5 第四層
鋼鉄剣を腰に差し、ポーションを袋に詰め、ミアが用意した保存食を受け取る。今日は、第四層に挑む。第三層までの魔物とは、比べ物にならない危険が待っている。だが、行かねばならない。
「準備できた?」
ミアが、いつもの短剣と鍵束を腰に下げて現れる。今日は、いつもより装備が重い。彼女も、第四層の危険を理解しているのだろう。
「ああ。行くか」
宿を出ると、朝の冷気が頬を刺した。リベルタスの大通りは、まだ眠っている。露店の店主たちが、重い扉を開け始めた頃合いだ。
「そういえば、聞いた?」
ミアが、歩きながら言う。
「何を?」
「昨日の夕方、ギルドに変な依頼が来たらしいの。『迷宮第四層の異常調査、報酬金貨五枚』って」
「金貨五枚……!?」
レインは足を止めた。金貨五枚は、宿に二ヶ月は泊まれる金額だ。そんな報酬がつく依頼——それだけ危険な調査だということだ。
「受けたのか?」
「ううん。情報だけ仕入れてきた。あたしたちだけで行くなら、受けない方がいいかなって。あの報酬額だと、上級冒険者が群がってる」
「……そうだな」
レインは考えた。上級冒険者が集まる依頼に、Gランクの自分たちが混ざれば、トラブルの元になる。だが、調査の内容は気になる。
「ギルドに寄って、依頼書を見せてもらおう」
「賛成」
ギルドに着くと、掲示板の前には人だかりができていた。レインは人混みをかき分け、依頼書を確認する。
《緊急依頼:迷宮第四層における魔素異常の調査》
《内容:第四層にて、通常とは異なる魔素の流れを確認。原因の特定及び、可能であれば除去》
《報酬:金貨五枚》
《推奨ランク:C以上》
《期限:三日以内》
(C以上、か……)
今の自分は、レベル3。Gランク。推奨には全く届かない。だが——システムの表示を見ると、こうあった。
《クエストを提示します》
《クエスト:迷宮第四層の魔素異常を調査せよ》
《報酬:殺戮ポイント1,000 KP、スキル『魔素感知Lv1』》
《期限:三日》
《拒否:可能》
(1,000 KP……!)
レインの目が、わずかに見開かれた。オーガ一体で500 KP。それが二体分。しかも、スキルまでついてくる。だが、推奨ランクはC以上。今の実力では、危険すぎる。
「レイン、どうする?」
ミアが、心配そうに覗き込む。レインは少し迷ったが、頷いた。
「受ける。ただし、無理はしない。危険だと判断したら、すぐに撤退する」
「……分かった。信じる」
レインは依頼書を取り、受付に持って行った。受付嬢は、レインのランクを見て、少し驚いた顔をする。
「Gランクで、この依頼を?」
「ああ。だが、無理はしない。調査だけなら、何とかなる」
受付嬢は少し迷ったが、依頼を受けてくれた。Cランク推奨の依頼をGランクが受ける——異例のことだ。だが、自由都市連合では、ランクよりも実力が重視される。受付嬢は、レインの目を見て、何かを感じ取ったのだろう。
「……お気をつけて」
「ああ」
ギルドを出て、二人は迷宮へ向かった。
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迷宮に着く頃には、太陽は高く昇っていた。
洞窟の入り口には、すでに何人かの冒険者が集まっている。いずれも、Cランク以上の装備だ。レインたちを見て、嘲笑する者もいる。
「おいおい、Gランクが何しに来た?」
「第四層は、お前らには早すぎるぜ」
レインは無視した。こういう連中は、相手にしないのが一番だ。ミアが、耳元で囁く。
「気にしないで。あたしたちは、あたしたちのやり方でやる」
「分かってる」
二人は、迷宮に入った。第一層、第二層と順調に進み、第三層を抜ける。途中、ゴブリンやリザードマンを倒し、KPを稼いだ。ゴブリン討伐数は、45に達した。
《ゴブリン討伐数:45/100》
《リザードマン討伐数:15/20》
(リザードマンは、あと5体でスキルか)
だが、第四層に近づくにつれ、空気が変わってきた。第三層の赤黒い苔が、さらに濃くなっている。壁が、脈打つように蠢いているように見える。
「……気持ち悪い」
ミアが、顔をしかめる。レインも、同じ気持ちだった。この迷宮は、何かがおかしい。
第四層への階段を見つけた。降りると、そこは——異空間だった。
天井はなく、代わりに暗い虚空が広がっている。床は、うねうねと動く肉のようだ。壁はなく、代わりに無数の目が、こちらを見つめている。
「何だ、ここは……」
「分からない……でも、まともな場所じゃない」
《警告:極めて異常な魔素濃度を感知。推定脅威度:B〜Aランク》
《推奨:即時退避》
(Aランク……!?)
レインは、背筋が凍るのを感じた。Aランクともなれば、一国の騎士団を相手にできるほどの力だ。今の自分たちでは、勝ち目はない。
「ミア、戻るぞ」
「……うん」
だが、振り返った時には、階段が消えていた。
「……嘘だろ」
レインは、周囲を見回した。階段があった場所には、何もない。ただ、肉の床が広がっているだけだ。
「どうするの……?」
ミアの声が、震えている。レインは、システムに意識を向けた。
(システム、ここから出る方法は?)
《回答:この空間は、迷宮の通常構造から逸脱しています。出口を特定するには、より深部へ進む必要があります》
(……深部へ、だと?)
つまり、前に進むしかない。レインは、ミアの手を握った。
「怖いか?」
「……少し」
「俺もだ。だが、進むしかない」
ミアは、レインの手を強く握り返した。
「……分かった。行こう」
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肉の床を進むこと、しばらく。
周囲の目が、一斉にレインたちを見つめた。無数の視線が、肌を刺す。だが、何も起きない。ただ、見られているだけだ。
「気味が悪いね……」
「ああ。だが、今は何もしてこない。……この目は、監視か?」
レインは、目を凝らして周囲を観察した。壁の目は、それぞれ違う方向を向いている。あるものはレインを、あるものはミアを、あるものは虚空を見つめている。
(観測者……まさか、関係があるのか?)
その時だった。
《警告:接近する魔物を感知》
《推定脅威度:Bランク》
前方の虚空から、何かが現れた。グール——人型の魔物だが、その肌は腐敗し、骨が露出している。目はなく、代わりに赤い光が宿っている。手には、錆びた大剣。その数、五体。
「グールだ……!」
ミアが、短剣を構える。レインも、鋼鉄剣を抜いた。
「ミア、下がれ。俺がやる」
「でも——」
「グールは、毒を持つ。お前が触れれば、危険だ」
レインは前に出た。グールたちが、一斉に襲いかかってくる。動きは、遅い。だが、その一撃は重い。レインは、一体目の大剣を鋼鉄剣で受け流す。腕に、衝撃が走る。
(強い……! だが、いける)
『剛力Lv1』を発動。筋力が強化される。レインは、グールの首を狙って剣を振るう。だが、グールの皮膚は硬い。刃が、浅くしか入らない。
「硬い……!」
「レイン、頭だ! グールは、頭を潰さないと動きが止まらない!」
ミアが叫ぶ。レインは頷き、二撃目を頭部に叩き込む。鋼鉄剣が、グールの頭蓋骨を砕く。グールが、崩れ落ちる。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:80 KP》
(80 KP……)
残る四体も、同じように倒す。だが、数が多い。レインは、一体ずつ確実に仕留めていく。ミアも、遠くからナイフを投げ、レインの援護をする。
最後の一体を倒した時には、レインは肩で息をしていた。
《グール討伐数:5/30》
《クエスト:グールを30体討伐せよ(進捗:5/30)》
《報酬:スキル『腐蝕耐性Lv1』》
(30体……先は長い)
レインは、ポーションを一本飲んだ。HPが、少し回復する。
「先へ進むぞ」
「うん」
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さらに奥へ進むと、空間が変わった。
肉の床が消え、代わりに石畳が現れる。壁の目も消え、普通の迷宮のような風景に戻った。だが、空気はさらに重い。魔素の濃度が、濃くなっている。
「……戻った、のか?」
「分からない。でも、前よりはまし」
その時だった。前方から、戦闘音が聞こえた。誰かが、戦っている。
「助けが必要かもしれない」
レインは走り出した。広い空間に出ると、そこには——一人のエルフの女性が、魔物に囲まれていた。
エルフ——長い銀髪に、尖った耳。手には、美しい弓。だが、矢はすでに尽きているようだ。腰には、空の矢筒。対する魔物は、オークが三体。すでに、彼女は深手を負っている。
「ミア、援護!」
レインは、オークに向かって走り出した。一体目の背後から、剣を突き刺す。オークが、咆哮を上げる。残る二体が、レインに襲いかかる。
「危ない!」
エルフの女性が、叫ぶ。レインは、オークの棍棒を回避し、反撃する。鋼鉄剣が、オークの腹を深く切り裂く。二体目が倒れる。
ミアが、三体目の足元に火薬袋を投げた。爆発。オークが、バランスを崩す。レインは、その隙に首を狙って剣を振るう。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:200 KP》
《オーク討伐数:3/50》
オークが、地面に倒れる。レインは、エルフの女性に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「……ええ。ありがとう。助かったわ」
エルフの女性は、立ち上がろうとして、よろめいた。レインが、とっさに支える。彼女の体は、驚くほど軽かった。
「傷が深い。ポーションを飲んでくれ」
レインは、ポーションを一本差し出した。彼女は、少し迷ったが、受け取って飲んだ。みるみるうちに、傷が塞がっていく。
「……助かった。礼を言うわ。私は、リィエル・ノクターン。あなたは?」
「レイン。こっちは、ミアだ」
「ミアよ。よろしく」
ミアが、警戒した目でリィエルを見る。無理もない。こんな深層で、単独行動しているエルフ——普通ではない。
「リィエル、どうして一人でここに?」
レインが問う。リィエルは、少し俯き、それから顔を上げた。
「……探しものがあるの。この迷宮の、もっと深くにあるものを」
「探しもの?」
「ええ。でも、今はそんなことより——」
リィエルは、レインの目をじっと見つめた。
「あなたたちも、ここに閉じ込められたの?」
「……ああ。階段が、消えていた」
「同じね。私も、第三層から第四層に降りた途端、階段が消えた。もう、半日はここにいる」
レインは、ミアを見た。ミアは、まだ警戒しているが、少しだけ頷いた。
「……協力するか。一人でここを抜けるのは、危険だ」
「そうね。それがいいと思う」
リィエルは、弓を背負い直した。
「私、弓は使えるけど、矢が尽きてる。近接戦は、苦手なの」
「なら、俺が前に出る。リィエルは、後ろから援護を。ミアは、罠と情報を頼む」
「「了解」」
三人は、協力して先へ進むことにした。
---
先へ進むこと、しばらく。
リィエルが、レインの隣を歩きながら言った。
「ねえ、レイン。あなた、強いわね。それに——」
「何だ?」
「その剣、ただの鋼鉄剣じゃないわ。何か、特別なものを感じる」
レインは、自分の剣を見下ろした。ただの武器屋で買った、中古の鋼鉄剣だ。だが、リィエルには、何かが見えるらしい。
「エルフは、魔素の流れを感じ取れるの。あなたの剣からは、他の武器とは違う流れを感じる。まるで——」
リィエルは、少し考えて、言った。
「——魂が宿っているみたい」
(魂……?)
レインは、首を振った。そんなはずはない。ただの剣だ。だが、システムのことを考えると——もしかしたら、何か関係があるのかもしれない。
「……気のせいだろ」
「そうかしら」
リィエルは、それ以上追及しなかった。
さらに進むと、空間の中心に——巨大な魔核が現れた。
人の背丈ほどもある、黒い結晶。周囲の魔素を吸い込み、脈打つように光っている。
「これが……魔素異常の原因?」
「かもしれない。だが、どうやって——」
その時だった。魔核が、激しく光った。そして、周囲の魔素が、一斉にレインたちに襲いかかる。
《警告:魔素の奔流を感知。推定脅威度:Aランク》
《推奨:即時退避》
「みんな、下がれ!」
レインは叫んだが、遅かった。魔素の奔流が、三人を飲み込む。レインは、とっさにミアとリィエルを庇う。体が、激痛に襲われる。意識が、遠のく——
《緊急クエスト:魔核を破壊せよ》
《報酬:殺戮ポイント5,000 KP、スキル『魔素支配Lv1』》
《期限:即時》
《拒否:不可》
(拒否、不可……!?)
レインの意識が、闇に落ちる——その寸前、システムの文字が、視界に焼きついた。
《観測者よりのメッセージ:よくやった。データは、十分に集まった》
(……観測者?)
レインは、意識を失った。




