第8話 大事な人
「あなたもお団子好きなの?」
「僕ですか? う~ん……」
食べ慣れているはずのスティルクでも団子の咀嚼には手間取るらしく、ひっきりなしに頬が動き続けている。
噛みながら考えているようで、その視線が空を仰いだ。
「考えたことなかったなぁ……」
「好きかどうかを?」
「はい。……あ」
ごくんと喉が上下し、煌めく黒瞳がセリヴァルをにこやかに見下ろす。
「じゃあ、今好きになりました」
「じゃあ、って何よ……」
「いいじゃないですか。お団子ってセラさんのほっぺたみたいですし」
全くもって意味が分からなかった。
何やら楽しそうにふにふにと頬をつまんでくるが、齧られやしないだろうかと不安になる。この距離感のおかしさを思うと、あながち有り得ないことでもないような気がしてくるのだ。
かまわず次の団子を口に入れると、咀嚼中の頬をさらに楽しそうにつつかれた。
(……ちょっと邪魔だわ)
ついじとっと半眼で見返すと、けらけらと声を立てて笑う。
悪戯を好むのはセリヴァルも同じだったが、自分がやられるとなると、理不尽にも若干うっとうしい。
払う代わりにつつく手を握ってやると、一瞬目を丸くしたスティルクは、すぐに眦を下げて握り返してきた。
手を繋いでいれば、団子を食べている間ぐらいはおとなしくしていてくれるだろう。
「……ん?」
ふと、視線を感じた。
その方向へ目を向けてみれば、眉間に皺を寄せた一人の若い女性がずんずんとこちらへ歩み寄ってくる。
距離が近づくにつれて、彼女の双眸がわずかに涙ぐんでいるのが分かり、さらにその視線がスティルクへ据えられていることで、セリヴァルは瞬時に悟ってしまった。
(例の催淫香の子かしら? あ。でも、他にも何人かいるって言っていたわね)
スティルクが買い出し以外にも度々出かけていたのは、どうやらこの街だったらしい。どこかの逢引屋でも利用して逢瀬していたのだろうか。
面倒事は御免なのでさりげなく手を離そうとしたのだが、スティルクの方ががっちりと掴んだままだった。
自分へ向かってくる女性の存在に気づいていないはずもないのに、彼は二つ目の団子を頬張る。
「スティルク!」
いよいよ目前まで来てしまった女性が、拳を握りしめて声を上げた。それを特に驚くでも焦るでもなく、スティルクは見下ろす。
「こ、こちらの女性は……どなたなの?」
潤んだ目が繋がれた手を一瞥する。
そこに浮かぶのは嫉妬の一色だ。スティルクは求められるがままに応じているだけだと言っていたが、まさかあちらの方は、自身が彼と恋仲であると思い違いをしているのではあるまいか。
彼女にとってのこの現状が、恋人の浮気現場との遭遇なのだとしたら、セリヴァルにとっても非常に億劫だった。修羅場は他人事として楽しむのが吉なのだ。
(片方が割り切ってくれていないときって、結構厄介なのよねぇ……)
スティルクとは違う方向で貞操観念が皆無のセリヴァルは、経験則としてそれを知っていた。
そういうとき、旅の魔導士であるセリヴァルは逃げることが容易だったが、一体彼はどうするつもりなのか。
隣で無言のままのスティルクを見上げる。
「…………」
「ス、スティルク?」
まさかの咀嚼中だった。
もぐもぐとひたすらに頬を動かしながら、呼びかけるセリヴァルにきょとんとした視線を向けてくる。どうかしたのかと言わんばかりの表情だ。
(さっきまで食べながら話してたじゃないの!)
そして握りしめた手も放してはくれない。
真正面に立つ悲しみと憤怒の形相の女性は、じれったそうに彼を睨み上げている。
ようやく嚥下したスティルクは、貼り付けたような笑みで彼女を見下ろした。
「……君か。僕、今忙しいんだけど、何か用?」
穏やかな口調ではあるものの、その声音にはどこか突き放すような冷たさがあった。
それに怯んだのか、女性は掠れた声を絞り出す。
「だ、だから、あの……こちらの方は……」
(なぜ私まで睨まれなければならないのかしら)
誤解されていることは確かなのだが、問われているのが自分ではないため、セリヴァルは黙っていることにした。
(特に弁明してあげる理由もないしね……)
そう思ったのと同時に、握られたままだった手が放された。
そして次の瞬間、
「えっ?」
ぐいっと腰を引き寄せられ、頬に口づけられたのだ。
すぐに唇は離され、続いて背後からぎゅうっと抱きすくめられる。頬がすり寄せられるおまけ付きだ。
「大事な人、だよ」
「──っ!」
告げられた言葉は、スティルクに恋情を抱く女性にとって、容赦のないものだったことだろう。
ひどく傷付き、呆然と見開いた両の目から大粒の雫が一つ、また一つと零れ落ちていく。小刻みに震える唇が薄く開き、何かを言いかけては閉じる。
やがてうつむいた彼女は、何を言うでもなくその唇を噛みしめ、数歩後ずさってから走り去っていった。
「セラさんは虫よけになって助かるなぁ」
「虫って、あなた……」
ひどい言い草だ。
そしてやはり身体を放してはくれず、スティルクはそのまま最後の団子を口へと運ぶ。
「まったく……。今の子は素直に去ってくれたけど、でまかせで追い払うのはやめておきなさいな。私、あなたに合わせて嘘はつけないわよ?」
「え? 嘘ではないですよ? セラさんは村の大事なお客さんですから」
爽やかに、そして得意げな笑みだ。
嘘は使わず、しかしわざと誤解させるような言葉を使う手法は、セリヴァルにも身に覚えがあった。真実をごまかしたいときにもよく利用する。
だが、これだけの行動を見せられて、正しい意味で取る人間はほぼいないだろう。
(私よりタチが悪いんじゃないかしら)
団子が詰まっている頬をつまみ、じとりと睨む。
「スティルク。嫌ならきちんと断りなさいな」
「嫌なら……ですか」
「受け入れるのと拒むのと、どちらが面倒なのかはさておき……選ぶのは、あなた次第だけれどね」
予期せぬ言葉を受けた表情で、スティルクは考え込むように何度も呟く。
「嫌……。嫌、かぁ……。うーん……、嫌……?」
団子が好きなのかと問われたときと同じ様子だ。面倒くさいと思う感情はあるのに、何が嫌なのかについては希薄らしい。
対人関係の処世術として構築されたものが日頃の笑みだとするのなら、彼が最も強く封じたのが負の感情だったのかもしれない。
抱きすくめる腕に力が込められるのを感じながら、セリヴァルは最後の団子を口にした。




