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流亡剣士  作者: 宇宙無敵ダークドラゴン大王


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9/21

9 王城に潜入する

王城の正面門は、眼前で高くそびえていた。


分厚い鉄の門には黄金の紋章が嵌め込まれ、両脇に十名ずつの衛兵が立っている。城壁の上では、弓兵が絶え間なく巡回していた。正面突破は――不可能だ。だが、レインは最初から正面から行くつもりはなかった。


彼は城の東側へ回り込み、干上がった用水路に沿って進んだ。ミアが言っていた水路だ。溝の行き止まりで、腰ほどの高さの鉄格子が行く手を阻む。格子は錆びついていたが、鍵は新しかった。


(ミアなら、開けられるだろうが――)


レインは魔素支配を発動し、錆びた鉄格子に魔素を浸透させた。金属が軋み、格子の一部が脆くなる。蹴り破ると、中へと侵入した。


暗い。湿った空気。足元には少量の水が流れている。用水路の内部は狭く、身をかがめなければ進めない。レインは松明を灯し、慎重に進んだ。


《現在位置:グランディア王城・地下用水路》

《目標:地下牢エリアへの到達》


しばらく進むと、水路が二手に分かれた。左は地下牢へ、右は城の内部へ続いているらしい。レインは左を選んだ。


数分後、水路の終わりが見えた。鉄の扉がある。鍵は――かかっていない。ミアが先に来て、開けたのだろう。


(無事でいてくれよ)


扉を押し開けると、そこは薄暗い石造りの通路だった。壁に等間隔で松明が灯されている。牢屋の並ぶエリアに出たのだ。


牢屋の一つ一つを確認する。空の牢、骨だけの牢、まだ新しい血痕の残る牢――だが、セレスティアの姿はない。


「レイン!」


声がした。ミアだ。通路の奥から、手を振っている。リィエルも隣にいる。レインは駆け寄った。


「セレスティアは?」


「この奥。でも――」


ミアの顔が、曇っている。


「見張りがいる。五人。普通の兵士じゃない。騎士だ」


「騎士……」


グランディア王国の騎士。レインも、かつてはその一員だった。訓練の厳しさを知っている。一般兵とは、桁が違う。


「私が、風の魔法で気を引くわ。その間に、二人で――」


「いや」


レインは首を振った。


「俺が、正面から行く。お前たちは、セレスティアを連れて逃げてくれ」


「また無茶を――」


「今度は、無茶じゃない。俺は、強くなった」


レインは、魔鉄剣を抜いた。そして、通路の奥へと歩き出した。


---


地下牢の最深部。


鉄格子の向こうに、彼女はいた。


銀色の髪は、以前より少し汚れている。痩せた頬。だが、その青い瞳は、変わらず強く光っていた。手足には鎖。ボロボロの服。だが――生きている。


「セレスティア」


レインが名前を呼ぶと、彼女の体が、びくりと震えた。顔が、上がる。その目が、大きく見開かれる。


「……レイン?」


「ああ。迎えに来た」


セレスティアの唇が、震える。目に、涙が溢れる。


「バカ……! どうして、こんなところに……! あなたは、逃げて――」


「逃げない。お前を置いて、どこにも行かない」


レインは、鉄格子に手をかけた。鍵は、外からかけられている。この鉄格子を壊すには、力がいる。


「レイン・クロウ……!」


背後から、声がした。振り返ると、騎士が五人。いずれも、フルプレートの鎧に身を包み、剣を構えている。


「貴様、よくも王城に――」


「悪いが、話す暇はない」


レインは、魔素支配を発動した。周囲の魔素を凝縮し、五人の騎士に向かって放つ。衝撃波が、騎士たちを薙ぎ払う。二人が壁に叩きつけられ、気を失った。


「な……!?」


残る三人が、剣を構え直す。レインは、その前に立った。『剛力Lv1』と『怪力Lv1』を同時発動。体の内側から、力が溢れる。


「行くぞ」


レインは、踏み込んだ。一人目の剣を、魔鉄剣で受け流す。そして、鎧の隙間――脇腹に、剣を突き入れる。騎士が倒れる。


「化け物……!」


二人目が、盾を構えて突進してくる。レインは、それを跳び越えた。『飛行Lv2』の短時間飛行。騎士の頭上を越え、背後に着地。振り向きざまに、剣を振るう。鎧ごと、斬り裂く。


「ひっ……!」


最後の一人が、後ずさる。レインは、剣を向けた。


「鍵を、開けろ」


「く……殺せ」


「殺さない。だが、開けないなら――」


レインは、剣を構え直す。騎士は、震えながら、腰の鍵を投げた。レインはそれを受け取り、鉄格子の鍵を開ける。


「セレスティア」


「レイン……!」


セレスティアが、レインに飛びつく。レインは、彼女を抱きしめた。細い体。震えている。だが、確かに、生きている。


「ごめん。遅くなった」


「バカ……バカ……!」


セレスティアが、レインの胸で泣く。レインは、彼女の髪を撫でた。この温もりを、どれだけ待ち望んだか。


「行くぞ。ここを、出る」


セレスティアの鎖を、魔鉄剣で断ち切る。彼女は、よろめきながらも、自分の足で立った。


「私も、戦える」


「無理するな」


「無理じゃない。剣を、貸して」


レインは、倒れた騎士の剣を拾い、セレスティアに渡した。彼女は、それを握ると、しっかりと構えた。


「……やっぱり、お前は強いな」


「当然でしょ。騎士団長の娘、なめないで」


セレスティアが、少しだけ笑った。その笑顔を、レインはどれだけ見たかったか。


---


通路を戻ると、ミアとリィエルが待っていた。


「セレスティアさん! 無事だったのね!」


ミアが、駆け寄る。セレスティアは、少し戸惑いながらも、頷いた。


「あなたたちが……レインの仲間?」


「そうだよ。あたしはミア。こっちはリィエル」


「よろしくね、セレスティアさん」


リィエルが、柔らかく笑う。セレスティアは、二人を見て、それからレインを見た。


「……レイン、あなた、ちゃんと仲間を作ったのね」


「ああ。お前を助けるために、必要だったから」


「ふふ……そう」


セレスティアが、小さく笑う。その笑顔は、以前と変わらない。だが――


「話は後よ。まず、ここを出る」


リィエルが、冷静に言う。その通りだ。レインは頷いた。


「脱出経路は、城の北側。崩れかけた外壁がある」


「そこから、城外へ出るのね」


「ああ。だが、その前に――」


レインは、セレスティアを見た。


「セレスティア。バルドは、どこにいる?」


セレスティアの表情が、固くなる。


「……大広間よ。婚約式の準備をしているはず。貴族たちも、集まっているわ」


「式は、まだ始まってないのか?」


「ええ。あと、一時間はあると思う」


(一時間……)


レインは、考えた。このまま逃げることもできる。だが、バルドを放っておけば、またセレスティアを狙ってくるだろう。それに――


《クエスト:バルド・フォン・グランディアを討伐せよ》

《報酬:殺戮ポイント8,000 KP、スキル『権威Lv1』》

《期限:なし》

《拒否:可能》


(8,000 KP……)


レインは、決断した。


「ミア、リィエル。セレスティアを連れて、先に脱出してくれ」


「え……?」


ミアが、目を見開く。


「まさか、一人でバルドを倒す気?」


「ああ。ここで逃げたら、また同じことになる。決着を、つける」


「無茶よ! バルドは、Aランクの魔術師なのよ!?」


セレスティアが、叫ぶ。レインは、彼女の目を見た。


「分かってる。だが、行く」


「レイン!」


セレスティアが、レインの腕を掴む。その手は、震えていた。


「お願い……行かないで。もう、あなたを失いたくない」


「……セレスティア」


レインは、彼女の手を、そっと握り返した。


「俺は、強くなった。お前を守れるくらいに。だから――信じてくれ」


セレスティアは、涙を浮かべながら、レインを見つめていた。そして、ゆっくりと、手を離した。


「……必ず、生きて戻ってきて」


「ああ。約束する」


レインは、振り返った。ミアとリィエルが、心配そうな顔で見ている。


「二人とも、セレスティアを頼んだ」


「……分かった。でも、絶対に死なないで」


「ええ。約束よ、レイン」


レインは頷き、大広間へと続く通路を走り出した。


---


大広間の扉は、閉ざされていた。


だが、レインは魔素支配で、扉の向こうの気配を感じ取ることができた。多くの人間。貴族たちだ。そして、その中心に――バルド。


(行くぞ)


レインは、扉を蹴り開けた。


「――なっ!?」


広間に、緊張が走る。貴族たちが一斉に振り返る。そして、玉座の前に立つバルドが、目を見開いた。


「レイン・クロウ……!? なぜ、ここに……!」


「セレスティアを、迎えに来た」


レインは、魔鉄剣を抜いた。貴族たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。だが、バルドは動じない。むしろ、余裕の笑みを浮かべた。


「ふん。死刑囚が、生き延びていたとはな。まあいい。ここで、私が直接始末してやろう」


バルドが、杖を掲げる。周囲の魔素が、急速に集まり始めた。さすがは、Aランクの魔術師。その魔力量は、桁違いだ。


「死ね、レイン・クロウ!」


バルドが、炎の魔法を放つ。巨大な火球が、レインに迫る。レインは、魔素支配でそれを相殺しようとした。だが、完全には消しきれない。炎の一部が、レインの鎧を焦がす。


「くっ……!」


「ははは! その程度か! 所詮は、平民上がりの騎士見習いだ!」


バルドが、次々と魔法を放つ。炎、氷、雷。レインは、必死に回避しながら、隙を探す。だが、バルドの魔法は正確で、隙がない。


(どうする……!? このままじゃ、押し切られる)


その時だった。


《スキル『魔素支配Lv2』と『剛力Lv1』『怪力Lv1』の同時発動が可能です》

《同時発動により、魔素を筋力に変換し、物理攻撃力を爆発的に上昇させます。ただし、反動が大きくなります》


(魔素を、筋力に……!?)


レインは、迷った。反動が大きい――つまり、体に負担がかかる。だが、やるしかない。


(同時発動!)


体の内側から、激しい熱が湧き上がる。筋肉が、軋む。血管が、浮き出る。痛みが走るが、構わない。レインは、地面を蹴った。


「な――!?」


バルドが、驚愕の声を上げる。レインの速度が、以前とは比べ物にならない。一瞬で、バルドの眼前に迫る。


「この……近づくな!」


バルドが、至近距離で炎を放つ。だが、レインはそれを、魔鉄剣で斬り裂いた。炎が、二つに分かれる。


「ば、馬鹿な……!? 魔法を、剣で……!?」


「終わりだ、バルド」


レインは、剣を振り上げた。バルドの顔に、恐怖が浮かぶ。


「待て……! 私は、貴族だぞ! 殺せば、お前もただでは――」


「知るか」


レインの剣が、振り下ろされた。


《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:8,000 KP》

《スキル『権威Lv1』を獲得しました》


バルドの体が、崩れ落ちる。広間に、静寂が訪れた。貴族たちは、恐怖に凍りついている。レインは、剣を収め、振り返った。


「セレスティアは、どこだ」


誰も、答えない。だが、広間の奥の扉が、開いた。そこに、セレスティアが立っていた。ミアとリィエルも、一緒だ。


「レイン……!」


セレスティアが、駆け寄ってくる。レインは、彼女を抱きしめた。


「終わった。もう、大丈夫だ」


「バカ……本当に、バカ……!」


セレスティアが、レインの胸を叩く。だが、その手は、優しかった。


「……帰ろう。みんなで」


レインは、仲間たちを見回した。ミアが、リィエルが、そしてセレスティアが、頷いた。


「「「ああ!」」」


---


王城を脱出したレインたちは、リベルタスへと戻った。


ギルドに報告すると、大騒ぎになった。グランディア王国の貴族を討伐した――それも、Bランク冒険者が。ガルドは、レインの話を聞いて、しばらく黙り込んだ。


「……君は、とんでもないことをしたな」


「分かってます」


「だが――」


ガルドが、口元を緩める。


「よくやった。あのバルド卿は、前から問題視されていた。自由都市連合としても、感謝する」


「……ありがとうございます」


「報酬は、金貨五十枚。それと――」


ガルドは、一枚の用紙を取り出した。


「Aランク冒険者への推薦状だ。君たちの実力なら、文句はないだろう」


「Aランク……!」


レインは、驚いた。まさか、こんなに早くAランクに上がれるとは。


「ただし、Aランクになれば、もっと危険な依頼が回ってくる。それでも、受けるか?」


「……受けます」


レインは、迷わなかった。強くなりたい。セレスティアを守るために。そして――


(観測者。お前の目的は、何なんだ?)


システムの表示を見る。まだ、多くのクエストが残っている。ゴブリン10,000体、オーク50体、デーモン討伐――どれも、達成していない。


(だが、一つずつだ)


レインは、仲間たちを見た。セレスティア、ミア、リィエル。三人が、笑っている。


(俺は、一人じゃない。だから――)


どんな困難も、乗り越えられる気がした。


---


宿に戻った夜、レインはセレスティアと二人きりになった。


ミアとリィエルは、別の部屋にいる。気を利かせてくれたのだろう。


「……久しぶりね、こうやって話すの」


セレスティアが、ぽつりと言う。


「ああ。最後に話したのは、処刑の前日だったか」


「そうね。あの時は、まさか生きて再会できるとは思わなかった」


セレスティアが、レインの肩に寄りかかる。レインは、彼女の髪を撫でた。


「なあ、セレスティア。これから、どうする?」


「どうするって?」


「俺は、まだ強くなりたい。観測者のこともあるし、迷宮の異変も気になる。だから、旅を続けるつもりだ」


「……うん。分かってる」


セレスティアが、顔を上げる。


「私も、行くわ。あなたの隣に」


「危険だぞ」


「構わない。もう、あなたを一人にしない」


セレスティアの目は、真剣だった。レインは、少し迷ったが、頷いた。


「……分かった。一緒に来い」


「ありがとう」


セレスティアが、微笑む。その笑顔は、以前と変わらない。だが、少しだけ、大人びていた。


「ねえ、レイン」


「何だ?」


「ミアさんとリィエルさん。二人とも、あなたのこと、好きなのね」


「……は?」


レインが、素っ頓狂な声を上げる。セレスティアは、くすくす笑った。


「分かるわよ。女の勘、なめないで」


「……そんなんじゃない」


「どうかしら」


セレスティアが、レインの顔を覗き込む。その目が、少しだけ意地悪だった。


「私は、別に構わないけど」


「何がだ?」


「あなたが、誰を選んでも。……でも、一番は、私にしてね」


セレスティアが、レインの頬にキスをした。レインは、一瞬、何が起きたか分からなかった。


「……おい」


「ふふ。おやすみ、レイン」


セレスティアは、ベッドに入り、背を向けた。レインは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


(……本当に、手が付けられないな)


だが、嫌ではない。むしろ――


(ありがとう、セレスティア)


レインは、心の中で呟いた。そして、自分のベッドに入った。


明日から、また旅が始まる。観測者の真実、迷宮の異変、そして――もっと強くなるために。


(セレスティアを、守るために)


レインは、目を閉じた。今夜は、ゆっくり眠れそうだ。


---


一方その頃。


リベルタスの城壁の上に、一人の影が立っていた。


シャドウ――銀色の髪の賞金稼ぎ。彼女は、王城の方角を見つめていた。


「……バルドが、討たれた。依頼は、失敗ね」


だが、その声には、なぜか安堵が混じっていた。


「まあ、いいわ。私の仕事は、あの人を止めることじゃない。守ること、だったから」


シャドウは、マントを翻す。そして、夜空に消えた。


「また会うわよ、レイン・クロウ。次は――」


その言葉は、風に溶けた。

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