震えるワラビと警戒するユカリには一切触れず、最後まで、一定の距離を保ち続けた謎の男カイドウ。彼はそのまま公園の奥側へと消え、そうして、彼に言われるがまま、少女達も足早にこの地を去っていった。
——その後、彼らは再び新宿で会い、話を交わし、そして晴れて正式に新宿アーバンの『バイトメンバー』となることになる。
これこそが、エリアマネージャーのカイドウと、メンバーのユカリ、ワラビの初めての出会い。
今日の新宿アーバンへと繋がる、始まりの日の断片だった。




