39:声
それにしても、どういうことだ…。
ここはエデン一族の屋敷内。
一般人や貴族でさえ、おいそれとその広大な敷地に入ってくることはできない。
一族と選ばれた使用人だけが暮らしている場所であるのに、今少女は目の前に居る。
…その上、昨日からずっといるような口ぶりだった。
「リリス! 」
昨日も聞いた高い声が突然響いた。
「リリス、あなたまた抜け出してきたのね。部屋で待ってなさいって言ったでしょ 」
走ってこちらに駆け寄ってきた女は、その勢いのままパンっと少女の頬を叩いた。
「ごめんなさい、お母様。でもね、私どうしてもお兄ちゃんに会いたくて…… 」
叩かれた頬は赤くなっていたが、少女が気にする様子ない。
それはまるで叩かれることが普通であるかのようだった。
「お兄ちゃん…って、あらっ、ご子息様!! 挨拶もなしに、申し訳ございません 」
俺の存在に気付いた女は、少女の頭を押さえつけて無理やり頭を下げさせた。
「なんと言ったらよいのか……私どものご無礼をお許しください 」
女も深く頭を下げた。
「ほら、ご子息様にご無礼働いたこと、謝りなさい! 」
そう言って、今度は少女の腕を強く引っ張って、床に押し付けた。
土下座でもさせるつもりか…?
「お母様、痛、い… 」
少女は震えながらそう言った。
が、その言葉に腹を立てたのか、女はより強く少女を床に押さえつけた。
「そんなことはどうでもいいの。謝りなさい、早く! 」
心臓をぶすぶすと釘で打ちぬかれているかのような感覚に陥った。
……もうこれ以上見ていたくない。
少女が…リリスが痛がるのも、怖がるのも見たくない。
止めさせるためには、俺の言葉が必要だ。
俺は深呼吸して、何年かぶりに人の前で声を出した。
「別に謝る必要はない。 その方、下がれ 」
思ったよりまともな声が出たのでホッとした。
女は目を見開いてこちらを見る。
「はっ、はい。 リリス、行くわよ 」
「俺は、お前に下がれと言った。 リリスとやらは、別にここにても構わない 」
本能のまま、自分がそう言いたいと思うままに言葉を口にした。
「そんな! 滅相もございません」
女は再度、強くリリスの腕を引っ張って俺とは逆の方向へ行こうとする。
「リリス…あなた泣いてるの、みっともないわね。ぐずぐずしてないで、さっさと歩きなさい 」
この女、消えればいいのに…という思いが手のひらを固く握らせた。
「お前は俺に同じことを二度も言わせるつもりか 」
少しの間、時間が止まったかのように誰も何も動かなかった。
先に動いたのは女で、何も言わず、深々と頭を下げてその場から去っていった。
女から解放されたリリスは俯いてその場に立ち尽くす。
その目からは大粒の涙が零れ落ちているのに、…笑顔だった。
俺でも分かるほどに、悲しく、苦しそうな笑顔だった。
『辛いときは、笑うんだよ 』
昨日リリスが言った言葉が今、また聞こえた。
あぁ、この子も辛いのか…。
それでも笑顔を作るのか…。




