4 賞金稼ぎ
全身が鉛のように重い。だが、昨日のオーガ戦に比べれば、体の傷は浅い。HPも、システムの自動回復でかなり戻っている。
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【ステータス】
名前:レイン・クロウ
レベル:2
HP:28/40
MP:12/12
STR:16
VIT:9
AGI:10
INT:10
DEX:9
LUK:5
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殺戮ポイント:735 KP
スキル:ゴブリン語Lv2、剛力Lv1、怪力Lv1
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(28まで回復したか……)
レインは体を起こし、隣のベッドを見る。ミアはもう起きていた。部屋の隅で、何かを書きつけている。レインの視線に気づくと、顔を上げた。
「あ、起きた。おはよ」
「何を書いてるんだ?」
「情報をまとめてたの。昨日、スラムの友達に聞いたやつ」
レインはベッドから降り、ミアの隣に座った。羊皮紙には、ミアの走り書きが並んでいる。文字は読みにくいが、内容は重要なものだった。
「セレスティア・グランディアについて。グランディア王国の騎士団長の娘で、去年の暮れに姿を消した。表向きは『行方不明』ってことになってるけど、裏では貴族の間で『バルド卿の屋敷に軟禁されている』って噂されてる」
(軟禁……)
レインの胸が、締め付けられた。生きている。だが、自由を奪われている。バルドの屋敷に——
「それと、もう一つ」
ミアは、別の紙を取り出した。
「あんたの懸賞金、金貨五百枚。これは、グランディア王国だけじゃなくて、セントラル王国群全域に回ってる。つまり、ここ自由都市連合にも、賞金稼ぎが集まってる可能性が高い」
「……分かってる」
「分かってるならいいけど。あたしが心配してるのは、あんたが無茶すること」
ミアは、真剣な目でレインを見た。その目には、純粋な心配があった。
「……心配かけて悪い」
「分かればいいの。で、これからどうする?」
レインは考えた。セレスティアはバルドの屋敷に軟禁されている。だが、今の実力では、グランディア王国に乗り込むなど自殺行為だ。まずは、強くなる。そして、情報を集める。バルドの屋敷の構造、警備の数、セレスティアの正確な場所——すべてを知った上で、動く。
「……まず、装備だ。今の剣じゃ、Bランク以上の魔物には通用しない」
「それと、ポーションも買った方がいいよ。昨日みたいな戦いが、またあるかもしれないし」
「ああ。それから——」
レインは、システムの表示を見た。
《ゴブリン討伐数:15/100》
《リザードマン討伐数:3/20》
《クエスト:ゴブリンを10,000体討伐せよ(進捗:15/10,000)》
(100体で、スキルか。今の進捗は15体。先は長い)
だが、やるしかない。レインは立ち上がった。
「装備を整えて、また迷宮に行く。もっと強くならなきゃいけない」
「だと思った。あたしも、準備してくる」
二人は宿を出た。リベルタスの大通りは、今日も活気に満ちている。だが——レインは、昨日とは違う視線を感じていた。
(……見られている)
人混みの中に、こちらを窺う目がある。賞金稼ぎかもしれない。レインはミアに小声で言った。
「尾行されてる」
「気づいてる。三人。後ろの露店の影と、向かいの建物の上」
さすがは盗賊だ。気配を読むのが速い。レインは平静を装いながら、武器屋へ向かった。店主のドワーフ老人は、レインの顔を覚えていた。
「兄ちゃん、また来たか。今日は何だ?」
「まともな剣が欲しい。予算は、銀貨五十枚」
「ふむ。これでどうだ?」
老人が差し出したのは、片手剣だった。刃は青みがかった銀色。柄には、精緻な細工が施されている。
「鋼鉄剣だ。切れ味は保証する。ただ、手入れを怠るなよ」
「……これをくれ」
レインは鋼鉄剣を手に取り、鞘から抜く。重さは、以前の長剣とほとんど変わらない。だが、刃の輝きが違う。これなら、オーガの皮膚も貫けるかもしれない。
「ミア、お前も何か買うか?」
「あたしは、これで十分。でも、ポーションを買い足したい」
「分かった。じゃあ、薬屋に行くか」
薬屋で、レインは回復ポーションを五本買った。銀貨二十枚。かなりの出費だが、命には代えられない。
店を出たところで、ミアが囁いた。
「まだ尾行されてる。どうする?」
「……少し、付き合うか」
レインは、わざと人通りの少ない路地に入った。袋小路——行き止まり。背後から、足音が近づいてくる。三人だ。
「観念しろ、レイン・クロウ」
振り返ると、賞金稼ぎの三人組が立っていた。いずれも、武骨な装備に身を包んでいる。真ん中の男が、にやりと笑った。
「金貨五百枚。悪くない額だ。お前の首、もらい受けるぜ」
「……グランディアの手先か?」
「違うね。俺たちは、ただの賞金稼ぎだ。誰が金を出すかは、関係ない」
男が剣を抜く。左右の二人も、それぞれ得物を構える。レインはミアを見た。
「下がってろ」
「でも——」
「大丈夫だ」
レインは鋼鉄剣を抜いた。青い刃が、薄暗い路地に光る。賞金稼ぎの三人は、レインの武器を見て、少しだけ警戒した。だが、すぐに笑みを戻す。
「所詮はGランク。レベルも知れてる」
男が斬りかかってくる。レインは、その剣を受け流した。鋼鉄剣の重みが、相手の剣を弾く。男の体勢が、わずかに崩れる。
(今だ)
レインは踏み込み、男の鳩尾に拳を入れた。『剛力Lv1』を発動する。強化された筋力が、男の体を吹き飛ばす。
「ぐはっ……!」
男が壁に叩きつけられる。残る二人が、同時に襲いかかってくる。レインは後ろに跳び、二人の攻撃を回避する。そして、システムに意識を向けた。
(システムよ……人間にも、KPは入るのか?)
《人間を殺害した場合、KPが獲得されます。ただし、著しく低い値となります。また、殺害した人間の魂は、観測者の記録に残ります》
(……そうか)
レインは剣を握り直す。殺すつもりはない。だが、倒さなければ、自分が殺される。レインは前に出た。一人目の剣を、鋼鉄剣で受け流し、柄で顔面を打つ。鼻血を流しながら、賞金稼ぎが倒れる。
二人目が、短剣を投げてきた。レインは身をひねって回避し、そのまま踏み込み、相手の腕を掴んで投げ飛ばした。地面に叩きつけられた賞金稼ぎは、動かなくなる。
「……終わりだ」
レインは剣を収めた。三人とも、殺してはいない。だが、しばらくは動けないだろう。
「すごい……」
ミアが、呆然と呟く。レインは、肩で息をしながら振り返った。
「行こう。長居は無用だ」
路地を抜け、大通りに出る。だが、その時だった。
《警告:新たな脅威を感知。推定脅威度:Bランク》
《対象:人間。賞金稼ぎ、上級》
(上級……!)
レインは足を止めた。前方の建物の屋根の上に、人影があった。黒いマントを羽織り、顔を深く隠している。だが、その体から発せられる気配は、オーガとは比べ物にならないほど鋭い。
「……あんたが、レイン・クロウか」
声は、女だった。低く、冷たい声。レインは鋼鉄剣に手をかける。
「誰だ」
「賞金稼ぎ。名は、シャドウ」
女は、屋根から飛び降りた。音もなく、地面に着地する。身のこなしが、常人離れしている。
「金貨五百枚。あんたの首に、それだけの価値がある」
「……悪いが、渡す首はない」
「だろうな。だから、来た」
シャドウが、マントの下から二本の短剣を抜く。その刃は、黒く染まっている。毒か、それとも——
「ミア、下がれ。これは、俺がやる」
「でも——」
「下がれ」
レインの声には、有無を言わせない強さがあった。ミアは悔しそうに唇を噛み、数歩下がる。
シャドウが、動いた。速い——が、レインも動く。鋼鉄剣で、シャドウの短剣を受け止める。火花が散る。シャドウの目が、わずかに見開かれた。
「……やるな。Gランクとは思えない」
「お前もな。Bランクとは思えない速さだ」
二人は、間合いを詰めて斬り結ぶ。シャドウの動きは、正確で無駄がない。レインは防戦一方になりながら、相手の癖を読む。左からの斬撃が多い。右足の踏み込みが、わずかに遅い。
(そこだ)
レインはシャドウの右足を狙い、剣を振るった。シャドウが後退する。だが、完全には避けきれない。レインの剣が、シャドウのマントを切り裂く。マントが落ち、素顔が露わになった。
「……っ」
シャドウは、若い女だった。銀色の髪を短く切り、青い瞳。左頬に、古い傷跡がある。その顔を見て、レインは息を呑んだ。
(セレスティア……?)
いや、違う。髪の色は似ているが、顔立ちが違う。だが、その瞳の色は——セレスティアと同じ、深い青。
「……何だ、その顔は」
シャドウが、低い声で言う。レインは首を振った。
「……何でもない。続けるか?」
「……いや」
シャドウは、短剣を納めた。そして、くるりと背を向ける。
「今回は、引き分けだ。だが、次はない」
「……待て」
レインが呼び止める。シャドウは足を止めた。
「あんた、名前は——」
「シャドウだ。それ以上は、ない」
そう言って、シャドウは建物の影に消えた。レインは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(セレスティアに、似ていた……)
気のせいだろうか。だが、あの瞳の色は——忘れられない。
「レイン」
ミアが駆け寄ってくる。
「大丈夫? 怪我は?」
「……ああ。大丈夫だ」
レインは、シャドウが消えた方向を見つめた。だが、もうそこには誰もいない。風だけが、路地を吹き抜けていく。
(……何者なんだ、あの女は)
胸に、わだかまりが残る。だが、今は考える時ではない。レインはミアに向き直った。
「行こう。迷宮だ」
「うん。でも、その前に——」
ミアが、レインの手を握った。
「あんた、さっき無茶したでしょ。約束して。これからは、もっと慎重に動くって」
「……分かった」
「ほんとに分かってる?」
「……分かってる」
ミアは、じっとレインの目を見つめ、それから手を離した。
「よし。じゃあ、行こう」
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迷宮に着いたのは、午後だった。
今日は、第三層の攻略が目標だ。前回はオーガに阻まれたが、今は鋼鉄剣がある。装備も整えた。ポーションも五本ある。
「第三層は、第二層よりも魔物の数が多い。でも、その分、稼ぎもいい」
ミアが、松明を掲げながら言う。レインは頷き、周囲を警戒しながら進んだ。
第一層は、順調に突破した。ゴブリンを十体倒し、討伐数を25に伸ばす。第二層では、リザードマンを八体討伐。進捗は11/20に達した。
そして、第三層への階段に差し掛かった時だった。
《警告:迷宮内に、異常な魔素の流れを感知》
《この先、通常よりも強力な魔物が出現する可能性があります》
「ミア、聞こえるか?」
「……うん。何か、変だね。空気が、重い」
第三層に降りると、空気が一変した。壁の苔は、赤黒く変色している。天井からは、水滴ではなく、何か粘ついた液体が垂れている。異様な光景だった。
「何だ、これ……」
「分からない。でも、嫌な予感がする」
二人は慎重に進んだ。しばらくすると、広い空間に出た。そこには——無数の卵があった。壁に、床に、天井に。どれも、人の頭ほどもある。半透明の卵の中で、何かが蠢いている。
「これ……魔物の卵?」
「かもしれない。だが、数が多すぎる」
その時だった。卵の一つが、割れた。中から現れたのは——蜘蛛だった。人の手のひらほどの大きさだが、その数は尋常ではない。次々と卵が割れ、蜘蛛が這い出てくる。
「レイン!」
「分かってる!」
レインは鋼鉄剣を振るい、蜘蛛を斬る。だが、数が多すぎる。一匹倒せば、三匹現れる。キリがない。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:2 KP × 12》
(2 KP……!?)
蜘蛛一体あたりのKPは、たったの2。効率が悪すぎる。だが、倒さなければ、前に進めない。
「ミア、火は!?」
「あるけど、これだけの数には——」
ミアが、火薬の入った小さな袋を取り出す。盗賊の道具だ。
「これで、卵をまとめて焼く!」
「やれ!」
ミアが火薬袋を投げ、松明で火をつける。爆発音。炎が、卵を飲み込む。蜘蛛たちが、悲鳴を上げて焼けていく。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:2 KP × 23》
(一気に、46 KPか)
だが、まだ蜘蛛は残っている。レインは剣を振るい続けた。腕が痺れ、息が上がる。それでも、止まらない。
(こんなところで、死ぬわけにはいかない……!)
蜘蛛の大群を殲滅したのは、それから一時間後のことだった。
《蜘蛛討伐数:35/50》
《クエスト:蜘蛛を50体討伐せよ(進捗:35/50)》
《報酬:スキル『糸操りLv1』》
(蜘蛛にも、クエストがあるのか……)
レインは荒い息をつきながら、周囲を見回した。卵はすべて焼き払われた。蜘蛛の死骸が、床に散らばっている。
「……終わった、か」
「みたいだね」
ミアも、疲れ切った顔で座り込んでいる。レインは、システムの表示を確認した。
```
【ステータス】
名前:レイン・クロウ
レベル:3
HP:12/50
MP:14/14
STR:18
VIT:11
AGI:11
INT:10
DEX:10
LUK:5
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殺戮ポイント:1,286 KP
スキル:ゴブリン語Lv2、剛力Lv1、怪力Lv1
```
(レベル3……HPも、50まで増えたか)
だが、疲労は限界に近い。ポーションを一本飲み、HPを回復させる。少しだけ、体が楽になった。
「戻ろう。今日は、これくらいでいい」
「賛成」
二人は、迷宮を後にする。帰り道、ミアが言った。
「ねえ、レイン。あの蜘蛛の卵、誰かが意図的に置いたのかな?」
「……どういう意味だ?」
「だって、あんなに数が多いのは、自然じゃない。誰かが、意図的に増やしてる可能性がある」
レインは考えた。確かに、不自然だ。だが、誰が、何のために——
「……分からない。だが、気をつけよう」
「そうだね」
リベルタスに戻ると、街は夕暮れに染まっていた。ギルドで依頼を報告し、報酬を受け取る。銀貨四十枚。迷宮の異常も報告したが、受付嬢は困った顔をするだけだった。
「最近、迷宮の魔物が活発化しているという報告は、他にも来ています。ですが、原因は分かっていません」
「……そうか」
レインは、何か引っかかるものを感じた。だが、今は情報が足りない。
宿に戻り、食事を取る。ミアは、今日もパンを頬張っている。
「明日は、どうする?」
「……迷宮の第四層に行ってみたい。もっと強くなりたいから」
「第四層は、危険だよ。Bランクの魔物が、普通に出る」
「分かってる。でも、行かなきゃいけない」
セレスティアを救うためには、もっと強くならなければ。Bランクの賞金稼ぎに、後れを取るようでは、話にならない。
「……分かった。あたしも、行くよ」
「無理するな」
「無理してない。仲間でしょ」
ミアは、にこりと笑った。レインは、それ以上何も言えなかった。
その夜、レインは夢を見た。
夢の中で、セレスティアが泣いていた。
「レイン……助けて……」
手を伸ばすが、届かない。セレスティアの姿が、遠ざかっていく。
「待ってくれ! セレスティア!」
叫ぶが、声は届かない。そして——セレスティアの背後に、黒い影が現れる。
「……誰だ」
影が、笑った。そして、言った。
「——観測者だ」
レインは、飛び起きた。
冷や汗が、全身を伝う。心臓が、激しく鼓動している。隣のベッドで、ミアが眠っている。
(……夢、か)
だが、ただの夢ではない気がした。観測者——システムを与えた、あの存在。その正体は、何なのか。
レインは、窓の外を見た。夜明け前の空が、わずかに白み始めている。
(……強くなる。もっと、もっと)
その決意を胸に、レインは再び目を閉じた。だが、眠りは訪れなかった。




