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1-14 『始動、渋谷アーバン。』

再投稿、兼、第一章最終話です。

「——ふぅ、こんなんでいい感じかしら。どう?」

「うんうん、一目でマネージャーって分かるし、位置的にもベストだと思うな」

「そう?じゃ、これでいいわね」


 手持ち金を奮発して買った、そこそこ良いヴィンテージデスクを置き終わるマリエ。内装を整え、周囲をぐるりと見渡す。夢にまで見た憧れの場所が、彼女の目前には広がっていた。

——無事に初依頼を果たし、その夜、依頼人からのDMを受けた渋谷アーバン。依頼内容が完遂された確認と、報酬の空きテナントに関する記載が記されていたが、それもまた二人を驚愕させるものばかりだった。


「にしても、まさか空きテナントの場所が、こんなすごいところだなんて……俺、まだ信じられないですよ」

「『渋谷駅前ビル』……渋谷スクランブル交差点に面してる、いわばちょーちょー、メジャーなところよ。私だって、最初に見た時は疑ってたわ」


 だが、今日朝一番にビルへと赴くと、入口の郵便受け内に、ご丁寧に手紙付きの状態で、封筒に入れられた鍵があった。


【この度は本当にありがとうございました。初めての御依頼にも関わらず、朝早くから渋谷の街を駆け回り、こうして依頼を成し遂げてくださったことは、感謝してもしきれません。


現代の世の中は、様々な面で便利になる一方、どこか人と人との繋がりが希薄になってしまう、自分で考えなくてもどうにかなってしまう、本当に生きてるのかどうか、自分という存在すら曖昧になってしまう、そんな『自己が薄れる瞬間』に直面することが、多々あると感じています。


そんな世界の中、何でも屋を称し、自分自身で考え、軸を持って積極的に活動する貴方達の姿が、私にはとても輝いて目に映ったのです。これからの貴方達の活躍に少しでも役立ちますよう、私もこういった形で、細やかながら応援させていただきます。


繰り返しになりますが、今回はどうもありがとうございました。】


「……だってさ。何だか俺たち、すごい褒められちゃったみたいですよ」

「ふふっ、なんかいいものね。こうして誰かに喜んでもらえて、それで自分を認めてもらうって。今まで感じたことのない……今後生きていく中で、絶対に忘れたくない気持ちだわ」

「俺もです。こんなに嬉しくなったの……久々だな」


 受け取った手紙を改めて読んで、その温かみを心で受け止める。いつからだっただろうか。誰かに優しさを与えて、その優しさが喜びを生んで、また優しさが自分の中に溢れて幸せになる。

 子どもの頃、そんな当たり前にあった輪っかが、見えなくなってしまったのは。


「……頑張って、良かったな。へへっ」


 本心を追い求めるカナデの前を、何かが通り過ぎたような気がした。学校と家を往復するだけで、何もない日々。家にこもって、漫画を読み漁って、夜を迎えて、また朝を迎えて。同じことを繰り返すだけの虚しい時間は、いつから流れ始めたのか。

 初めからそうだったわけじゃない。今日まで生きてきた間のどこかで、何か大事なものを落としてしまったのだ。


 あの頃の……純真無垢な心というものは、どうしてこぼれ落ちていくのだろうか。


「さっ、ほらほら。お手紙に浸るのもいいけど、まずはやることがあるわよ」


 手紙を読んで、そんなことを思っていると、マリエが肩を叩き、内の世界に入っていたカナデを引き戻す。彼女は満を辞したような表情で、何かを含んでいる様子だった。


「えっ……?やることって、なんですか?」

「なにって、ちょー大事なことよ。こうして依頼をこなして、お金を貰って、渋谷の平和を守って、事務所を手に入れて、内装を決めて……全部が終わってから、ようやく、出来ることがあるのよ」

「ん〜なんだろ……!?ひ、ひょっとして、ま、また一緒に風呂とか……」

「そうそう、風呂でいっちょセクハラ……って、違うわよ!!まーーじーーめ!!!至ってはちゃめちゃに真面目なやつ!!」

「ええっ?」


 何をそんなに意気込んでいるのか、大事な雰囲気を台無しにされたと頬を膨らませるマリエを見て、カナデは疑問に思う。

 改めて仕切り直しと、この広い新生事務所の中で、カナデとマリエは向き合い、二人きりになる。少しだけ緊張感のある空気の中、意を決して、マリエはカナデに近づき……『あるもの』を手渡した。


「ほ、ほら、これよっ」

「……ああっ!これって、まさか!?」


 手渡したのは、少し厚みのある茶封筒だった。カナデは即座に察しがつく。バイト先の、客の絶えることのないイートインカフェ……汗水垂らして働いた後に待つ、これまでの努力が報われる至福の、代名詞。




「そうだった、すっかり忘れてた……俺、まだ給料貰ってなかったんだ!!」




 あの日、一番初めに約束した、『今日の分とこれからの分の給料』だったのだ。


「一緒にアルバイトしたり、ご飯食べたりしてたけど、こうやってマネージャーとしてお給料を払ったこと、なかったでしょ?いつ渡せるかなって、ずっと思ってたんだけど……」

「た、確かに言ってたような……まさか、まだ覚えてたの、マリエさん!?」

「当然よ!!」


 カナデと同じカフェで働いているマリエは、当月払いでようやく入った給料を現金化し、この袋の中に詰めて持っていた。それもそのはず、今日はカナデが渋谷アーバンに所属して、まさに一ヶ月に差し掛かる日。

 何とか今月内に間に合ったと、マリエは念願の瞬間を前に、緊張に手を震わせていたのだ。


「で、でも、またお金の話なんか……せっかく、こうして分かり合えたのに」

「いいのっ!!これは君にとっても、私にとっても大切なことなのよ。私が自分で稼いだ、私自身のお金を渡して、きちんと受け取ってもらう。

私たちが、これまでとお別れするために……本当の渋谷アーバンになるために、大事なことなの」

「……俺たちにとってのケジメ、ってことですか」

「そう。だから、ちゃんと……受け取ってくれるわよね」


 バイトリーダーからバイトへ、給料が支払われる。側から見れば普通のことでも、先輩として生きたいマリエと、元々条件付きで入ったカナデの二人にとっては、非常に大きな意味がある。

 この封筒に込められたものは、肝心の中身なんかよりもずっと、重いものだ。


「……」


 だが、金を手にしてしまえば、自分達の関係が大きく変わってしまうかもしれない。せっかく分かり合えたのに、また初めの頃に戻ってしまうかもしれない……思わず手が止まってしまった時、ふとカナデは顔を上げる。


 マリエは、ただ何も言わずにカナデの目を見ていた。彼女は信じていたのだ。カナデと自分の間に芽生えたもの、たとえ金が紛れ込んだとしても、それは決して崩れない。

 どんなことがあったって、この覚悟は……本心はもう揺るがないと。


 その覚悟の眼差しを受け、ついにカナデも決意を固め、手の震えを止めて……そして金を手に取った。




「——ははっ、もちろんだよ。そりゃ今まで戦って渋谷を守ってきたんだし、当然対価は貰わないとさ……




……こういういつもの態度の方が、マリエさんもやりやすいでしょ?」

「ふふっ、お気遣いどーも。でも大丈夫よ、私は初めから、分かってたから」

「へへっ、そっか」


 何事もない、そのままの二人がそこにはいた。渋谷アーバンは今も、未来への足を止めずに進んでいる。

 決して金では買えない、本当の信頼。見え始めた、真の未来へと至る道。


「さ、私もこれで、胸を張って、渋谷アーバンのマネージャーを名乗れるわ!」

「いいじゃないですか。これからも、ずっと一緒に頑張っていきましょうよ、マリエさん!!」

「ふふっ!私たちはこれからも、ずっと一緒よ、バイ……あっ」






「カ、ナ、デ、君!!えへへ……」

「……!……ふふっ、あっははっ!!」






 温もりの中で、彼らは笑顔になる。ちょうど赤から青に変わり、外のスクランブル交差点がざわつき始めた頃だった——






■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「——じゃあ、君と私の夜明けに、早速乾杯しちゃう……って、どうしたの?」

「いや、結局誰だったんだろうって思って、今回の依頼人……ん?よく見たら封筒にちっちゃく……はぁぁぁぁっ!?」

「うおぁっ!!ど、どうしたのよ、急に!!」

「こ、これこれ!!見てみて!!」


【——By 区長】


「え……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!?く、区長!?アイドルグッズ集めてってあの、あ、あれ依頼したのが!!!??」

「そっか、だからこんなすごい場所のテナント持ってて……」

「ヤバいじゃない、カナデ君!!!は、早く感謝のお返事書かないと……DM!!DMのID教えて!!」

「わ、分かりました!!えっと、確か確か……」


 まだ、この広い事務所に慣れない頃。来て早々、恒例のバタバタする時間が来た。DMの画面を開き、それを見たマリエは、自身のスマホを開いてすかさずフォローを押す。


 DMを送る際。普通は、そこに彼女のこれまでの跡が、多かれ少なかれ一部は露呈するはずだった……ところが。


「あれ?マリエさん、DM打ったことないんですか?」

「え?そんなことない気が……あ、でも、確かに誰ともしたことないわね」


 彼女のDM欄はまっさらだった。

 あの性格の彼女だ。SNS内の見知らぬ他人、ましてや例の『四人組』とのDMの一つや二つ、あってもおかしくないはずだが。


「そうだったんですね。てっきり、俺の前のメンバーとのやりとりとか、あるのかなって思ったんですけどね」

「……へ?何言ってるの、カナデ君?」

「……え?」






「私が渋谷アーバンのエリアマネージャーになってから、

一緒にいたのは、カナデ君だけでしょ?」






「……えっ」

「君以外とは会ったこともないわよ。二人で一つの渋谷アーバンって、言ってたじゃない?」






「あ、れ……そう、だっけ……?」





『……——

『……——

『イキタイ……イキタ——

『シニタクナイ……シニタクナ——






「そう、だったかな……まぁ、いっか」






……青から赤になり、人が過ぎた後のスクランブル交差点は、不気味なほど静かだった。




アーバンエッセンシア 第一章 浮ついた若者編 完

今回で14話に及ぶ第一章が終わりました。特にインパクトも衝撃もない、純粋に二人だけの人生を書いた、表面上は退屈みのあるお話だったかもしれませんが、ここまで読んでいただいたのは感謝しかありません。


第二章からは少し規模が広がり、渋谷の外側にもフォーカスが当てられます。いわゆる渋谷アーバン以外の他エリアアーバンが登場し、新たなキャラクター達が登場します。

ネームドキャラは、『何故か存在が消えてしまった』前メンバーの#mireNa以外ほとんどいなかったので、新鮮味はあると思います。


ひとまずここまで読んでいただき、ありがとうございました。

また気が向き次第、是非お越しになってくださいね。

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