10 新たな旅路
朝日が、宿の窓を橙色に染めていた。
レインは目を覚ます。隣のベッドでは、セレスティアが静かな寝息を立てていた。銀色の髪が枕に広がり、その表情は穏やかだ。長い間、地下牢に囚われていたせいか、少し痩せたように見える。
(……無事に、助けられたんだな)
レインは、自分の手を見つめた。王城での戦い。バルドを討った瞬間の感触が、まだ残っている。人を殺した——それが、魔物ではなく、人間だったという事実。正義だったのか。復讐だったのか。答えは、まだ出ない。
(だが、後悔はしていない)
セレスティアを守るためだった。それだけは、揺るがない。
「……ん」
セレスティアが、目をこすりながら起き上がる。レインと目が合うと、少し照れたように笑った。
「おはよう、レイン。早いのね」
「ああ。よく眠れたか?」
「ええ。久しぶりに、ぐっすりと」
セレスティアが、伸びをする。その仕草が、以前と変わらなくて、レインは少しだけ安心した。
「今日から、どうするの?」
「まずは、ギルドに行く。Aランクになった報告と、新しい依頼を探す」
「Aランク……すごいわね。私が知ってる冒険者のランクなんて、せいぜいCまでよ」
「お前のおかげだ。お前を助けるために、強くなれた」
セレスティアが、少し照れる。
「……そういうこと、さらっと言わないの」
「何でだ?」
「もう。鈍感なんだから」
セレスティアは、それ以上何も言わず、身支度を整え始めた。
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朝食の席で、四人が顔を揃えた。
ミアが、パンを頬張りながら言う。
「それで、これからどうするの?」
「迷宮の異変を、調べたい。第四層の魔核は壊したが、根本的な原因は分かっていない。それに——」
レインは、システムの表示を見た。まだ、大量のクエストが残っている。
《クエスト:ゴブリンを10,000体討伐せよ(進捗:100/10,000)》
《クエスト:オークを50体討伐せよ(進捗:3/50)》
《クエスト:デーモンを討伐せよ》
《クエスト:迷宮第六層の調査》
「……やることが、多いな」
「でも、優先順位はつけなきゃね」
リィエルが、紅茶を飲みながら言う。その通りだ。すべてを同時にこなすことはできない。
「まずは、オークの討伐を進めたい。五十体で、剛力Lv2が手に入る」
「私も、それに賛成。剛力の上位スキルがあれば、近接戦がもっと楽になるわ」
「じゃあ、あたしは情報収集ね。迷宮の異変について、もっと詳しく調べてくる」
「俺も、セレスティアの装備を整えたい。今の剣じゃ、心もとないからな」
「……私も、戦えるわよ」
セレスティアが、少しむくれる。レインは笑った。
「分かってる。だが、専用の剣があった方がいい」
「まあ、そうね。ありがとう」
四人の役割が決まった。レインは立ち上がった。
「じゃあ、行くか」
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ギルドに着くと、受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「レインさん、Aランク昇格おめでとうございます!」
「ああ。ありがとう」
「Aランクの方には、専用の依頼があります。こちらをご覧ください」
受付嬢が案内したのは、掲示板の最上段——Aランク専用のエリアだ。貼られている依頼は、どれも難易度が高く、報酬も桁違いだった。
《Aランク依頼:迷宮第七層の踏破》
《報酬:金貨三十枚》
《推奨:Aランク以上、四人以上のパーティ》
《Aランク依頼:古代遺跡の調査》
《報酬:金貨二十五枚》
《推奨:Aランク以上、魔法使いを含むこと》
《Aランク依頼:魔境ヴァルグの異常調査》
《報酬:金貨四十枚》
《推奨:Aランク以上、魔素感知スキル保持者》
「……これだ」
レインが指差したのは、三つ目の依頼だった。魔境ヴァルグの異常調査——魔素感知スキル保持者が推奨されている。まさに、レインにうってつけだ。
「これは、最近の迷宮の異変と関係があるかもしれない」
「ええ。私も、そう思う」
リィエルが、賛成する。レインは、依頼書を取った。
「受ける」
受付嬢が、少し驚いた顔をする。
「よろしいのですか? この依頼は、かなり危険だと報告されています」
「分かってる。だが、必要だ」
「……お気をつけて」
依頼を受けると、レインたちは迷宮へ向かった。まずは、オークの討伐だ。
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迷宮第三層。
レインたちは、オークの群れを探していた。以前は、一体でも苦戦した相手だ。だが、今は——
「いた。五体」
セレスティアが、剣を構える。その動きは、さすが騎士団長の娘。無駄がない。
「セレスティア、無理はするな」
「分かってるわ。でも——」
セレスティアが、少し笑う。
「あなたに守られてばかりじゃ、嫌だから」
レインは、それ以上何も言えなかった。セレスティアは、自分で戦いたいのだ。その気持ちは、尊重したい。
「分かった。だが、危なくなったら、すぐに下がれ」
「ええ」
オークたちが、こちらに気づいた。五体が、一斉に襲いかかってくる。レインは、前に出た。『剛力Lv1』と『怪力Lv1』を同時発動するまでもない。通常の状態でも、オーク程度なら問題ない。
「行くぞ」
レインは、魔鉄剣を振るった。一体目の首が、飛ぶ。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:200 KP》
二体目、三体目も、あっという間に倒す。セレスティアも、一体を相手に戦っていた。その剣技は、正確で、美しい。騎士団で訓練を積んできたのだろう。オークの攻撃を、最小限の動きで回避し、急所を突く。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:200 KP》
「……やるな」
「当然でしょ」
セレスティアが、少し誇らしげに笑う。レインは、残る一体を倒した。
《オーク討伐数:8/50》
(まだまだ、先は長いな)
だが、着実に進んでいる。
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それから一時間で、レインたちは二十体のオークを討伐した。
《オーク討伐数:23/50》
「いいペースね」
セレスティアが、汗を拭いながら言う。
「ああ。この調子なら、今日中に五十体いけるかもしれない」
「油断しないで。迷宮は、何が起こるか分からないから」
リィエルの言葉通り、迷宮は油断できない場所だ。レインは気を引き締め直した。
そして、第四層へと降りた時だった。
《警告:異常な魔素の流れを感知》
《この先、通常とは異なる空間が存在します》
「……何か、あるな」
レインは、魔素支配で周囲を探った。空気中の魔素が、不自然に渦を巻いている。以前、第四層で魔核を壊した時とは、違う種類の異常だ。
「あれを見て」
リィエルが、前方を指差した。空間に、裂け目のようなものが浮かんでいる。黒い、亀裂。まるで、世界に穴が開いたような——
「何だ、あれ……」
「分からない。でも——」
セレスティアが、剣を握りしめる。
「近づかない方がいい」
「だが、調べないと」
レインは、裂け目に近づいた。近づくにつれ、空気が冷たくなる。魔素の濃度が、急激に上昇している。
《警告:次元の裂け目を感知》
《この裂け目は、別の空間へと繋がっています》
《推定脅威度:Aランク以上》
(次元の裂け目……!?)
その時だった。裂け目から、何かが現れた。影——いや、影の形をした、何か。人型だが、輪郭がぼやけている。目に当たる部分に、赤い光が二つ。
《警告:未知の存在を感知》
《推定脅威度:測定不能》
(測定不能……!?)
レインは、剣を構えた。影が、じっとこちらを見ている。そして——
「……見つけた」
影が、喋った。低い、響く声。
「観測者の器……ここにいたのか」
「……お前は、何者だ?」
「我は、深淵の使徒。観測者の敵対者だ」
(観測者の、敵対者……!?)
影が、笑った。赤い目が、ぎらりと光る。
「器よ。その力を、我に譲れ。そうすれば、お前の望みを叶えてやる」
「断る」
レインは、即答した。
「そうか。ならば——」
影が、動いた。速い——だが、レインも動く。魔鉄剣で、影の攻撃を受け止める。だが、感触がない。影の腕が、剣をすり抜ける。
「物理攻撃は、通じぬ」
影の腕が、レインの胸を貫こうとする。レインは、とっさに魔素支配を発動した。魔素の壁を作り、影の攻撃を防ぐ。
「ほう。魔素を操るか。さすがは、器」
「レイン!」
セレスティアが、剣を振るって影に斬りかかる。だが、彼女の剣も、影をすり抜ける。
「無駄だ。我は、実体を持たぬ」
「なら——」
リィエルが、風の魔法を放つ。風の刃が、影を切り裂く。だが、影はすぐに再生する。
「魔法も、無駄ではないが……決定打にはならぬな」
(どうする……!?)
レインは、必死に考えた。物理も魔法も効かない。ならば——
《スキル『魔素支配Lv2』を応用し、魔素そのものを武器に変換することが可能です》
《ただし、大量のMPを消費します》
(魔素を、武器に……!)
レインは、魔素支配を最大出力で発動した。周囲の魔素を凝縮し、剣の形に変える。青白く光る、魔素の剣。
「……面白い」
影が、感心したように言う。
「だが、その程度で——」
「喰らえ!」
レインは、魔素の剣を振り下ろした。青白い光が、影を斬り裂く。今度は、手応えがあった。影が、悲鳴を上げる。
「ぐあああ!?」
「効いた……!」
だが、影は完全には消えない。ぼやけた輪郭が、揺らいでいる。
「……今は、これくらいにしておいてやろう。だが、覚えておけ、器よ。我は、必ずお前を——」
影が、裂け目に吸い込まれるように消えた。裂け目も、ゆっくりと閉じていく。
《未知の存在を撃退しました》
《クエスト:深淵の使徒を撃退せよ——達成》
《報酬:殺戮ポイント3,000 KP、スキル『次元感知Lv1』》
(次元感知……?)
レインは、その場に膝をついた。大量のMPを消費したせいで、体が重い。
「レイン!」
セレスティアが、駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「……ああ。何とか」
レインは、立ち上がった。裂け目は、完全に閉じている。だが、あの影——深淵の使徒。観測者の敵対者。それが、自分を狙っている。
(観測者……お前の敵が、俺を狙ってる。どういうことだ?)
システムからの答えは、なかった。ただ、静かに表示だけが浮かんでいる。
《観測者よりのメッセージ:深淵の使徒に注意せよ。彼らは、器を狙っている》
(器、を……)
レインは、拳を握った。自分は、狙われる側なのか。だが——
(だから、どうした。俺は、俺の道を行くだけだ)
「戻ろう。今日は、ここまでだ」
三人は、迷宮を後にする。帰り道、セレスティアが心配そうにレインを見ていた。
「レイン。さっきの、何だったの?」
「……分からない。だが、俺を狙ってるらしい」
「観測者、と関係があるの?」
「たぶんな。だが、今は情報が足りない。もっと、調べる必要がある」
セレスティアは、少し黙って、それから言った。
「……私も、戦うわ。あなただけに、背負わせない」
「セレスティア……」
「騎士団長の娘よ。伊達じゃないわ」
セレスティアが、微笑む。レインは、その笑顔に、少しだけ救われた。
---
宿に戻ると、ミアが待っていた。
「おかえり! どうだった?」
「オークを二十三体倒した。それと——」
レインは、深淵の使徒のことを話した。ミアは、真剣な顔で聞いていた。
「観測者の敵……それは、まずいね」
「ああ。だが、今は何もできない。もっと強くなるしかない」
「……そうだね。あたしも、もっと情報を集める。深淵の使徒について、何か分かるかもしれない」
「頼む」
その夜、レインは一人で、システムの表示を見つめていた。
```
【ステータス】
名前:レイン・クロウ
レベル:7
HP:95/95
MP:28/28
STR:31
VIT:35
AGI:32
INT:33
DEX:26
LUK:7
──────────
殺戮ポイント:16,586 KP
スキル:ゴブリン語Lv3、剛力Lv1、怪力Lv1、魔素支配Lv2、集団指揮Lv1、飛行Lv2、鱗鎧Lv1、水中適応Lv1、権威Lv1、次元感知Lv1
```
(KPが、かなり貯まったな)
16,586 KP。これをどう使うか。STRもVITも、そこそこ高い。だが、Aランクの敵と戦うには、まだ足りない。
(INTとDEXを上げよう。魔素を操るなら、INTは必須だ)
レインは、KPを振り分けた。
《INTに3,000 KP(33→43)》
《DEXに2,000 KP(26→36)》
《AGIに2,000 KP(32→42)》
《残り9,586 KP》
体の内側から、再び熱が湧き上がる。頭が、クリアになる。魔素の流れが、より詳細に見える。体の動きも、鋭くなる。
(これで、少しは戦える)
レインは、窓の外を見た。夜空には、星が瞬いている。その中に、一際明るい星があった。
(セレスティア。ミア。リィエル。そして——観測者)
多くの想いが、胸を巡る。だが、レインは思った。
(俺は、進む。どんな敵が来ても、仲間を守るために)
その決意を胸に、レインは目を閉じた。明日も、戦いが待っている。
---
一方その頃。
リベルタスの郊外で、シャドウは一人、夜空を見上げていた。
「深淵の使徒が、動き出した……か」
彼女の手には、一通の手紙があった。差出人は——セレスティア・グランディア。
『シャドウさんへ。あなたが誰なのか、私は知っています。そして、あなたが私を守るために動いていたことも。感謝しています。ですが、もう大丈夫です。レインが、私を守ってくれます。だから——あなたは、あなたの道を進んでください。もし、協力が必要なら、いつでも来てください。私は、あなたを仲間だと思っています』
「……仲間、ね」
シャドウは、手紙を折りたたんだ。そして、小さく笑った。
「相変わらず、お人好しなんだから。セレスティアお嬢様は」
だが、その声は、優しかった。
「まあ、いいわ。私も、少しだけ——あの人たちに、興味が湧いたから」
シャドウは、リベルタスの街へと歩き出した。夜風が、マントを揺らす。その背中は、どこか楽しげだった。




