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流亡剣士  作者: 宇宙無敵ダークドラゴン大王


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16/21

16 主の玉座

試練の間を抜けた先は、静寂に包まれていた。


通路は緩やかに下り、壁の青白い苔が、淡い光を放っている。だが、その光は以前よりも弱く、まるで闇に飲み込まれまいと抗っているかのようだった。


「……静かだな」


レインが呟く。ミアが、周囲を見回しながら頷いた。


「魔物の気配が、ない。試練の間とは、えらい違いだね」


「ああ。だが、油断するな。むしろ、この静けさが不気味だ」


セレスティアが、剣を握り直す。リィエルとシャドウも、それぞれ警戒を強めていた。


通路の終わりに、また扉があった。今度は、石ではなく、黒い金属でできている。表面には、深淵の眼の紋章が、脈打つように浮かんでいた。


「この先が、主の玉座……」


レインは、次元の指輪をはめた手で、扉に触れた。指輪が、微かに熱を帯びる。扉が、ゆっくりと開いた。


中は、広大な空間だった。天井は見えず、床は黒い鏡のように滑らかで、レインたちの姿を映している。そして、空間の中心に——玉座があった。


黒い石でできた、巨大な玉座。その上に、何かが座っている。人の形をしているが、輪郭がぼやけている。影そのものが、実体を持っているかのようだった。


《警告:深淵の使徒の主を感知》

《推定脅威度:測定不能》


(測定不能……!)


レインは、息を呑んだ。ガーディアンでさえSランクだった。その上を行く存在。だが、恐怖はなかった。


「……来たか、観測者の器よ」


声が、空間に響く。低く、だが、どこか優しげな声。影が、ゆっくりと立ち上がる。その姿は、人の形をしているが、顔はない。ただ、無数の目が、体の表面に浮かんでいる。


「私は、深淵の使徒の主。名は、深淵の王。……もっとも、名など、お前たちには関係ないだろう」


「俺を、待っていたのか?」


「ああ。ずっと、待っていた。観測者が、どんな器を選ぶのか。どんな魂を持つのか。興味があった」


深淵の王が、一歩、前に進む。そのだけで、空間全体が、圧迫されるような感覚に襲われる。


「器よ。お前の力、その魂——全てを、私に譲れ。そうすれば、お前の仲間たちは、無事に帰してやる」


「断る」


レインは、即答した。深淵の王が、少し首をかしげる。


「なぜだ? お前は、観測者のために戦っているのではない。観測者に、利用されているだけだ。私に従えば、自由になれる」


「自由、か。……お前の言う自由は、他人を犠牲にする自由だ。俺が欲しいのは、そんなものじゃない」


「ほう?」


「俺は、仲間と一緒に生きたい。セレスティアと、ミアと、リィエルと、シャドウと。そして——観測者とも」


深淵の王が、笑った。無数の目が、一斉に細くなる。


「……面白い。観測者を、仲間と呼ぶか。だが、その観測者は、お前を器としか見ていない。利用しているだけだ」


「違う」


レインは、首を振った。


「観測者は、俺を心配してくれた。俺が壊れるのを、望んでいないと言ってくれた。……お前には、分からないだろうな。誰かを、心配する気持ちが」


深淵の王の笑みが、消えた。無数の目が、冷たく光る。


「……後悔するぞ、器よ」


「後悔は、しない。俺は、自分で選んだ道を歩む」


「ならば——」


深淵の王が、腕を振るう。その瞬間、空間が、激しく歪んだ。試練の間の比ではない。次元そのものが、崩壊しようとしている。


「——『深淵の終焉』」


レインは、次元操作で空間を固定しようとする。だが、指輪の力でも、太刀打ちできない。空間が、軋み、ひび割れていく。


「レイン!」


セレスティアが、叫ぶ。レインは、歯を食いしばった。


「みんな、下がれ! 俺が、何とかする!」


「無茶よ! 一人じゃ——」


「一人じゃない。お前たちがいる。だが——」


レインは、仲間たちを見た。


「ここは、俺に任せてくれ。お前たちは、俺が合図したら、一斉に攻撃してくれ」


「……分かった」


セレスティアが、頷く。ミアも、リィエルも、シャドウも、それぞれの武器を構えた。


レインは、深淵の王に向き直った。そして、システムの表示を見た。


《観測者よりのメッセージ:レイン。私の力を、すべてあなたに託します》

《観測者の加護、最終段階——『観測者の器・覚醒』》

《全ステータス、100%上昇。次元操作の精度が、限界まで向上します。ただし——》

《この力の使用後、あなたの魂に大きな負担がかかります。最悪の場合、魂が砕ける可能性があります》


(魂が、砕ける……)


レインは、少しだけ迷った。だが、すぐに決断した。


(構うか。ここで負けたら、みんな死ぬ。それなら——)


(俺が、死ぬ方がマシだ)


《観測者の器・覚醒——発動》


レインの体に、凄まじい力が流れ込む。全身の細胞が、悲鳴を上げる。魂が、軋む。だが、力が漲る。魔素の剣が、金色に輝く。次元操作の精度が、桁違いに上がる。


「……なんだ、その力は……!?」


深淵の王が、初めて動揺した声を上げる。レインは、剣を構えた。


「これが、俺の——そして、観測者の力だ」


「馬鹿な……! 観測者が、そこまで力を貸すとは……! 器を、犠牲にする気か……!?」


「違う。観測者は、俺を信じてくれている。だから——」


レインは、踏み込んだ。次元操作で空間を固定し、深淵の王の動きを封じる。そして、金色の魔素の剣を、深淵の王の中心——最も大きな目に、突き刺した。


「俺も、それに応える!」


「ぐあああああ!?」


深淵の王が、悲鳴を上げる。体の表面の目が、一斉に閉じていく。だが——


「……まだだ。まだ、終わらんぞ、器よ」


深淵の王が、最後の力を振り絞る。空間全体が、さらに激しく歪む。次元が、崩壊しようとしている。


「みんな、今だ!」


レインが叫ぶ。セレスティア、ミア、リィエル、シャドウが、一斉に攻撃を放つ。セレスティアの剣、ミアの魔法具、リィエルの風の魔法、シャドウの短剣。四つの攻撃が、深淵の王に叩き込まれる。


「……ぬぬぬ……!」


深淵の王の体が、ぼろぼろと崩れ始める。無数の目が、一つ、また一つと消えていく。


「……見事だ、器よ。そして、観測者よ。お前たちの絆が、私を越えた……。だが——」


深淵の王が、最後の言葉を紡ぐ。


「我は、最後ではない。深淵は、常に存在する。お前たちが、光ある限り——闇もまた、存在するのだ」


深淵の王が、消滅した。


《深淵の使徒の主を討伐しました》

《報酬:殺戮ポイント50,000 KP、スキル『深淵耐性Lv2』、スキル『観測者との対話権』》


空間の歪みが、収まっていく。次元が、安定を取り戻す。レインは、その場に倒れ込んだ。体が、動かない。魂が、軋んでいる。


「レイン!」


セレスティアが、駆け寄ってくる。レインは、何とか顔を上げた。


「……ああ。何とか、勝った」


「バカ……! 本当に、バカ……!」


セレスティアが、涙を流しながら、レインを抱きしめる。ミアも、リィエルも、シャドウも、それぞれ涙を浮かべていた。


「……みんな、ありがとう。お前たちがいてくれたから、勝てた」


「当たり前でしょ……! 仲間なんだから……!」


ミアが、泣きながら笑う。レインは、そんな仲間たちを見て、少しだけ笑った。


(観測者。俺は、勝ったよ)


システムの表示が、微かに光る。


《観測者よりのメッセージ:……おめでとうございます、レイン。そして、ありがとう》


(どういたしまして、観測者)


レインは、目を閉じた。魂の軋みが、まだ残っている。だが、生きている。仲間も、全員無事だ。


(帰ろう。みんなで)


---


深淵層を抜け、リベルタスに戻ったのは、三日後のことだった。


レインは、宿のベッドで目を覚ました。体の痛みは、ほぼ消えている。魂の軋みも、少しずつ回復しているようだ。


「あ、起きた」


ミアが、部屋の入り口に立っていた。手には、粥の入った器を持っている。


「……何日、寝てた?」


「三日間。ずっと、眠ってたのよ。心配したんだから」


「悪い。……みんなは?」


「全員無事。セレスティアさんは、ギルドに報告に行ってる。リィエルは、お祖父様に報告。シャドウは……どっか行った」


「そっか」


レインは、粥を受け取り、口に運んだ。温かい。体に、染み渡る。


「なあ、ミア」


「何?」


「俺、強くなれたかな」


ミアは、少し考えて、笑った。


「うん。強くなったよ。あたしなんか、足元にも及ばないくらい」


「……そうか」


「でもね、レイン」


ミアが、レインの顔を覗き込む。


「あんた、強くなりすぎて、無茶ばっかりしてる。もっと、頼ってよ。あたしたちに」


「……分かってる。だが——」


「だが?」


レインは、少し照れながら言った。


「お前たちを、危険な目に合わせたくないんだ」


ミアは、しばらくレインを見つめていた。そして、小さく笑った。


「……そういうところだよ。あんたの、いいところであり、悪いところ」


「何だ、それ」


「そのまんまの意味」


ミアが、立ち上がる。


「セレスティアさんたちが戻ったら、みんなでご飯にしよう。あたし、腕によりをかけて作るから」


「……期待してる」


ミアが、部屋を出ていく。レインは、粥を食べ終え、ベッドから降りた。体は、まだ少し重い。だが、動ける。


(さて、これからどうするか)


深淵の王は倒した。だが、彼は「最後ではない」と言った。深淵は、常に存在する。闇がある限り、戦いは続く。


(だが、今は——)


レインは、窓の外を見た。リベルタスの街並みが、夕日に染まっている。


(今は、少し休もう。仲間と一緒に)


---


その夜、宿の食堂で、ささやかな宴が開かれた。


セレスティアが、ミアの作った料理を食べて、目を丸くする。


「ミアさん、これ、すごく美味しい!」


「でしょ? あたし、料理には自信あるんだ」


「本当に、何でもできるのね……」


リィエルが、感心したように言う。シャドウも、黙々と食べているが、その表情はどこか満足げだ。


レインは、そんな仲間たちを見回して、思った。


(俺は、幸せだな)


強くなった。仲間がいる。守るべきものが、ある。これ以上、何を望むことがあるだろう。


「レイン、どうしたの? ぼーっとして」


セレスティアが、心配そうに覗き込む。


「……何でもない。ただ、嬉しいなと思って」


「ふふ。そう」


セレスティアが、微笑む。その笑顔が、レインの心に、灯りをともす。


(観測者。お前も、一緒に食べられたらいいのにな)


システムの表示が、微かに光る。


《観測者よりのメッセージ:……その気持ちだけで、十分です》


レインは、小さく笑った。そして、仲間たちとの宴を、楽しんだ。


——流亡の剣士は、今日も歩き続ける。仲間と共に、明日へと。

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