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2-20 『死者との生比べと、懐古の嫉妬。』

「カナデ君!!」

「マリエさん!!」


 空は暗いが、街のネオンが最も輝く時間。お尋ね者の襲撃を退けたカナデ達メンバーと、マリエ達マネージャーは、ハチ公像前で合流を果たした。


「カナデ君、大丈夫だった!?さっき、私たちの方にお尋ね者が現れて、そっちでも何かあったかもって心配で……」

「ま、マリエさんの方でも、ですか?俺たちも、さっきまでお尋ね者と戦ってて……」


 各アーバンのメンバーとマネージャーは、それぞれが無事であったことを確認する。元々ならここで全員解散の予定だったが、状況が状況である以上、緊急の集まりを渋谷アーバンの事務所で執り行うこととなった。

 マリエも知らなかった、あの世からのお尋ね者の秘密。カナデも含めて知識不足がちな渋谷アーバンへと、カイドウは改めて講義を行うのだった。


「——カナデ君がユカリから聞いた通り、

お尋ね者は、『あの世への道のりの中、何らかの異常で現世に流れ込んだ死者』の総称で、彼らは基本的にいてはならない存在になるんだ。破壊行動はもちろん、何もしていなくとも、その存在自体が世界全体への負荷になるからね」

「死者の存在が、世界の負荷に……そ、そうだったの?」


 駅ビルで買いためたジュースを飲みながら、マリエはカイドウの書くホワイトボードを覗く。

 大きく描いた円『世界』へと、小さな円『死者』が矢印で入り込む様子が略図されている。

 世界には、『存在できる命の総量は限られている』。日々死にあの世へ流れ、日々生まれ現世へ現れ、世界の均衡は保たれている。本来の流れに逆らい逆行するお尋ね者は、正にそういったサイクルを乱してしまう存在であるのだ。そして、今はその数が増えている傾向にある。


「はぁ……アンタのことだし、どうせ悪い奴くらいにしか覚えてなかったんでしょ?先生も先輩も、あんなに何度も説明してくれてたのに」

「うっ……そ、そう、なのね……全然、覚えてない、わ」


 カオリにも指摘され、つい肩をすぼめるマリエ。大学で学ぶ当然の常識も、当時のマリエからすれば卒業するための暗記事項。

 少し経った後に、漫画と酒に侵食された彼女の中に、その知識が残ることはなかった。


 そんな、少しダウナー気味な彼女の隣で、同じく講義を聞いていたカナデも、改めて考えを呟く。


「でもなんだか、変な感じですよね。死んでるってだけでそんな風に扱われるのって……元は同じ、生きてる人間だったのに」


 お尋ね者がアーバンエッセンシアに倒されると、街も人も、受けた被害が全て元戻りになり、何事もなくその場に再生されていく。


 それは、その者の残した爪痕も、記憶も、全て消えることを意味する。初めから死者など存在していなかったように、まるで生者から存在を否定されたように。


 アーバンエッセンシアのメンバー、ソートを発現した者のみが、そんな世界で『唯一お尋ね者の事件の記憶を保っていられる』。だからこそ、自分達アーバンメンバーには死者達の思いを受け止めるだけの器と覚悟が必要なのだ。


「人は生に固執しやすいからね。実際、死者は生者を恨み破壊の限りを尽くし、僕たちは生の力で死者を消し去っている。この流れそのものが、その証明になっているのさ」

「……そうですか」


 カナデも覚えがある。イキタイ、シニタクナイ。彼らの声が初めて聞こえた時も、そしてそれ以前からも、自分達はずっと、死者達と生への執着を比べ合っていた。

 人とは皆そういうものだと、自分達の行動自体が物語っていたのだ。


「でも、変に肩入れなんかするんじゃないわよ。そうしたら、奴らのドツボにハマるだけ。いいようにされて殺されるのがオチよ」

「っ、そんなの分かってるよ。ユカリ」

「はぁ、世の中ヒーロー番組みてえな勧善懲悪なんて、あんまねえもんだぜ。結局最後に信じられるのは、自分自身の揺るがねえ芯だけなんだ」

「ん〜、中々いいこと言うね〜、オウマ君」


 カナデとマリエがソファに座る中、その後ろに集まっていた五人のメンバーが口を挟んでいく。

 引き起こされる生と死の争いの中に、正義はあるのか。結局は自己満足に過ぎないのか、考え始めると、永遠に巡り巡る問題に苦しめられるだけだ。


「っ……そうだよね、オウマ君の言う通り、自分が自信を持てなかったら……何をしても、空回りしちゃうもんね」

「わ、わら、び、ちゃん……だいじょう、ぶ?」

「え……っ」

「その、え、っと、何か、雰囲気が、暗い、感じがして……」

「あっ……いや、ううん!私は全然平気だよ、メグミちゃん!そ、そうだ、カイドウさん、カオリさん!私たち、さっき倒したお尋ね者の腕に、不思議な印を見つけて——」


 そうした中、急に不自然な明るさを見せるワラビにより、話はお尋ね者の腕の印、有名な新宿出身アイドル『豆打悶堕』のサインの話へと移る。

 すると、どうやらカオリやカイドウもそのことには気づいていたらしく、戦闘中に倒した個体ほぼ全てに謎の印が刻まれていたという。

 気づいていなかったマリエは話に入り込めなかったが、それでも話の流れは止まることはない。


 今回の襲撃は、カナデ側もマリエ側も、同じ勢力の群れによるものであることが分かった。同時に前回までの渋谷の襲撃とは無関係の、新たな襲撃者達であるということも。

 この一度きりで終わることなのか、それとも、嵐の前の一幕に過ぎないのか。

 未知なる脅威への緊張感を意識しつつ、こうして渋谷、新宿、六本木、三つのアーバンの邂逅は一旦区切りを迎えることとなったのだった。






「ねえ、カナデ君」

「どうしたんですか、マリエさん?」


 集まりの後、新宿と六本木が立ち去り、渋谷だけが残った静かな事務所の中。自身も帰り支度をしていたカナデに、ふとマリエが声をかける。


「あ、いや、ううん。何でもないの。ただ、名前を呼びたかった……みたい、な」

「何ですか、それ……さっきから変な感じ出てましたけど、なんかあったんですか?」


 何か言いたかったのか、直前になってそれを引っ込めようとするマリエ。だが、即座にそれを掴み、離さなかったのがカナデだった。


「うっ……何だか、君に段々と隠せなくなってきたわね、私ってば」

「そりゃ、コンビなんだから。ちゃんとよく見るようにしてるんですよ。それで?何か言いたいことがあるんですよね?」


 変にかしこまることなく、カナデはあくまで気の置けない態度でマリエにズカズカと接していく。それがマリエにとって最もやりやすい態度だと分かった上で、さらに、そんなカナデの考えを、マリエの方も自然と察していた。

 いつもよりごもりがちに、マリエは自分が思っていたことを伝える。


「実はね……私、ちょっと嫉妬しちゃったみたいなの」

「え、嫉妬?」

「そう。さっきまで、カイドウとカオリと一緒に、三人で一緒にお茶してたのよ。その時に、ちょうど大学を出てからの話になってね?」


 思い浮かべるのは、午後の同窓会でのこと。大学を出た後、悪魔の進路はみなアーバンエッセンシア関連になることは、既に血筋のルールとして決まっている。

 マリエは渋谷に、カイドウは新宿に、カオリは六本木に配属され、各アーバンを中心となって動かすマネージャーの役割を担わされた。

 同窓会にて、カイドウもカオリも、各アーバンメンバーとの出会いや出来事、成果や実績を連ねては、昔を懐かしむ余裕を見せるほどに楽しんでいた。

 だが、マリエはそうではなかった。


「……分かってはいたわ。でも、やっぱり実際にこういう場面に出くわすと……頭真っ白になって、すごく寂しい、虚しい気持ちになってくるものよ」


 自業自得なんて今更言うまでもない。既に中身が空っぽな自分自身には、嫌になる程向き合った。過去も芯も薄っぺらい自分自身には。

 それでも、やっぱり比べてしまう自分がいる。もしもを考えてしまう自分がいる。カイドウとカオリ……サボっていた自分に、密かに課題の答えを教えてくれたり、次の授業のスケジュールを教えてくれたり、そんな優秀な友達と一緒にいる自分に、どこか疎外感を覚えてしまった。


「ほら、カナデ君も、カイドウにすごい好感を持ってて、カオリにも助けてもらってたじゃない?だから、その……」


 もう隠せない。頼れる先輩像とは裏腹の弱音を、純粋なモヤモヤを、マリエはカナデにぶつけてしまう。


「ひょっとして……嫉妬って、俺が取られるかも、みたいなことですか?」

「っ……そ、そうよ!だって、あんなに立派で優しくて気が利いて、あんなの、誰だって誇らしいって思うじゃないっ!私だってそう思うわよ!」

「まさか、俺がマリエさんのこと見捨てるとか、そういう話?」

「あ、いや……ううん、そう!!カイドウやカオリだけじゃないわ!ほら、君のことをすごい狙ってる子だって、いたじゃない!!だから、ひょっとして、私の元じゃなくて、違うとこに行っちゃうかも、とか……ああ、もう!この前信じてるとか言ってたくせに、もうこんな女々しいこと言っちゃうなんて、自分が恥ずかしいわよ〜〜〜っ!!私のバカバカっ!」


 カイドウやカオリだけじゃない、カナデに異常なまでの感情を抱いているメグミや、ユカリ、ワラビ、オウマ、アツミにも。仲良くなればなるほど、もしかすると、自分から遠のいていってしまうんじゃないか。

 金では揺るがないとかカッコいいことを言ってた割に、また面倒臭いメンヘラ女ムーブをかます自分に呆れてしまうも、そんな不安とドキドキが収まらない。

 そんな嫉妬、マリエのちょっとしたヤキモチに……思わずカナデは吹き出してしまう。


「ぷっ、あっははっ!!」

「っ、な、なによっ!!そんなに面白い話してないわよ?」

「いや、そうじゃなくてただ、すごい可愛らしいな〜って。あはははっ!!」

「え、えっ、かわっ、へぇっ!?」


 遥かナナメからの反応に、思わず不意を突かれて顔を赤らめるマリエ。


「もう、昼とか上っ面あんな平気そうに装ってて、心ではそんなこと気にしてたんですか?」

「そうよっ!!私は君を堕として屈服させたいんだもん!!そんなの、当たり前じゃない!!」

「……なんか、言葉遣いが乱暴になってる気がするんだけど」


 もう理論もへったくれもない。ワガママに近いマリエの言葉に、カナデはツッコミつつも、少し笑いながら応える。


「……じゃあ心配しないでよ、マリエさん。前に言った通り、俺たちは二人で一人の渋谷アーバンなんだから。そう簡単には離れないよ」

「カナデ君……」

「ほら、自分の本心が肝心、自分自身の考え方で生きていくって、アンタが言ったんでしょ?俺と一緒に未来に行くって」


「焦っちゃダメだよ。ちゃんと自分自身で見つけた答えを、思い返して、マリエさん」

「カナデ君……っ、うん」


 優しくマリエの両肩を叩き、促すカナデ。思わず抱きつこうとしてしまったが、それを押し殺して飲み込み、マリエは強く頷くだけに留めた。

 カナデも言い終わると、身支度を済ませて事務所の扉を開き、外に出る。


「それじゃ、また明日からもよろしくお願いしますよ。今日はお疲れ様でした、マリエさん」

「……」


 笑顔でマリエにそう言い、事務所を後にしたカナデ。また明日からも。その言葉は何よりも、マリエの心を安堵させるものだった。


「……そうね。ふふっ、私ってば、つい自分で言ったことを忘れるとこだったわ」


 カナデは既にいない。オレンジな暖色の照明だけが光る事務所にて、マリエは自分に聞こえるほどに、大きな声で独り言を言う。


「焦っても変わらない、ね。そうよ!怠けてて差が空いたなら、それを上回るくらいに努力して、もっといっぱい頑張ればいいだけよ!!」


 縮まらない差なんか、いじらしい嫉妬なんか、過去の自分への悔しさなんか、全部自分のハルバードで吹き飛ばしてやる。それくらいの豪快さで、ゴリ押しで脳筋に突き進むのが、渋谷アーバンエリアマネージャー望魔理恵だろう。


「よ〜し!!……私も、まだまだこれから、一生懸命やってやるわよ〜〜〜〜〜っ!!」


 大きく背伸びをして、窓の外を見る。日は既に沈んでいたが、暗がりに光り輝く街のように、彼女の心も再び未来へと向き直りつつあった。

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