20 砂漠のオアシス
ポルタ・マーレを出発してから、四日が経った。
レインたちは、南東へと向かっていた。次の裂け目は、砂漠の中央にあるオアシス都市——ザハラ。かつては交易路の要衝として栄えたが、深淵の影響で、水が涸れ始めているらしい。
「砂漠か。暑そうだな……」
ミアが、日傘を差しながらうんざりした顔をする。レインは、地図を確認した。
「あと半日で、ザハラに着く。だが——」
「だが?」
「ザハラの近くに、深淵の影響で生まれた魔物が棲息してるらしい。砂漠の魔物は、独特だ。油断するな」
「分かってるわ」
セレスティアが、剣の柄に手をかける。
砂漠の道は、思ったよりも過酷だった。照りつける太陽。足元の砂は、熱を帯びて、靴越しにも伝わってくる。リィエルが、風の魔法で涼しい風を送ってくれるのが、せめてもの救いだ。
「リィエル、助かるよ」
「エルフの風魔法は、こういう時に便利なの」
リィエルが、微笑む。シャドウは、黙って歩いていたが、その顔色は、少しだけ悪かった。
「シャドウ、大丈夫か?」
「……平気。船より、まし」
「それ、褒めてるのか?」
「さあ」
シャドウが、そっけなく答える。だが、その口元が、微かに緩んでいた。
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ザハラに着いたのは、夕方だった。
オアシス都市——だが、その姿は、レインの想像とは違っていた。かつては美しかったであろう水路は干上がり、庭園は枯れ果てている。人々は、不安げな顔で、水を求めて列をなしていた。
「ひどいな……」
ミアが、息を呑む。レインは、ギルドを探した。ザハラのギルドは、小さな建物だった。中に入ると、受付の女性が、疲れた顔で迎えてくれた。
「冒険者の方ですか? 今、この街は——」
「深淵の裂け目の封鎖に来ました。ギルドマスターは?」
「ああ、それは——」
受付の女性が、奥の部屋へと案内してくれた。中には、初老の男性がいた。日に焼けた肌に、白い髭。かつては、さぞかし精悍だったのだろう。
「よく来た。私は、ザハラのギルドマスター、ザイドだ」
「レイン・クロウです。裂け目の場所を、教えてもらえますか?」
ザイドは、地図を広げた。裂け目は、オアシスの水源——地下泉の底にあるらしい。
「地下泉の底……。水中戦か」
「ああ。だが、問題がある。泉の底には、水棲の魔物が棲みついておる。深淵の影響で、凶暴化しておる」
「数は?」
「確認されているだけで、十体。だが、それ以上いるかもしれん」
レインは、考えた。水中戦は、不利だ。だが、水中適応のスキルがある。戦えないことはない。
「分かりました。明日、泉の底を調査します」
「頼む。……この街を、救ってくれ」
ザイドの目は、切実だった。レインは、頷いた。
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宿に戻り、作戦を練った。
「泉の底、か。水中戦は、初めてね」
セレスティアが、剣を弄りながら言う。
「俺とセレスティアで前衛。ミアとリィエルは、水面から援護。シャドウは、水中での遊撃だ」
「水中で、短剣が使えるかしら」
「大丈夫だ。俺の魔素支配で、水中でも動きやすいように調整する」
「分かった」
「それと——」
レインは、ルミナに意識を向けた。
「ルミナ。泉の底の裂け目について、何か分かるか?」
『はい。地下泉の裂け目は、他の裂け目よりも深いところにあります。封鎖には、より多くの次元操作の力が必要です。……ですが、レインの魂の負担を考えると、一度で封鎖するのは危険かもしれません』
「なら、どうする?」
『二段階に分けて封鎖しましょう。まず、裂け目の一部を閉じ、魔物の出現を抑えます。それから、時間を置いて、完全に封鎖するのです』
「分かった。その方法でいこう」
レインは、仲間たちにルミナの提案を伝えた。全員が、賛成した。
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翌朝。
レインたちは、オアシスの泉へと向かった。泉は、街の中心にある。かつては澄んだ水を湛えていたのだろうが、今は、黒く濁っている。
「深淵の影響が、強いな」
レインは、魔素支配で泉の水を分析した。深淵の魔素が、水に溶け込んでいる。このままでは、飲み水にもならない。
「行くぞ」
レインは、泉に飛び込んだ。セレスティアとシャドウが続く。ミアとリィエルは、水面に残って援護の体勢を取る。
水中は、驚くほど視界が利いた。魔素支配で、水の流れを操作しているからだろう。深く潜るにつれ、水圧が強くなる。だが、水中適応のスキルが、レインの体を守っていた。
(底が見えてきた……)
泉の底には、大きな裂け目があった。黒い亀裂から、深淵の魔素が噴き出している。そして——裂け目の周囲に、無数の影が蠢いていた。
《警告:水棲の魔物を感知》
《推定脅威度:Bランク》
「来るぞ!」
レインは、魔素の剣を形成した。水棲の魔物——リザードマンに似た姿だが、鱗が黒く変色している。深淵に汚染された個体だ。十体以上が、レインたちに襲いかかってくる。
「セレスティア、左! シャドウ、右!」
「分かってる!」
水中での戦いは、陸上とは勝手が違う。動きが、水の抵抗を受ける。だが、レインの魔素支配が、水の流れを操作し、仲間たちの動きを助けていた。
「——散れ!」
魔素の剣が、水を斬り裂く。汚染されたリザードマンが、一体、また一体と倒れていく。
《魔物を討伐しました。殺戮ポイントを獲得しました:300 KP × 5》
「この調子で、裂け目まで!」
レインは、裂け目に近づいた。そして、次元操作を発動する。裂け目の一部を閉じ、魔物の出現を抑える。
《深淵の裂け目の一部を封鎖しました》
《魔物の出現が、一時的に減少します》
「よし……! 一度、浮上するぞ!」
レインたちは、水面へと戻った。ミアとリィエルが、心配そうに迎えてくれる。
「大丈夫? 怪我は?」
「ああ。何とか。……だが、裂け目はまだ完全には閉じていない。時間を置いて、もう一度潜る必要がある」
「どのくらい?」
「一時間、といったところか」
レインたちは、泉のほとりで休憩を取った。ポーションで傷を癒し、体力を回復させる。
「しかし、あのリザードマン。深淵に汚染されてたな」
「ええ。あの様子だと、泉全体の生態系が、狂わされているかもしれない」
リィエルが、心配そうに言う。
「裂け目を封鎖すれば、水も浄化されるはずだ。だが——」
「だが?」
「時間がかかる。すぐに、元の泉に戻るわけじゃない」
「それでも、やるしかないわ」
セレスティアが、力強く言う。レインは、頷いた。
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一時間後。
レインたちは、再び泉に潜った。裂け目は、以前よりも小さくなっている。だが、まだ完全には閉じていない。
「今度こそ、閉じるぞ」
レインは、次元操作を最大出力で発動した。裂け目に、全力で干渉する。深淵の力が抵抗するが、レインの意志の方が強かった。
(閉じろ……!)
裂け目が、完全に閉じた。
《深淵の裂け目を封鎖しました》
《深淵の裂け目封鎖数:3/10》
《報酬:殺戮ポイント5,000 KP》
「……やった、か」
レインは、水中で小さくガッツポーズをした。セレスティアとシャドウも、笑顔で頷いている。
水面に戻ると、ミアとリィエルが、駆け寄ってきた。
「やったね!」
「ええ。……水が、変わってきてる」
リィエルが、泉の水を見つめる。黒く濁っていた水が、少しずつ澄んできている。完全ではないが、確かに、浄化が始まっていた。
「これで、この街も、少しずつ元に戻るだろう」
レインは、泉のほとりに立ち、空を見上げた。砂漠の空は、どこまでも青い。
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ザハラのギルドに報告すると、ザイドは、涙を浮かべて喜んだ。
「ありがとう……! これで、街が救われる……!」
「まだ、完全に元に戻るには時間がかかります。ですが、水は浄化され始めています」
「それでも、十分だ。……本当に、ありがとう」
ザイドは、報酬の金貨三十五枚を渡してくれた。そして、こう付け加えた。
「これは、個人的な礼だ。受け取ってくれ」
そう言って、ザイドは、古びた地図を差し出した。地図には、砂漠の奥深くに眠る、古代遺跡の場所が記されていた。
「この遺跡には、深淵に関する古い記録が眠っているらしい。もしかしたら、お前さんたちの役に立つかもしれん」
「ありがとうございます。……助かります」
レインは、地図を受け取った。古代遺跡——深淵に関する記録。それは、今後の戦いで、大きな助けになるかもしれない。
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宿に戻った夜、レインは、ザイドからもらった地図を広げていた。
「古代遺跡、か。砂漠の奥深く、か」
「行くの?」
ミアが、覗き込む。
「ああ。深淵のことを、もっと知りたい。それに——」
レインは、システムの表示を見た。
《クエスト:古代遺跡を調査せよ》
《報酬:殺戮ポイント20,000 KP、スキル『古代言語Lv1』》
《期限:なし》
《拒否:可能》
「面白そうじゃない」
セレスティアが、微笑む。
「だが、まずは裂け目の封鎖が優先だ。残り、七箇所。遺跡は、それが終わってからでもいい」
「そうね。焦らない方がいいわ」
リィエルが、頷く。
「じゃあ、明日からまた、裂け目封鎖の旅ね」
「ああ。……だが、その前に」
レインは、仲間たちを見回した。
「今日は、ゆっくり休もう。砂漠の夜は、冷える。温かい飯を食べて、体力を回復させる」
「賛成!」
ミアが、元気よく手を挙げる。セレスティアも、リィエルも、シャドウも、それぞれ頷いた。
その夜、レインたちは、ザハラの宿で、温かいスープを囲んだ。砂漠の夜は冷えるが、仲間たちとの団らんは、心を温かくしてくれる。
「しかし、砂漠の魔物って、独特だな。リザードマンが、あんなに凶暴化するとは」
「深淵の影響よ。あの裂け目が、生態系を狂わせてたのね」
リィエルが、スープを飲みながら言う。
「裂け目を封鎖して、水が浄化されれば、魔物も元に戻るかもしれない」
「そうだといいけど」
セレスティアが、少し不安そうに言う。レインは、彼女の手を握った。
「大丈夫だ。少しずつでも、前に進んでる。それが、大事なんだ」
「……そうね」
セレスティアが、微笑む。
「ねえ、レイン。この旅が終わったら——」
「また、それか?」
「ふふ。だって、楽しみなんだもの」
セレスティアが、レインの肩に寄りかかる。レインは、彼女の髪を撫でた。
(この旅が終わったら、か)
まだ、先は長い。だが、仲間と一緒なら、乗り越えられる気がした。




