19 海辺の裂け目
山の裂け目を封鎖してから、三日が経った。
レインたちは北の山脈を抜け、西へと進んでいた。次の裂け目の場所は、海沿いの港町——ポルタ・マーレ。リベルタスから西へ、およそ五日ほどの距離にある。
「海か。久しぶりだな」
レインが呟くと、ミアが目を輝かせた。
「海! あたし、海って初めて! どんな感じなの?」
「……俺も、詳しくは知らない。見たのは、子供の頃に一度だけだ」
「えー。じゃあ、あたしと一緒だね」
ミアが、楽しそうに笑う。その横で、セレスティアがくすくす笑った。
「私は、騎士団の遠征で何度か。潮風が、気持ちいいのよ」
「セレスティアさん、ずるい!」
「ふふ。後で、案内してあげるわ」
三人の会話を聞きながら、リィエルが静かに言った。
「海沿いの裂け目、か。……海の魔物は、厄介よ。水中戦は、私たちには不利だわ」
「ああ。だが、今回は裂け目の封鎖が目的だ。深追いはしない」
レインは、地図を確認した。ポルタ・マーレは、自由都市連合の中でも古い港町で、貿易の中継地として栄えている。だが、最近は深淵の影響で、海の魔物が増えているらしい。
「ギルドからの情報だと、裂け目は港の沖合にあるらしい。船を出す必要があるな」
「船か。……酔わなければいいけど」
シャドウが、ぼそりと言う。レインは、少し驚いた。
「お前、船酔いするのか?」
「……乗ったことがないから、分からないだけよ」
シャドウが、そっぽを向く。ミアが、その様子を見て、笑いをこらえていた。
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ポルタ・マーレに着いたのは、五日後の昼過ぎだった。
港町は、活気に満ちていた。色とりどりの帆船が並び、漁師たちが網を干している。市場には、海の幸が溢れている。だが——レインの魔素感知は、すぐに異変を捉えた。
「……深淵の魔素が、濃いな。港全体に、薄く広がっている」
「ええ。これじゃあ、海の魔物が増えるのも無理はないわ」
リィエルが、眉をひそめる。
「まずは、ギルドに挨拶に行こう。情報を集めたい」
ポルタ・マーレのギルドは、港の中心にある大きな建物だった。中に入ると、漁師や船乗り、冒険者たちで賑わっている。
受付で、レインはギルドマスターに会うことを求めた。しばらく待つと、恰幅のいい中年の男が現れた。
「よく来た。私は、このギルドのマスター、バルド・フィッシャーだ」
(バルド……。あの貴族と同じ名前か。まあ、よくある名前だな)
レインは、軽く頭を下げた。
「レイン・クロウです。深淵の裂け目の封鎖に来ました」
「おお、あんたが! 話は聞いてる。リベルタスで、深淵の使徒を討ったってな」
バルド・フィッシャーは、感心したように言う。
「実は、こちらも困ってたんだ。港の沖合に裂け目ができてから、海の魔物が増えてな。漁師も、船乗りも、仕事にならん」
「裂け目の場所は、分かっていますか?」
「ああ。港の北東、約二海里の地点だ。海底に、大きな裂け目がある。だが——」
バルド・フィッシャーは、声を潜めた。
「その裂け目の近くに、海竜が棲みついてな。近づく船を、片っ端から沈めてやがる」
「海竜……!?」
セレスティアが、息を呑む。海竜——海の魔物の中でも、最強格の存在だ。Aランク以上、場合によってはSランクに達することもある。
「討伐は、無理ですか?」
「無理だ。こちらの冒険者じゃ、歯が立たん。お前さんたちなら——と思ってな」
レインは、少し考えた。海竜を倒すか、それとも避けて裂け目を封鎖するか。裂け目の封鎖には、時間がかかる。その間、海竜に襲われれば、ひとたまりもない。
「……分かりました。まずは、海竜の偵察を。その上で、作戦を立てます」
「うむ。船は、こちらで用意しよう。いつでも言ってくれ」
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宿に戻り、作戦会議を開いた。
「海竜、か。厄介ね」
シャドウが、腕を組みながら言う。
「ルミナに聞いてみるか? 海竜の弱点とか」
ミアの提案に、レインは頷いた。
「ルミナ。聞こえるか?」
『はい、レイン。海竜についてですね』
ルミナの声が、頭に響く。
『海竜は、水属性の魔物です。水中では無類の強さを誇りますが、陸上では動きが鈍ります。また、雷属性の攻撃が弱点です』
「雷属性……。俺たちに、雷を使える者は——」
レインは、仲間たちを見回した。リィエルが、手を挙げる。
「私、風の魔法は使えるけど、雷は……。エルフの魔法に、雷属性はないの」
「俺も、魔素の剣は物理攻撃に近い。雷は、出せないな」
「なら、海竜を陸に誘き出すか、水中で戦うしかないわね」
セレスティアが、剣を弄りながら言う。
「陸に誘き出す、か。だが、海竜はそう簡単に陸には上がらないだろうな」
レインは、地図を見つめた。港の北東、二海里。裂け目の周辺の海底は、どうなっているのか。海竜の棲み処は、どこなのか。
「明日、偵察に行こう。船を出して、海竜の動きを確認する」
「分かった」
「賛成」
「……船酔い、大丈夫かな」
シャドウが、不安そうに呟いた。
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翌朝。
レインたちは、ギルドが用意した小型の帆船に乗り込んだ。船員は、熟練の漁師が三人。操舵を担当してくれる。
「出航!」
バルド・フィッシャーの号令と共に、船が動き出す。穏やかな波。潮風が、頬を撫でる。
「おお……! これが、海か!」
ミアが、船のへさきに立って、目を輝かせている。セレスティアも、潮風を楽しそうに浴びていた。
「気持ちいいわね」
「ああ。……シャドウは、大丈夫か?」
レインが振り返ると、シャドウは船の隅で、青い顔をしていた。
「……大丈夫。平気」
「全然、平気そうに見えないが」
「うるさいわね。……少し、休んでる」
シャドウは、その場に座り込んだ。リィエルが、心配そうに水を差し出す。
「シャドウさん、水分補給を。船酔いは、慣れるまでが大変よ」
「……ありがとう」
シャドウが、水を受け取る。その姿は、いつものクールな賞金稼ぎとは、ほど遠かった。
「かわいいわね、シャドウさん」
セレスティアが、くすくす笑う。シャドウは、睨みつけるが、顔色が悪いので迫力がない。
「……笑わないで」
「ごめんなさい。でも、ちょっとだけ」
和やかな雰囲気の中、船は進む。やがて、船員が声を上げた。
「あれだ! 裂け目が見える!」
レインは、船のへさきに立った。海面の下に、黒い影が見える。深淵の裂け目だ。周囲の海水が、黒く変色している。
「あれが、裂け目……。大きさは、山の裂け目と同じくらいか」
「レイン、海竜は?」
「まだ、姿は見えない。だが——」
レインの次元感知が、海底の奥に、強大な気配を捉えた。
「いる。裂け目の、すぐ近くに。……かなり、大きいぞ」
その時だった。海面が、激しく波立った。船が、大きく揺れる。
「来るぞ!」
海面が、割れた。巨大な影が、空中に飛び出す。海竜——体長は十五メートルを超える。青い鱗に、鋭い爪。頭部には、一本の角。その目は、獲物を狙う狩人のそれだった。
《警告:海竜を感知》
《推定脅威度:Aランク上位》
「でかい……!」
ミアが、息を呑む。海竜が、咆哮する。潮風が、爆風のように吹き荒れる。船が、再び大きく揺れた。
「船員さん! 船を、港に戻してくれ!」
レインが叫ぶ。だが、船員は首を振る。
「無理だ! 海竜が、船を狙ってる! このままじゃ、沈められる!」
海竜が、船に向かって突進してくる。レインは、魔素の剣を形成し、海竜の前に立ちはだかった。
「みんな、戦闘準備! 海竜を、陸まで誘き出す!」
「無茶よ! 海の上じゃ、私たちの足場がない!」
セレスティアが叫ぶ。レインは、次元操作を発動した。
「俺が、足場を作る! お前たちは、攻撃に専念してくれ!」
レインは、空間を歪め、海上に一時的な足場を作り出した。魔素で固めた、半透明の板だ。セレスティアとシャドウが、その上に飛び乗る。ミアとリィエルは、船の上から援護する。
「行くぞ!」
レインは、海竜に斬りかかった。魔素の剣が、海竜の鱗を斬る。だが、鱗は硬い。刃が、浅くしか入らない。
「硬い……! さすがは、Aランク上位……!」
海竜が、尾を振るう。レインは、次元操作で回避し、反撃する。セレスティアも、海竜の脚を斬りつける。シャドウが、短剣を投げ、海竜の目を狙う。
「……効かないわ! 鱗が、邪魔してる!」
「なら——」
レインは、深淵操作を発動した。海竜の体に、深淵の力を流し込む。海竜が、一瞬だけ動きを止める。
「今だ!」
セレスティアが、海竜の首を斬りつける。ミアの光の弾と、リィエルの風の刃が、海竜の傷口に叩き込まれる。海竜が、悲鳴を上げる。
「よし、効いてる!」
だが、海竜はまだ倒れない。逆に、怒り狂って、暴れ始めた。船が、今にも沈みそうだ。
「まずい……! 船が……!」
レインは、歯を食いしばった。このままでは、船員たちが危ない。海竜を、陸まで誘き出すしかない。
「みんな、聞け! 俺が、海竜を陸まで誘き出す! お前たちは、船を守ってくれ!」
「レイン、一人で!?」
「ああ! 俺なら、次元操作で逃げられる!」
レインは、海竜の前に飛び出した。そして、挑発するように、剣を振るう。
「こっちだ、海竜! 俺を追ってこい!」
海竜が、レインを狙う。レインは、次元操作で海上を跳びながら、港へと向かう。海竜が、その後を追う。
「レイン! 無茶しないで!」
セレスティアの叫びが、背後から聞こえる。レインは、振り返らずに走った。
(港まで、あと少し……!)
港が見えてきた。レインは、最後の力を振り絞り、海竜を陸へと誘き出す。海竜が、港の浅瀬に乗り上げる。動きが、鈍る。
「今だ……!」
レインは、深淵操作と魔素支配を同時に発動した。深淵の力で海竜の動きを封じ、魔素の剣で、海竜の急所——目の奥を、突き刺す。
「ギャアアアア!?」
海竜が、悲鳴を上げる。体が、大きく痙攣する。そして——動かなくなった。
《海竜を討伐しました》
《報酬:殺戮ポイント30,000 KP、スキル『水中適応Lv2』》
「……倒した、のか」
レインは、その場に膝をついた。体が、重い。深淵操作の反動だろう。
「レイン!」
セレスティアたちが、駆け寄ってくる。船も、無事に港に着いたようだ。
「バカ……! 本当に、バカ……!」
セレスティアが、レインを抱きしめる。レインは、彼女の背中に手を回した。
「……心配かけたな」
「当たり前でしょ……! もう、しないで……!」
「ああ。……でも、これで、裂け目を封鎖できる」
レインは、立ち上がった。港の沖合に、まだ裂け目がある。海竜を倒した今なら、封鎖できるはずだ。
「みんな、もう一度、船を出そう。裂け目を、封鎖する」
「……分かった。でも、無理はしないでね」
ミアが、心配そうに言う。レインは、頷いた。
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再び、船を出した。今度は、海竜の邪魔がない。裂け目の真上まで来ると、レインは次元操作を発動した。
「閉じろ……!」
裂け目が、ゆっくりと閉じていく。深淵の力が抵抗するが、レインの次元操作が、それを押し返す。
《深淵の裂け目を封鎖しました》
《深淵の裂け目封鎖数:2/10》
《報酬:殺戮ポイント5,000 KP》
「よし……! 二箇所目!」
「やったね!」
ミアが、飛び上がって喜ぶ。セレスティアも、リィエルも、シャドウも、それぞれ安堵の表情を浮かべていた。
「これで、この港も安心ね」
「ああ。……船員さんたちも、喜んでくれるだろう」
港に戻ると、バルド・フィッシャーが待っていた。
「海竜を、倒したのか……!?」
「はい。裂け目も、封鎖しました」
「おお……! ありがとう! これで、漁ができる!」
バルド・フィッシャーは、感激して、レインの手を握った。そして、報酬の金貨を渡してくれた。金貨四十枚。Aランク依頼としては、破格の報酬だ。
「宿代と、食事代はこちらで持つ。ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
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その夜、レインたちは、港の宿でゆっくりと休んだ。
「海竜、強かったね」
ミアが、ベッドの上でごろごろしながら言う。
「ああ。だが、倒せた。みんなのおかげだ」
「レインの、深淵操作のおかげよ。あれがなければ、勝てなかったわ」
セレスティアが、レインの隣に座る。
「……深淵操作は、便利だが、危険だ。使いすぎると、魂が深淵に引かれる」
「分かってる。だから、必要な時だけ使う」
レインは、システムの表示を見た。
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【ステータス】
名前:レイン・クロウ
レベル:14
HP:180/180
MP:56/56
STR:44
VIT:48
AGI:66
INT:68
DEX:50
LUK:12
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殺戮ポイント:182,586 KP
スキル:ゴブリン語Lv3、剛力Lv3、怪力Lv3、魔素支配Lv2、集団指揮Lv1、飛行Lv2、鱗鎧Lv1、水中適応Lv2、権威Lv1、次元感知Lv2、次元操作Lv2、魔族言語Lv2、炎耐性Lv2、魔力操作Lv1、深淵耐性Lv3、深淵操作Lv1、次元耐性Lv1
```
(レベル14。KPも、かなり貯まった。だが——)
レインは、窓の外を見た。港の灯りが、海面に揺れている。美しい光景だ。だが、その奥には、まだ深淵の闇が潜んでいる。
(残り、八箇所。まだまだ、先は長い)
「ねえ、レイン」
セレスティアが、静かに言う。
「この旅が終わったら、どうする?」
「……さっきも、同じこと聞いたな」
「ええ。でも、真剣に考えてるの」
セレスティアの目は、真剣だった。レインは、少し考えて、答えた。
「……まずは、セレスティアとの約束を果たす。それから——」
「それから?」
「深淵が消えない限り、戦いは続く。だが、俺は——」
レインは、仲間たちを見回した。
「お前たちと一緒に、生きていたい。それが、俺の望みだ」
セレスティアが、微笑む。ミアも、リィエルも、シャドウも、それぞれの形で、レインの言葉に応えてくれた。
「……じゃあ、まずは、この旅を終わらせないとね」
「ああ。そのために——」
レインは、拳を握った。
「明日も、戦う。深淵を、封じるために」




