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1-12 『すったもんだな、意外な話。』

【何で服が脱げるんだよ!!てことは、今アンタ、全裸ってこと!?】

【や、やめなさいよ、そんな冗談!!流石に公衆の面前では、下着だけは死守したわよ!】

【え……まさか、アンタが商品買えたのって、みんな近づきたくなかったから……】

【みんな、私を見るや否や、急に冷静になってさ?ふふっ、そんなに私が色仕掛けに向いてるだなんて、思わなかったけれども】

【絶対不審者として思われてるだけだろ!?】


 事実、マリエはこの下着姿のまま会計を済ませ、フロア内を歩いて帰路に着こうとしていた最中だった。おかしいと思わなかったのか。言われて辺りを見渡してみると、ちょうどアパレル店の店員が決死の形相でこちら側を見てるのが見えた。


【え、ち、ちょ、違う、のよ?本当に、これは、事故なんだから……ちょっと、どこ行こうとしてるのよ!!私、頭おかしい奴だって思われてるってこと!?嘘!?ね、ねぇ!?】

[ひぃぃぃっ!!ち、近づかないでください!!何でもあげます!!服も、何着でもあげますから、早くここからいなくなってください!!]

【酷い!う、嘘って言ってよ、ねえ!!私どんだけこの格好で歩いてきたと思ってんのよ!?これじゃ完全にヤバい奴じゃない!!】

[きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!肩掴まないで!!!私、変態に襲われてまぁぁぁぁぁす!!!!]

【そ、そんな、私の、人としての尊厳……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……】




【何やってんだ、あの人は……】




 しばらくして、向こう側の音声は聞こえなくなった。逮捕されてなければいいが、あの人に限ってそんなことはないだろう。いつものことのように流し切ると、カナデは自分自身の置かれた状況に再び目を向ける。


 相変わらず入口のある1A階の混雑は解消されていない。だがこのヒャンズは、今自分がいる1C階へ続く階段の他に、反対側の1B階へと続く階段もある。BフロアとCフロア、その双方から目的のエリアへと辿り着けるため、人が分散しやすい構造となっているのだ。

 もたもたしていれば、あっという間にグッズを狩られてしまう。せめて、片側のフロアに人を集中させられたら。


「うーん……もしも、あの能力が出せれば便利なのに……」


 自分の持つ力を、ここで……だが、日常生活の中では、能力者は自身の能力を用いることはできない。名目上でも、あくまで能力はあの世からのお尋ね者と戦う手段であり、現実の秩序を変える自由な力ではない。

……そのはずだが、


「あれ?」


 だがしかし、少し心に思っただけで、カナデの手には即座にスプレー缶が装備されてしまった。間違いない、本来起こりうるはずのない、能力の発現がここで起こったのだ。


「な、なんでこんなとこで……でも、まあいいか。今はこれで……」


 マリエに先を越され、グッズをまだ一つも買えていないカナデは、すぐさま追いつくべくブーストをかけようと、スプレー缶を持ちトイレを出る。発現の理由は分からないが、今はそれよりも優先することがある。依頼人のため、報酬の事務所のため、そしてマリエとの勝負のために。




[——はぁ、はぁ……い、やった。やっとあの人混みを抜け出せ……って、えっ?『こ っ ち き ち や だ め』?]

[なんだこのカラーコーンと看板は!?おい嘘だろ!?Cフロア側の階段が封鎖されてるって、なんか上の階であったってことか?]

[でもさ、なんか手書きっぽくね、これ?すげえ雑なアートみたいな……変な感じだな]

[よく分からないけど……と、とにかく向こうのBフロア側から行きましょ!ああもう、こんなことなら初めからこっち来なかったのに!時間の無駄よ!!]




「——ち、ちょっとズルしちゃったけど、何とか買ってよかった」


 袋の中身を確認する。ちゃんと豆打扇子は手元にある。マリエの手元に豆打シャツがあるなら、これで残りはアクスタ、スパイス、餅の三つになる。


「これ、普通に一人で全部買おうとしたら絶対買えないようになってるよな。複数人で同時に攻めるようにしないと、全部集めるなんて到底無理だし」


 未だマリエとの連絡は途絶えたままだ。ひょっとしてまさかと、少し不安になってきたが、足を止めている余裕がないのも事実だ。


「尚更なんでこんな売り方したんだよ……将来、万が一にもうちがグッズとか売り出す時は、絶対反面教師にしてやるからな……はぁ、もうこれで行こっと」


 今、カナデは宙を浮いている。




 そう、空を歩いているのだ。




「どうか、下の人達にバレませんように……て、無理に決まってるよなそんなの!!」


 真っ赤な塗料を目の前の空中に振り撒き、自身が歩く道を作り、そこを辿っていく。ヒャンズ内の従業員用出口より外に出たカナデは、なんと空中から各箇所を攻める作戦へと、考えを切り替えたのだった。

 一ヶ所目で時間を食い過ぎてしまった以上、各箇所のグッズはもう売り切れててもおかしくない。一刻の時間も惜しい今、自分が最も早く辿り着くには、この誰も使わない空の道を使うしかない。


「もういい!!明日ニュースになっても、もう知ったもんか!!引く時は引く、攻める時は攻める、この世はやったもん勝ちだぁぁぁぁっ!!!?」


 吹っ切れたように覚悟を決め、全速力で渋谷の空を駆け回るカナデ。自分の前にスプレーをかけながら走れば、塗料が固まり、自然と道が形成されて、落ちることなく前へと進める。

 空にかかる巨大な赤い道。当然、その下には俗世を生きる一般人達が大勢いる。大半は気づかずに通り過ぎていくが、中にはその異様な光景に目をうろうろとさせる者もいた。


[私、こんな昼間から変なものが見えてる……最近疲れることばっかりで。もう、死ぬの、かな……]

[な、なんじゃありゃ……俺、きっと疲れてんだろうなぁ……帰ったら推しのライカちゃんのライブ配信で慰めてもらおっと]



 と、そんな中に紛れて。



「——ねえ、ユカリ。上に見えるあれって、『ソート』じゃない?」

「——確かにそうね、ワラビ。ひょっとして、ここの渋谷アーバンのメンバーかしら?」


 渋谷の地上より、その光景を怪しげに見る二人の少女。


「——えっ、渋谷アーバンのメンバー!?それって、あのマリエがメンバーを集められたってこと!?い、いつの間に?」

「——マリエって、よくアンタが噂してる人のことか?怠け者でダメダメで、いつもはだかんぼの阿呆症っていう女の……」

「そ、そこまでは言ってないけどね、オウマ君?でも、彼がアーバンエッセンシアの関係者だとしたら、ああいう行動は良くないかな」


 その少女達の側に立つ、一人のスーツ姿の男性と一人の青年。


 突如渋谷に現れた、アーバンエッセンシアを認知する謎の四人組は、上空を駆けるそのカナデの動向を探るように見ていた。


「はぁ、こんな白昼堂々とソートを使うなんて、秘密組織の自覚もプライドも、あったもんじゃないわね。一体どんな奴なのかしら?」

「見たところ、あの世からのお尋ね者と戦ってる……感じには見えないよね。まさかとは思うけど、例の豆打さんの争奪戦に、ソートを使ってるとか?」

「ああ、なんかイベントやってるんだっけか、あちこちすごい騒ぎだってな。にしても、たかがアイドル一人のグッズのためにやることか、それ?俺には全く理解できないぜ」

「まあまあ、今日のこのことは、また後日伺った時に直接伝えよう。僕らの目的はあくまで、渋谷の街見学だけ……だったけど」




「そう易々と帰れる雰囲気でもなさそうだね。この『状況』、どうする、みんな?」




「私はカイドウさんに委ねるわ」

「お前、それ考えたくねえだけだろ、ユカリ」

「うるさいわ、脳筋暴れ馬は黙ってなさい」

「誰が脳筋暴れ馬だぁ!?」

「ちょっと、ユカリ、オウマ君!今はそれどころじゃないでしょ?私たちもアーバンエッセンシアのメンバーなんだから、放ってはおけないよ。

だから、ここは『私たちも戦いましょう』、カイドウさん!」

「うん、分かった……この借りは高く付くよ、マリエ」


 ワラビ、ユカリ、オウマ、そして彼らを統率する男のカイドウ。この街を見渡し、街中に蔓延る『奴ら』の気配を察知し、そのままシームレスに臨戦態勢に入る。

 渋谷アーバンを監視し、カナデとマリエに探りを入れる彼らは何者なのか。それはまだ明かされる時ではない。






——そうして、一日が終わりに向かい始める頃。


「……スパイス、アクスタ、それからあと、扇子も。何とかここまでは行けたけど……」


 下でのアレコレも、特に何も気づかなかったカナデは、能力を駆使することで街を驚異的な短時間で駆け回り、あれからさらに二つのグッズの回収に成功した。

 カナデが集めた数、そしてマリエが手にした一つを足して合計四つ。だが、指定されていたグッズの個数は五つ。薄々察してはいたが、常識を超えた力を持ってしても、目標の個数にはあと一歩及ばなかったのだ。


「……これ、依頼、果たせなかったってことだよな」


 もう少しのところで、任務は失敗に終わってしまった。報酬の話も、これでは無かったことにされてしまうだろう。

 肩を落としつつも、とりあえずは指定された場所へとグッズを置きに向かう。メールにあった通り、渋谷センター街の路地の一画に辿り着き、人通りの少ない場所に袋をそっと置いて帰る……その時、




「バイトく〜〜〜〜〜ん!!!!!」




 遠くから、恐らく自分らしき名前を叫ぶ声が聞こえた。だがカナデは、すぐに返事を返すことができなかった。

何故なのか。片手にビニール袋を提げながら、手を振ってアピールを繰り返すのは……未知なるゴスロリ衣装に身を包んだ、メイド服の彼女であったのだ。

 もう、まるで意味が分からない。


「え……ま、マリエさん!?」

「お疲れ様〜!!今日も色々と走ったわね〜!!ふー、ちゃんと汗水垂らして、お仕事したってもんよ!!」

「いや、そ、そうだけど……その格好なに!?今日一日で何があったんですか!?」

「これ?ああ、貰ったのよ、昼のあのお店で」

「まさか、服ないから脅して盗ったってこと?」

「違うわよ!!あくまで前向きな譲渡よ!!き、きっと!!」


 最後に会った時とは、どう見てもかけ離れた姿になっていたマリエ。どうやら例のアパレル店はフリフリ専門の店であったらしく、あの後、店員は押し付けるように商品の服を渡し、とにかくマリエを店から追いやることに必死だったらしい。

 警察に突き出されなくて良かった反面、完全に出禁を喰らったことは明白だった。


「相変わらずとんでもないな、アンタは……」

「えへへ、いいでしょ〜?これ結構可愛いし……って、そうそう!!はい、これ!!」


 割と気に入っていたメイド姿に耽るも、本来の目的を思い出したマリエは、カナデにビニール袋を手渡す。やけにニコニコとしたマリエを横目に、中を覗き込むカナデ。

 そこにあったのは、昼間に買った豆打シャツ、豆打スパイス……そして唯一買うことのできなかった、ロヒュトゥ限定商品の豆打餅だったのだ。


「えっ……これって!?」

「ふふん!ひょっとして、任務失敗しちゃってどうしよ〜とか、思ってた?」

「マリエさんも、俺が知らないうちに、ちゃんと回ってたってこと!?」

「そりゃそうよ!元々そういう話だったでしょ?それに、君の方は私の声が聞こえてなかったみたいだから、ちゃんと被らないようにルート選んでたのよ」


 唯一スパイスはダブってしまったが、カナデが後にアクスタの売っているモュディに行くと察したマリエは、素早くロヒュトゥへと駆けつけ、裏で餅の争奪戦を勝ち抜いていた。

 イヤホンの不調もあり、様々なトラブルに見舞われた中、マリエは臨機応変にカナデのリカバリーに回り、合わせて五つのグッズの収集を見事に成し遂げたのだった。

 依頼は、無事果たされたということだ。


「マジか……よ、良かった、ほんとに、ホッとした……はぁ〜〜ぁっ、良かったぁぁぁっ!!!!」

「あははっ!!まあ、よっぽど不安だったのね?平気よ、君だけじゃなくて、私だって付いてるんだから。ちゃんと頼ってくれてもね?」

「いやぁ、もう今回は本当にマジでナイスですよ。最後の渡すやつとか……ちょっとカッコいいって、素直に思っちゃったし」

「うそっ、カッコいい!?やだ、ちょ、照れるじゃないの!!も〜〜っ!!!」


 ほとんど絶望的だった状況が、好転して希望に包まれたのだ。救いの手を差し伸べてくれたマリエは、たとえフリフリのメイド姿であろうとも、とても頼もしく目に写った。

 プライドなど気にもせず、心の底から、初めてマリエに感謝した瞬間だった……


「ふふん、まあ、こんな有能な女性がマネージャーだなんて、君も誇らしい限りで……って、あれ?なんでイヤホンが急に聞こえ……うっそ!?何これ、片側ミュートとかあるの!?まさか、着替える時に変にいじっちゃったとか……」

「あ、やっぱ撤回しようかな」

「ちょ!?」


 だが、絶妙に決まり切れないのもお約束。どうやら、まだまだ頼れる人生の先輩には程遠いようだ。彼女の目標への努力は、これからも続いていく。


「グッズは三つ同士……これじゃ、俺たちの勝負はおあいこですね」

「ぷく〜っ、ま、そうみたいね。決着が付けられなくて残念だわ」

「……でも、これで依頼人との約束は守れたってわけよね。なんだかんだ、やっぱりいいコンビネーションじゃない、私たち?」

「……そりゃ、いいコンビじゃないと困りますって。これからも一緒にやってくんだし、そうでしょ?」

「ふふ……ええ、そうねっ!」


 ビニール袋を二つ置き、任務を無事終えたことを目で確認する。結果的に大成功に終わった、『カナマリ何でも屋』の初仕事に満足したのか、マリエはまた良い気分になり、カナデにしがみつくよう抱きつく。


「おわっ……もう、またそうやって!!」

「お姉さん疲れちゃった〜、誰か癒してくれないかな〜?ちらっ、ちらちら」

「何言ってんですか、もう!!ほら、また抱きついてやりましょうか?え?ええ?」

「わひゃっ!!そ、それはまずいな……全く、人の飼い慣らし方を覚えるなんて、なんて可愛くない奴なの!」

「へへ〜ん、思春期の面倒臭さ、舐めんなし」

「はぁ、連れない男はモテないわよー?」


 そうして、肘で軽く突き合いながら、帰路に着く二人。日が沈みかけ、オレンジに染まった都会の道を歩み、車通りを抜け、郊外のいつもの自分たちの拠点へと向かおうとする。


「そういえばさ、返事いつ来るのかしらね、あの謎の送り主様からの?」

「あー確かに。結局誰だったんだろ?最後まで分からなかったな……」


 もうすっかり今日は終わったと、気を抜いていた二人はそう、完全に思い込んでいた。






……背後から彼らを付けてまわり、忍び寄る気配にも気づくことなく。






「……?」


 だが思い出せば、違和感はすぐそこに露呈していた。何故カナデは今日、一日中能力を扱うことが出来たのか。


 それは、今日の始まりからずっと、この渋谷が『重大な危機』に晒されていたからだ。彼らは、あまりにも気づくのが遅すぎた。


「まさか……えっ!?マリエさん、危ない!!」

「え?な、何!?どうしたの!?」


 マリエの賃貸へと辿り着く直前、慌てて背後を振り向くカナデとマリエ。試しに手を前にかざすと、カナデの手にはスプレー缶が装備された。間違いない、奴らは姿を表さなかっただけで、ずっと自分達の後ろに隠れ、跡をつけていたのだ。


……そう。今日の昼間の出来事は、単なるグッズ集めのお使いクエストではない。奴らの狙いである渋谷アーバンが渋谷中に散らばったことで、結果的に奴らの動きの撹乱、抑制に役立っていたのだ。

 途中、新宿アーバンの協力もあり、街全体での被害は何とか最小限に抑えられていた。

 今、カナデとマリエの目の前にあるのは、その生き残りだと考えられる。


「……イキ、タ、イ」

「……シニタ、ク……ナイ」


 辺りは既に、完全に暗闇に包まれていた。今、カナデとマリエの前に現れた二体のお尋ね者こそが、二人を朝から付け狙っていた正体だった。


「……?今の、って」

「……アイツらの、声、なのかしら?」


 これまでの存在とは、少しばかり様子が違う。対峙している途中、言葉が頭の中に染み込むように入り込み、気持ち悪く反響する。

 不快感に顔をしかめる中、前に立つ二体の身体に不思議なオーラが纏われていき、そして、『巨大なナイフ』と『巨大な注射器』が現前する。

 この感覚は、紛れもなく自分達の能力の発現と同じだった。


「!?の、能力!?」

「アイツらも使えるってことなの!?」

「……イキタイ……イキタイ!!!!」

「……シニタクナイ……シニタクナイ!!!!」

「く、来るわよ、バイト君!!!準備して!!!」

「はい、マリエさん!!!」


 一斉に、緊張感が場を支配する。

 だが、負けるわけにはいかない。今日という日を終え、自分たちだけの事務所を手にして、ようやく渋谷アーバンは始まりの時を迎えるのだから。まだここはスタートラインじゃない。




——さあ、己の未来を望むなら。立ちはだかる壁を越え、最初の試練を超えろ、渋谷アーバン。

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