40:嬉しい、イトオシイ
気がつけばその小さな体を抱きしめていた。
昨日俺がそうされたのと同じように、優しく、強く。
―――…苦しいのは、俺だけじゃない。
この子は俺よりもはるかに幼いのに、苦しさを耐えて笑顔であり続ける。
それが羨ましくて、……胸の辺りに何か…得体のしれない重さを感じた。
生きてきて今まで感じたことのないその重さは、心底心地よかった。
「リリス、 」
そっと頭を撫でながら、初めてその名を口にした。
「リリスは強いな。………それにとても温かい 」
言い終えた時、リリスが俺の服をぎゅっと掴んだ。
嬉しい
今この時の、この瞬間の、この湧き上がる気持ちが『嬉しい』なのだろう。
ただその手が俺の服を掴んだだけだとしても、俺が『必要だ』と言われている気がして…。
嬉しくて、たまらない。
ずっとこのままでいたい。
ずっと、ずっと……。
何を話すでもなく無論離れるわけでもなく、随分と長い間、俺とリリスは抱き合ったままでいた。
流れるものは、俺とリリスの鼓動の音。
その心地の良いリズムを乱したのはリリスの声だった。
「お兄ちゃん 」
腕の中で今まで俯いていたリリスが、こちらを向く。
もう涙は流れていないようだし、悲しそうな笑顔ではなかった。
「どうした? 」
「……一緒に、いてくれる? 」
声が少し震えている。
これが…不安、というものなのだろうか。
もし俺が傍に居ることで、少しでもその不安が和らぐのなら…。
答えは当然、決まっている。
「あぁ。一緒に居る 」
俺が一緒にいたいから。
「ずっと? 」
「ずっとだ 」
服を掴んでいた力がなくなった代わりに、リリスの両手が俺の頬を撫でた。
「今、お兄ちゃんの名前が呼びたい 」
優しく頬を撫でる手が、嬉しい…。
いや、これは『嬉しい』じゃない。
もっと別の、大きなものだ。
嬉しいよりもっと大きなもの…。
――…イトオシイ
あぁ、これは嬉しいじゃなくてイトオシイ、だ。
優しく頬を撫でる手が、イトオシイ。
この気持ちこそがイトオシイなのか…。
また一つ、俺の中の凝り固まった感情をリリスはいとも簡単に呼び起こしてしまった。
「ルシファー・エデン、だ 」
「ルシ、ファー・エデ、ン? 」
「長いからルシファーでいいよ 」
「ルシファー、 」
名を呼ばれることだけで、心躍る。
「そう。ルシファー 」
リリスを抱きしめていた腕を離して、リリスが俺にしてくれたのと同じように頬を撫でた。
…俺はリリスの真似ばかりだ。
抱きつくことも、頬を撫でるこの行為も、教えてくれたのは全部リリス。
「ルシファー、ずっと一緒 」
「ずっと一緒だ 」
太陽の光よりも眩しくて、月の明かりより美しいその笑顔。
俺だけにその笑顔を見せてほしい。
俺だけの笑顔にしたい、そう強く思った。




