6 魔核
意識は暗闇の中を漂っている。
レインは、深い闇の中にいた。体が、ない。感覚が、ない。ただ、意識だけが、ぽつんと浮かんでいる。
(……ここは、どこだ?)
声が、聞こえる。複数の声。遠くから、呼んでいる。
「レイン!」
「レイン、起きて!」
ミアと、リィエルの声だ。レインは、必死に意識を集中させる。闇が、薄れていく。光が、見えてくる。
(……戻るんだ)
目を、開けた。
「……っ」
眩しい。天井から、淡い光が降り注いでいる。いや、天井ではない。石畳の床に、寝かされているようだ。体を起こすと、全身に鈍い痛みが走る。
「レイン! よかった!」
ミアが、飛びついてきた。目が、赤い。泣いていたのだろう。
「……心配、かけたか」
「当たり前でしょ! 急に倒れるんだから!」
ミアが、涙声で怒る。リィエルが、その背後から歩み寄ってきた。
「気を失って、十分ほどよ。魔素の奔流にやられたのね。でも、あなたが庇ってくれたおかげで、私たちは無事だった」
「……そうか」
レインは、周囲を見回した。あの肉の床は消え、石畳の空間に戻っている。だが——奥には、まだ魔核があった。黒い結晶が、脈打つように光っている。以前よりも、その光は強くなっている。
「魔核が、まだある……」
「ええ。それに——」
リィエルが、険しい顔で言う。
「さっきより、大きくなってる。魔素を吸い続けてるのよ。放っておけば、この迷宮全体が——いえ、リベルタスまで危険に晒されるかもしれない」
レインは、システムの表示を確認した。
《緊急クエスト:魔核を破壊せよ》
《報酬:殺戮ポイント5,000 KP、スキル『魔素支配Lv1』》
《期限:即時》
《拒否:不可》
(拒否不可、か……)
やるしかない。レインは立ち上がった。まだ、体がふらつく。だが、動ける。
「ミア、リィエル。下がっていてくれ」
「ちょっと、また無茶する気!?」
「無茶じゃない。あれを壊さないと、全員死ぬ」
レインは、鋼鉄剣を抜いた。魔核に、近づく。近づくにつれ、魔素の圧力が強くなる。肌が、ぴりぴりと痛む。
(『剛力Lv1』発動……!)
筋力が強化される。レインは、剣を振り上げた。思い切り、魔核に叩きつける。
ガキィン!
金属音が、響く。だが、魔核には、傷一つつかない。それどころか、剣が跳ね返される。レインの腕が、しびれる。
「硬い……!」
「レイン、魔核は魔素の結晶よ! 普通の剣じゃ、傷つかない!」
リィエルが叫ぶ。レインは、歯を食いしばった。普通の剣じゃ、ダメだ。だが、どうすれば——
その時だった。システムの通知が、頭に響く。
《スキル『怪力Lv1』と『剛力Lv1』の同時発動が可能です》
《同時発動により、筋力がさらに強化されます。ただし、反動が大きくなります》
(同時発動……!)
レインは、迷った。反動が大きくなる——つまり、体に負担がかかる。だが、やるしかない。
(『剛力Lv1』、『怪力Lv1』——同時発動!)
体の内側から、爆発的な力が湧き上がる。筋肉が、軋む。血管が、浮き出る。痛みが走るが、構わない。
「おおおおおっ!」
レインは、剣を振り下ろした。鋼鉄剣が、魔核に食い込む。黒い結晶に、ひびが入る。だが、まだ足りない。
(もっとだ……!)
二撃目、三撃目。剣を振るうたびに、魔核にひびが広がっていく。だが、レインの体も、限界に近づいている。腕が、痺れる。視界が、霞む。
「レイン! 後ろ!」
ミアの声。振り返ると——魔核から、魔素の触手が伸びていた。レインは、とっさに身をかわす。触手が、石畳を砕く。
「何だ、これ……!」
《魔核が防衛機構を起動しました。推定脅威度:Bランク》
(防衛機構……!)
触手が、再び襲いかってくる。レインは、剣で受け流す。だが、触手は一本ではない。三本、四本と増えていく。
「レイン、私が援護する!」
リィエルが、弓を構えた。矢は——ない。だが、彼女は、何かを唱えている。
「——風よ、集え」
リィエルの周囲に、風が渦巻く。そして、風の矢が、魔核の触手に突き刺さる。
「魔法……!?」
「エルフの弓術は、風を操るの。矢がなくても、戦えるわ」
リィエルの風の矢が、触手を切り裂いていく。レインは、その隙に魔核に近づいた。
「ミア、火薬は!」
「もう使っちゃった! でも——」
ミアが、腰の袋から、何かを取り出す。小さな、金属の球だ。
「これ、閃光弾! 魔核の目を、くらませられるかも!」
「やれ!」
ミアが閃光弾を投げる。激しい光が、空間を満たす。魔核が、一瞬だけ動きを止める。
(今だ!)
レインは、全力で剣を振り下ろした。鋼鉄剣が、魔核の中心に突き刺さる。ひびが、全体に広がる。そして——
パキィン!
魔核が、砕け散った。黒い破片が、周囲に飛び散る。魔素の奔流が、収まっていく。触手も、消滅した。
《緊急クエスト達成:魔核を破壊しました》
《報酬:殺戮ポイント5,000 KP、スキル『魔素支配Lv1』を獲得しました》
レインは、その場に膝をついた。全身が、悲鳴を上げている。同時発動の反動だろう。筋肉が、痙攣している。
「レイン!」
ミアとリィエルが、駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「……ああ。何とか」
レインは、荒い息をつきながら、立ち上がった。システムの表示を確認する。
```
【ステータス】
名前:レイン・クロウ
レベル:5
HP:8/70
MP:18/18
STR:22
VIT:15
AGI:13
INT:12
DEX:12
LUK:6
──────────
殺戮ポイント:6,786 KP
スキル:ゴブリン語Lv2、剛力Lv1、怪力Lv1、魔素支配Lv1
```
(レベル5……! 一気に、二つ上がった)
魔核を破壊したことで、大量のKPを得たのだろう。だが、それ以上に——
《スキル『魔素支配Lv1』:周囲の魔素を感知し、微弱な操作が可能になります。Lvが上がれば、より強力な操作が可能になります》
(魔素を、操る……?)
レインは、手を開いてみた。何かが、指先に触れる感覚。空気の中に、無数の粒のようなものが見える。これが、魔素か。
「レイン、すごい……」
ミアが、呆然と呟く。リィエルも、目を見開いている。
「あなた、今……魔素を、見てる?」
「……ああ。見える、な」
リィエルは、信じられないものを見るような目で、レインを見つめた。
「魔素を、直接見ることができるのは——ごく一部の、精霊使いだけよ。人間が、それを持っているなんて」
(精霊使い……?)
レインは、首を振った。今は、そんなことより——
「出口を、探さないと。魔核を壊したから、この空間も崩れ始めてるかもしれない」
三人は、急いで出口を探した。すると、魔核があった場所の奥に、新しい階段が現れていた。上へと続いている。
「これ、外に出られるの?」
「分からない。でも、行くしかない」
三人は、階段を駆け上がった。
---
階段を上り切ると、そこは——迷宮の入り口だった。
「……戻ってきた、のか?」
外は、夜だった。いや、朝方か。空が、白み始めている。迷宮の入り口には、まだ何人かの冒険者がいた。レインたちを見て、驚いている。
「おい、あいつら……第四層から、戻ってきたのか?」
「生きてたのかよ……!」
レインは、その場に座り込んだ。疲労が、限界を超えている。ミアとリィエルも、同じように座り込んだ。
「……生きてる、な」
「ええ。生きてるわ」
リィエルが、小さく笑った。その笑顔は、どこか寂しげだった。
「ねえ、レイン。あなたたち、これからどうするの?」
「リベルタスに戻って、報告する。それから——」
レインは、少し考えて、言った。
「……強くなる。もっと、強く」
リィエルは、その言葉を聞いて、少し目を細めた。そして、言った。
「……私も、一緒に行っていい?」
「え?」
「私、探しものがあるって言ったでしょ。でも、一人じゃ限界がある。あなたたちと一緒なら——もっと、深くまで行ける気がする」
レインは、ミアを見た。ミアは、少し迷った後、頷いた。
「あたしは、いいと思う。リィエル、強いし」
「……分かった。一緒に来るか」
「ありがとう」
リィエルが、にっこりと笑う。その笑顔は、年相応の少女のようだった。
---
リベルタスに戻り、ギルドに報告した。
受付嬢は、レインたちの話を聞いて、驚いていた。魔核の存在、魔素異常、第四層の異空間——すべてを報告すると、ギルドは緊急の対策会議を開くことになった。
「報酬の金貨五枚と、追加報酬の金貨十枚。合計、金貨十五枚です」
「……十五枚」
レインは、受け取った金貨の袋を見つめた。これで、しばらくは暮らせる。装備も、整えられる。
「それと——」
受付嬢が、少し言いにくそうに言う。
「ギルドマスターが、お会いしたいそうです」
ギルドマスターの部屋は、二階にあった。
扉を開けると、中には——一人のドワーフの男がいた。がっしりとした体躯に、白い髭。鋭い目つきだが、どこか柔和な印象だ。
「よく来た。私は、このギルドのマスター、ガルド・鉄拳だ」
「レイン・クロウです」
「ミアよ」
「リィエル・ノクターンです」
三人が名乗ると、ガルドは満足そうに頷いた。
「うむ。君たちの話は、聞いた。第四層の魔核——あれは、我々も把握していなかった。君たちが破壊してくれなかったら、被害は甚大だっただろう」
「……あの魔核は、何だったんですか?」
レインが問う。ガルドは、表情を引き締めた。
「分からん。だが、最近、迷宮全体で魔素の流れが乱れている。何かが、迷宮の深部で起きているのは確かだ」
ガルドは、机の上に地図を広げた。
「君たちには、礼をしたい。金貨十五枚では、足りないくらいだ。そこで——」
ガルドは、一枚の用紙を取り出した。
「これは、Bランク冒険者への推薦状だ。君たちの実力を認めて、ギルドとして推薦する。どうだ?」
「Bランク……!」
レインは、驚いた。GランクからBランクへ——三階級の特例昇格。普通なら、あり得ない話だ。
「あの魔核を破壊した、という実績がある。文句を言う者はいないだろう。ただし——」
ガルドの目が、鋭くなる。
「Bランクになれば、危険な依頼も回ってくる。それでも、受けるか?」
レインは、迷わなかった。
「受けます」
「うむ。良い返事だ」
ガルドは、推薦状に署名した。
「これで、君たちはBランク冒険者だ。……期待しているぞ」
---
宿に戻ったのは、昼過ぎだった。
レインは、ベッドに倒れ込んだ。疲労が、一気に押し寄せる。だが、充実感もあった。強くなった。仲間が増えた。前に、進んでいる。
「ねえ、レイン」
ミアが、隣のベッドから言う。
「Bランクになったね」
「ああ」
「これで、セレスティアさんを助けるための、一歩になるかな」
レインは、天井を見つめた。
「……まだ、遠い。グランディア王国は、強大だ。だが——」
「だが?」
「一歩ずつ、進むだけだ」
ミアは、少し黙って、それから言った。
「……あたし、思うんだ。レインは、もっと素直になっていいんだよ。感謝とか、嬉しいとか。そういうの、ちゃんと言えばいいのに」
「……難しいな」
「でしょ? でも、そういうところ、嫌いじゃないよ」
ミアが、くすくす笑う。リィエルも、部屋の隅で小さく笑っていた。
(……こういうのも、悪くないな)
レインは、目を閉じた。今日は、ゆっくり休もう。明日から、また戦いが始まる。だが、一人じゃない。仲間がいる。
(セレスティア、待っていてくれ。必ず、助けに行く)
レインは、深い眠りに落ちた。夢の中でも、あの銀色の髪の少女が、笑っていた。




