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月の瞬き  作者: 幸紀涅
39/43

39:声


それにしても、どういうことだ…。


ここはエデン一族の屋敷内。


一般人や貴族でさえ、おいそれとその広大な敷地に入ってくることはできない。


一族と選ばれた使用人だけが暮らしている場所であるのに、今少女は目の前に居る。


…その上、昨日からずっといるような口ぶりだった。





「リリス! 」


昨日も聞いた高い声が突然響いた。


「リリス、あなたまた抜け出してきたのね。部屋で待ってなさいって言ったでしょ 」


走ってこちらに駆け寄ってきた女は、その勢いのままパンっと少女の頬を叩いた。


「ごめんなさい、お母様。でもね、私どうしてもお兄ちゃんに会いたくて…… 」


叩かれた頬は赤くなっていたが、少女が気にする様子ない。


それはまるで叩かれることが普通であるかのようだった。


「お兄ちゃん…って、あらっ、ご子息様!! 挨拶もなしに、申し訳ございません 」


俺の存在に気付いた女は、少女の頭を押さえつけて無理やり頭を下げさせた。


「なんと言ったらよいのか……私どものご無礼をお許しください 」


女も深く頭を下げた。


「ほら、ご子息様にご無礼働いたこと、謝りなさい! 」


そう言って、今度は少女の腕を強く引っ張って、床に押し付けた。


土下座でもさせるつもりか…?


「お母様、痛、い… 」


少女は震えながらそう言った。


が、その言葉に腹を立てたのか、女はより強く少女を床に押さえつけた。


「そんなことはどうでもいいの。謝りなさい、早く! 」



心臓をぶすぶすと釘で打ちぬかれているかのような感覚に陥った。



……もうこれ以上見ていたくない。


少女が…リリスが痛がるのも、怖がるのも見たくない。


止めさせるためには、俺の言葉が必要だ。



俺は深呼吸して、何年かぶりに人の前で声を出した。


「別に謝る必要はない。 その方、下がれ 」


思ったよりまともな声が出たのでホッとした。


女は目を見開いてこちらを見る。


「はっ、はい。 リリス、行くわよ 」


「俺は、お前に下がれと言った。 リリスとやらは、別にここにても構わない 」


本能のまま、自分がそう言いたいと思うままに言葉を口にした。


「そんな! 滅相もございません」


女は再度、強くリリスの腕を引っ張って俺とは逆の方向へ行こうとする。


「リリス…あなた泣いてるの、みっともないわね。ぐずぐずしてないで、さっさと歩きなさい 」



この女、消えればいいのに…という思いが手のひらを固く握らせた。


「お前は俺に同じことを二度も言わせるつもりか 」



少しの間、時間が止まったかのように誰も何も動かなかった。



先に動いたのは女で、何も言わず、深々と頭を下げてその場から去っていった。


女から解放されたリリスは俯いてその場に立ち尽くす。


その目からは大粒の涙が零れ落ちているのに、…笑顔だった。


俺でも分かるほどに、悲しく、苦しそうな笑顔だった。



『辛いときは、笑うんだよ 』



昨日リリスが言った言葉が今、また聞こえた。


あぁ、この子も辛いのか…。


それでも笑顔を作るのか…。





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