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1-11 『ご都合と、プレミア付き。』

 今はまだ、正午前の朝早く。平穏な空気から一変、渋谷アーバンには大混乱の渦が巻き起こっていた。


「な、なんてご都合な……これ、側から見ればヤラセって思われてもおかしくないわよ?」

「いや誰も見てないでしょ。てか、これ嘘じゃないよな?嘘じゃなかったとしたら……ん?まだ続きが」


【ですが、その前に一つ依頼をお願いしたいのです。】

「えーーー?」

「早い早い、マリエさん」


【私、実はあるアイドルが大好きでして、普段はそちらの追っかけに勤しんでいるのです。ですが、本業が本業であるため、中々暇が空かなくなりまして。

そこで、私がどうしても欲しい『限定商品』を集めてきて欲しいのです。お代は前述の通りです。どうかよろしくお願いします。】


「アイドルの限定商品を集めて、ね……まあ、そりゃ都合良くタダでってわけないわよね〜。話してる内に勝手に部屋が貰えたら、人生楽勝ってもんよ」

「だけど……これ、どう考えても乗った案件ですよね!!依頼をこなせば、念願だった事務所が手に入るんですよ?やっぱ人生、やったもん勝ちだなこれ……」

「……君、高校生よね?」


 口調が、完全にギャンブルで一発当てた男のようになっている。今朝届いたDMの内容は、やはり自分達渋谷アーバンへの依頼と、そして耳を疑うような報酬の提示だった。SNS内であるため、相手がどのような身分の者かは分からないが、何やらかなりの大仕事を引き受けてしまったらしい。

 成功すれば、本来何年かかるかも分からないような、自分たちだけの事務所が手に入る。そうなればいよいよ、本格的な渋谷アーバンの活動を始められる。


「もちろんやりますよね、マリエさん!!」

「ま、仕方ないわね。私じゃなくて、君が掴んだチャンスってのが癪だけども、今回は素直に感謝してあげるわよ」

「へへ、じゃ、今回は俺の勝ちですね。アンタには負けてらんないからさ」

「むっ、見ときなさいよ。すぐに私のこと、頼りになるって証明してやるんだからね」






 その後、DMを通じて何度かやり取りを交わした、謎の人物と渋谷アーバン。本当にテナントを譲ってくれるのかと聞いても、安いものだと言い、堂々と約束してくれた。

 依頼内容は、今東京で人気のある新宿出身アイドル『豆打悶堕ズンダ モンダ』の、渋谷コラボアイテムを5個買ってきて欲しいというものだった。


「販売場所はそれぞれ違ってて、各店舗ごとに別の商品が売ってるみたい……全く、姑息な商売するわね」

「対象の店舗を分散させて、あわよくばそこでお金を落としてもらう。一種の街おこしみたいなもんですね。モュディ、ピェャルコ、ロヒュトゥ、ヒャンズ、そして1019の五ヶ所での一日限定販売。これすごいことになりそ……」

「まさに争奪戦、ってやつかしら。なるほど、確かに仕事の片手間じゃ無理ってのも納得ね」

「いわゆる代行ですけど、初めての何でも屋としての依頼には、もってこいじゃないですか。それに、この依頼者も結構な人っぽいし、成功したら事務所だけじゃなくて宣伝にも……」

「こらこら、あれもあれもと欲張るとキャパオーバーするって、この前学んだでしょ?」

「はいはーい、わかってまーす」


 アイテム販売の日にちは、今日から五日後。それまでの間にアイドル豆打悶堕に関することを調べたり、従来通りの勉強に励んだり、何故か朝食を食べに来るよう誘われたり、思いっきりガス抜きに休んだり、色々と準備を重ねてきた。ほぼ遊んでるように見えても、豆打悶堕に関することは、きちんと理解がついている。


「——豆打餅、豆打シャツ、豆打扇子、豆打アクスタ、豆打スパイス。この五つが、俺たちが今回集めるターゲットですね」

「アクスタとシャツはいいとして、問題は餅とスパイスね……横にした時、袋の中でぐちゃぐちゃにならないかしら」

「え、気にするとこ、そこなの?」


 この企画を考案した者は、中々のチャレンジャー精神を客に求めてきている。コラボグッズとして食品や衣類、挙げ句の果てに調味料にまでに手を伸ばすのは、いくらアイドルを人質に取られてても苦しいものがあるだろう。

 将来の反面教師にすることを約束しつつ、とりあえずカナデとマリエは、今ある状況に向き合う。一緒に一つの店に並んでは効率が悪い。そのため、二人は一度分散し、手分けして商品の収集へとかかることにした。


【あーあーあー、マイクテス、マイクテス。バイト君、聞こえる?】

【はい、聞こえますよー、マリエさん】


 カナデはヒャンズの、マリエは1019の入口前に待機し、そこで通話を繋げる。トランシーバーなんて大層なものがなくても、百均のBluetoothイヤホンとスマホさえあれば事足りるのが今の時代だ。スマホを通話状態にして、適宜連絡を取り合い、互いの現在状況を把握する。


【こちら、二番隊リーダーのマリエ。現状報告、現時点での開店の兆候は見られない様子。どーぞ】

【言わなくても分かってますよ、そんなの。とにかく、いちいち落ち合うのも大変なんで、先に買えた方から次の場所に向かいましょう。臨機応変に】

【分かったわ、先に全部私が買ってもいいのよね?】

【出来るの?】

【んな、もちろんに決まってるじゃない】


 そして午前11時、開店の時刻が訪れた。いよいよ扉が開かれ、運命の舞台への道が……とその時。


【来た、ついに来る……ん?】

【どうしたの、バイ……って!?】




[うをらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!]

【【うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!】】




 目前に開かれていた、楽園へと通ずる空間は、瞬く間に大量の男と女で溢れ返ることとなった。蒸し器のよう暑さと恐ろしい荒波の中、何も知らない純粋な男女二人は、この奪い合いの世界に揉みくちゃにされていく。


【ぐおぇぇぇぇぇぇぁだぁぁぁぁ!!!!し、死ぬ死ぬ死ぬ!!!助け……ぐぇぁっ!!!】

【圧がすごい!!!先に進めない!!!もう!!何なのこの地獄!!!?】

[一番乗りは俺だぁぁぁぁぁっ!!!!]

[いいや、俺だ!!!]

[私よ!!!]

[拙者でござぁぁぁぁぁっ!!!]

【うっさいわよ、アンタ達!!!もう、邪魔!!邪魔すぎ、うぐっ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!!】


 事件レベルの大混雑に、一気に渋谷中が混沌に堕ちる。今、カナデとマリエがいる二ヶ所以外の三ヶ所でも、恐らく同じことが起こっているだろう。先に進めない、引き返すこともできない。押され引かれ、もう流れのままに身を任せるしかできない。

 そんな中でも、何とか地を這うようにして群衆の合間を縫っていくカナデ。髪はボサボサになり、服はヨレヨレ、全身はボロボロの、それはもう見るに耐えない姿と化していた。


【ぜ、ぜーはー、ぜーはー……】


 洗礼を浴びたカナデは、たまらず1C階への階段付近にあるトイレに駆け込み、そこで息を整える。荒れた呼吸だけでもせめて元通りにと、手洗い場に手をついていると、


【——ねえ、バイト君、そっちは今どんな感じ?】

【ぜーはー、ま、マリエ、さ……想像の通り、です、よ……】

【まだ買えてないってことね。それじゃ、私がその代わりも行ってくるわよ。君はひとまず、そこの商品を買うことだけに注力しなさい】

【……え?マリエさんだって、まだ買えてない、ですよね?】




【私は、もう終わったわよ】

【……はぁ!?】




 なんと、マリエから一個目の商品確保が終わったという連絡が届いたのだ。先程まであんなにイヤホン越しで騒いでいたはずなのに……あれからどうやって売り場まで辿り着けたのか。


【いや、だって、さっきまでうぎゃーみたいに叫んでて……えっ、いつの間に!?】

【実はね?君のやらしい息遣い……じゃなくて、這って動いてるような声が聞こえたから、私ものっとってやってみたのよ。そうしたらね】

【は、はい……】


 今のマリエの姿を見れば、その理由は一目で分かる。でもカナデは音でしかそれを感じ取れない。若者の聖地1019にもたらした、悪魔の卑劣な罠。それは……






【……気づいたら、服が脱げてたのよね】

【どういうこと!?】


 またしても、下品な品性が露呈した内容だった。

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