7 婚約
Bランク冒険者になって、三日が経った。
レインは朝早くに目を覚ました。宿の窓から差し込む日差しは、以前より暖かい。体の傷も、ほぼ癒えている。レベル5のHP回復力は、馬鹿にならない。
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【ステータス】
名前:レイン・クロウ
レベル:5
HP:70/70
MP:18/18
STR:22
VIT:15
AGI:13
INT:12
DEX:12
LUK:6
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殺戮ポイント:6,786 KP
スキル:ゴブリン語Lv2、剛力Lv1、怪力Lv1、魔素支配Lv1
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(そろそろ、KPを振るか)
レインは、これまで貯めていたKPをどう使うか迷っていた。6,786 KP。これをすべてステータスに振れば、かなりの強化になる。だが、どこに振るべきか。
(STRはもう十分ある。VITとAGIを上げたいところだ。それに、魔素を操るならINTも必要かもしれない)
考えた末、レインは以下のように振り分けた。
《STRに500 KP(22→27)》
《VITに1,500 KP(15→30)》
《AGIに1,500 KP(13→28)》
《INTに1,500 KP(12→27)》
《DEXに1,000 KP(12→22)》
《残り786 KP》
体の内側から、熱が込み上げる。筋肉が、骨が、神経が——全身が、変容していく。痛みではなく、力が満ちていく感覚。視界が、より鮮明になる。音が、より細やかに聞こえる。空気中の魔素の流れが、手に取るように分かる。
「……すごいな」
レインは、拳を握った。以前とは、比べ物にならない力だ。魔素支配のスキルも、Lv1からLv2に上がっている。
《スキル『魔素支配Lv2』:周囲の魔素を感知し、より詳細な操作が可能になります。微量の魔素を凝縮し、簡易的な攻撃に転用できます》
(魔素を、攻撃に使えるのか)
試しに、レインは手をかざしてみた。意識を集中すると、指先に淡い光が集まる。小さな、光の粒。これを、飛ばせるのだろうか。
「……後で試すか」
レインは、宿の食堂へ向かった。ミアとリィエルが、すでに朝食を取っている。
「おはよ、レイン。今日は早いね」
「ああ。KPを振ったら、目が冴えてな」
「KP?」
リィエルが、首をかしげる。ミアは、知っている。レインは、少し迷ったが、システムのことを話すことにした。リィエルは、もう仲間だ。隠し続ける方が、危険だ。
「……俺は、特殊なスキルを持っている。魔物を倒すと、ポイントが貯まって、それを好きなステータスに振れる」
「え……?」
リィエルが、目を丸くする。レインは、システムの表示をリィエルにも見えるようにした。もちろん、細かい部分は伏せてだが。
「これが、俺の力だ。……気持ち悪いか?」
リィエルは、首を振った。
「いいえ。むしろ、すごいと思う。そんな力、聞いたことがない。でも——」
「でも?」
「その力、誰かに狙われたら、危険ね。グランディア王国にも、知られたら」
「……ああ。だから、隠してきた」
リィエルは、真剣な目でレインを見つめた。
「分かった。私も、秘密にする。仲間だもの」
その言葉に、レインは少しだけ救われた気がした。
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朝食の後、三人はギルドに向かった。
Bランクになったことで、受けられる依頼の幅が広がった。掲示板には、以前では手が出なかったような依頼が並んでいる。
「これ、どう?」
ミアが指差したのは、Bランクの魔物討伐依頼だった。内容は、迷宮第五層に出現したワイバーンの討伐。報酬は、金貨八枚。
「ワイバーンか……空を飛ぶ魔物だよな」
「ええ。でも、あなたの魔素支配があれば、対応できるかもしれない」
リィエルが言う。レインは、考えた。ワイバーンはBランクの中でも、上位の魔物だ。飛行能力があり、ブレスを吐く。正直、分が悪い。
(だが、やらなければ強くなれない)
「受けるか。ただし、準備をしっかりしてからだ」
その時だった。ギルドの入り口が、騒がしくなった。何人かの冒険者が、一斉に話し始める。
「おい、聞いたか? グランディア王国で、婚約の発表があったらしいぞ」
「婚約? 誰と誰だ?」
「バルド・フォン・グランディア卿と、セレスティア・グランディア嬢だ」
レインの体が、凍りついた。
(……今、何て言った?)
ミアが、はっとした顔でレインを見る。リィエルも、状況を察したように口を閉じた。
「婚約式は、一ヶ月後。グランディア王城で、盛大に執り行われるらしい」
「へえ。バルド卿って、確か四十超えてたよな。セレスティア嬢は、まだ二十歳そこそこだろ? 政略結婚か?」
「さあな。でも、グランディア王国の騎士団長の娘だ。バルド卿が、権力を固めるには、丁度いいんだろう」
レインは、その場に立ち尽くしていた。拳を、強く握りしめる。爪が、掌に食い込む。血が、滲む。
(バルド……!)
セレスティアは、バルドに囚われている。そして今、無理やり婚約させられようとしている。自分が助けなければ——誰が助ける。
「レイン」
ミアが、静かに言った。
「……分かってる」
レインは、深く息を吸った。そして、吐いた。
「一ヶ月だ。その間に、強くなる。そして——セレスティアを、救い出す」
「そのためには、まずワイバーンだね。Bランクの魔物を倒せば、装備も揃えられる」
「ああ」
レインは、依頼書を取った。手が、微かに震えている。だが、迷いはなかった。
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ワイバーン討伐の準備として、レインはまず装備を整えた。
金貨十五枚の報酬で、新しい鎧を買う。軽量だが頑丈な、魔獣革の鎧。動きを妨げず、ある程度の攻撃を弾く。鋼鉄剣も、より良いものに替えた。魔鉄剣——魔素を帯びた鉄で鍛えられた剣は、普通の鋼鉄剣より切れ味が鋭い。
「これで、少しは戦える」
「あたしも、新しい短剣を買ったよ」
ミアが、腰に差した新しい短剣を見せる。刃には、毒が塗られているらしい。
「リィエルは?」
「私は、これで十分」
リィエルは、自分の弓を掲げた。エルフの弓は、代々受け継がれてきたものだという。風の魔法と組み合わせれば、矢がなくても戦える。
「じゃあ、行くか」
三人は、迷宮へ向かった。
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第五層は、第四層とは違う意味で危険だった。
空間が、開けている。天井が高く、広い空洞が広がっている。床は石畳で、ところどころに水溜まりがある。壁には、光る鉱石が埋め込まれ、薄暗い空間を照らしている。
「ワイバーンは、この層の奥に巣を作ってるらしい」
ミアが、情報を確認する。
「巣には、卵があるかもしれない。近づくと、親が襲ってくる」
「分かった。慎重に進もう」
三人は、静かに奥へと進んだ。しばらくすると、広い空間に出た。天井はさらに高く、まるでドームのようだ。その中心に——ワイバーンがいた。
体長は、五メートルを超える。鱗は鋼のように硬く、翼を広げると十メートルにもなる。鋭い爪、長い尾、そして口からは、時折炎が漏れている。
《警告:強力な魔物を感知。推定脅威度:Bランク上位》
《推奨:十分な準備と、複数人での戦闘》
(これが、ワイバーン……)
レインは、息を呑んだ。オーガとは、比べ物にならない威圧感。だが、逃げるわけにはいかない。
「ミア、リィエル。作戦通りに」
「うん」
「ええ」
ミアが、左側の岩陰に隠れる。リィエルが、右側の高台に上がる。レインは、正面から挑む。ワイバーンが、レインに気づいた。赤い目が、ぎらりと光る。
「グルルルル……」
ワイバーンが、咆哮する。翼を広げ、飛び上がろうとする。レインは、すかさず魔素支配を発動した。周囲の魔素を凝縮し、ワイバーンの翼にぶつける。小さな爆発が起き、ワイバーンの体勢が崩れる。
「今だ、リィエル!」
リィエルが、風の矢を放つ。風の刃が、ワイバーンの翼を切り裂く。完全には断ち切れないが、飛行を妨げるには十分だ。
「グルオオオ!」
ワイバーンが、炎のブレスを吐く。レインは、横に跳んで回避する。熱風が、肌を焼く。だが、構わず前に出る。魔鉄剣を振り上げ、ワイバーンの脚に叩きつける。鱗が、数枚剥がれ落ちる。
「硬い……! だが、通じる!」
ワイバーンが、尾を振るう。レインは、それを跳び越える。ミアが、背後から毒入りの短剣を投げる。短剣が、ワイバーンの目に突き刺さる。
「グギャアアア!」
ワイバーンが、のた打ち回る。レインは、その隙に首を狙った。魔鉄剣を、思い切り振り下ろす。鱗を砕き、肉を断ち、骨に届く。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:1,200 KP》
《スキル『飛行Lv1』を獲得しました》
ワイバーンが、地面に倒れる。レインは、肩で息をしながら、剣を収めた。
「……勝った、か」
「やったね!」
ミアが、駆け寄ってくる。リィエルも、高台から降りてきた。
「すごい戦いだったわ、レイン」
「お前たちのおかげだ」
レインは、ワイバーンの死体から魔石を回収した。かなり大きな魔石だ。換金すれば、かなりの金額になる。
《ワイバーン討伐数:1/5》
《クエスト:ワイバーンを5体討伐せよ(進捗:1/5)》
《報酬:スキル『飛行Lv2』》
(5体か……)
先は長い。だが、一歩ずつだ。
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リベルタスに戻り、依頼を報告した。
報酬の金貨八枚を受け取り、魔石も換金する。合計で、金貨二十枚以上になった。これで、しばらくは暮らせる。
「レイン、ちょっといい?」
ギルドを出たところで、ミアが声をかけてきた。その顔は、真剣だ。
「どうした?」
「……あたし、一人で調べたいことがある。セレスティアさんのこと、もっと詳しく」
「危険じゃないか?」
「大丈夫。あたしは、盗賊だから。潜入調査は、得意なんだ」
レインは、迷った。ミアを危険に晒したくない。だが、彼女の能力は確かだ。情報収集において、右に出る者はいない。
「……無理はするな。危なくなったら、すぐに戻れ」
「分かってる。あたしを誰だと思ってる?」
ミアは、にこりと笑って、街の中に消えていった。
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その夜、レインはリィエルと二人で、宿の部屋にいた。
ミアはまだ戻らない。情報収集に時間がかかっているのだろう。
「レイン」
リィエルが、窓際に座りながら言った。
「あなたのその力——システム、だったかしら。それについて、少し思うことがあるの」
「何だ?」
「その力、誰が与えたのか。何のために与えたのか。考えたことは?」
レインは、少し黙った。観測者——その存在については、考えないようにしていた。だが、リィエルの言う通りだ。何のために、自分はこの力を与えられたのか。
「……分からない。だが、観測者という存在が、関係している」
「観測者……」
リィエルが、その言葉を繰り返す。
「エルフの伝承に、似たような話があるわ。世界を観測し、記録する存在——『傍観者』。神々よりも古い、と言われている」
「傍観者……?」
「ええ。世界の理から外れた存在で、直接干渉はしない。だが、時に『器』となる人間に、力を与えることがある——と」
(器……)
レインは、自分の手を見下ろした。俺は、器なのか。観測者のために、力を集めているだけなのか。
「……だが、その力で、俺は生き延びてきた。セレスティアを救うためにも、必要だ」
「ええ。だから、私は何も言わない。ただ——」
リィエルが、レインの目をじっと見つめる。
「その力に、飲み込まれないで。あなたは、あなたのままでいて」
その言葉は、優しく、そして重かった。
「……気をつける」
レインがそう答えた時、宿の扉が開いた。ミアが、息を切らして飛び込んでくる。
「レイン! 大変!」
「どうした?」
ミアは、荒い息を整えながら、言った。
「セレスティアさんのこと、分かった。彼女、今——グランディア王城の地下牢にいる。バルドの屋敷じゃない」
「地下牢……!?」
「それと、もう一つ。婚約式の日、セレスティアさんは——公開処刑される可能性がある」
レインの顔色が、変わった。
「どういうことだ?」
「バルドは、セレスティアさんを娶ることで、騎士団の掌握を狙ってる。でも、セレスティアさんが拒否したら——」
ミアは、言葉を切った。だが、言いたいことは分かった。拒否すれば、処刑される。それだけのことだ。
「……させない」
レインは、立ち上がった。
「一ヶ月後、婚約式の日に乗り込む。それまでに、もっと強くなる」
「でも、どうやって王城に? 警備は厳しいよ」
「分かってる。だが、方法はある」
レインは、システムの表示を見た。まだ、大量のKPが残っている。スキルも、まだ伸ばせる。
(ゴブリン10000体、オーク50体、リザードマン20体、グール30体、ワイバーン5体——)
どれも、まだ達成していない。だが、やるしかない。一ヶ月で、できる限りのことをやる。
「ミア、リィエル。俺に、力を貸してくれ」
「当然でしょ」
「ええ。どこまでも行くわ」
二人の言葉に、レインは頷いた。そして、決意を新たにした。
(セレスティア、必ず助ける。お前を、誰にも渡さない)
——流亡の剣士は、決戦に向けて動き出す。




