第7話 買い出しとお団子
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朝の冷たい風が山間を吹き抜ける頃合い、セリヴァルとスティルクはのんびりと山道を歩いていた。荷車が軋む音と、遠くに囀る鳥の声が空に響き渡る。
セリヴァルは気ままに草花を眺めながら歩き、スティルクがその背中を追うように荷車を引いている。
彼が定期的に任されている買い出しである。
「街に出るのは久しぶりな気がするわね」
何の気なしに呟けば、明るく嬉しそうな声が続く。
「そうなんだ? 誘って良かったです。セラさんって、常に旅してるんですか?」
「うーん……。旅というか、私としてはお出かけ程度のつもりなのだけどね。なんとなく気が向いたところに出かけて、気が済んだらシルバルク山脈に帰る感じよ」
「シルバルク山脈?」
立ち止まって振り向くと、スティルクが不思議そうにしていた。
「ここからずうっと西にある霊山よ」
遠くの空を指差す。
西方の地は彼にとって未知の世界であるらしく、指された遥か先の空を見つめて「西……」と呟いた。
「ところで、どうして私を誘ったの?」
再び歩き出すと、軋む車輪の音が後に続いた。
弾んだ声がそれに乗る。
「だってセラさん、いつまで村にいてくれるか分からないじゃないですか。今のうちに、たくさんお話ししておきたいなって」
「そう思ってくれるなら、嬉しいわね」
笑みを向けると、スティルクもそれを返した。緩んだ頬にわずかな赤らみが見え、胸がくすぐられる。
ソラリスフィオレの栞を贈った夜から数日。彼は相変わらずの微笑を常に浮かべているが、そこに時折無邪気さが交じるようになった。
事あるごとにかまいにくるので、彼と接する時間も随分増えてきた。
(話しかけてくるたびに、なんとなく距離が縮まってきている気がするのだけど……懐かれると可愛くなっちゃうのよねぇ……)
不快ではないので、深くは気にしないことにした。
やがて山道を抜け、小さな街が見えてくる。木造の建物が並び、店先に並ぶ商品を物色する人々が行き交う、実に活気ある通りだ。
「どこから回るの?」
セリヴァルが問うと、スティルクは一枚の紙片を取り出し、ざっと目を通した。
「まずは調味料屋ですね。そのあと、乾物屋と糸屋へ」
「糸?」
「はい。リンガさんの家のやつですね」
リンガとは、ソルガンに次ぐ技術を持った中年の女性職人だ。
(確か……娘と一緒に生地から魔術礼装を創っている人だったかしらね)
衣類の装備品を製作するのに長けた人物だったはずである。争いを好まないエルディンガル一族が武具の魔導具を創ることは稀だが、リンガは魔導具だけでなく防御力に優れた礼装を生み出すことを得意としていた。
スティルクが親しげに話しているのも何度か見かけたことがある。
「質のいい糸屋がこの街にあるんですよ。幻想種の蜘蛛の糸とか、霊獣の体液を加工して撚り合わせた糸とか、珍しいものも揃ってるんです」
「そんな扱いの難しい糸、他に誰が使えるのよ……」
「魔導書の綴じ紐にも使われるらしいですよ」
一般人に扱える代物ではないのだが、リンガ以外にもどこか得意先があるのだろう。
スティルクが言うには、通常のもの以外の、魔導に関わる糸は店頭には並んでいないとのことだ。
それはそうだろうなと納得しながら、荷車を引く彼の後についていく。
調味料と乾物は直接スティルクに頼んだ家の分と、村の納屋に置いておく予備らしい。買い出し前に足りなくなった家は、納屋を管理しているソルガンに頼み、そこから出してもらうことになっているのだとスティルクが説明した。
必要なものを買い揃えていくと、荷車には山のような品物が積まれていった。スティルクはそれを苦にする様子もなく、軽々と引いていく。
「ねえ。一人でこんなに買い込んで村に持ち帰るの、大変なんじゃないの?」
村までの道中は坂ばかりの山道だ。さすがに心配になって問いかけると、スティルクはいつもの笑みで振り返った。
「いえ。多少重いですけど、無理な量ではないですし。それに……」
そこで一瞬言葉が切られ、その笑みに嬉々とした色が宿る。
「今日はセラさんと一緒ですから、楽しいです」
こうも満面の笑顔を向けられると悪い気はしない。
それどころか、こちらの方が面映ゆい気持ちになるではないかと、セリヴァルは口元をもごもごさせた。
「あ。セラさん、ちょっと待っていてもらえますか?」
荷車を通りの端に寄せ、スティルクは懐から財布を取り出した。
「荷車を見ていてください。すぐ戻ります」
「かまわないけど、何か気になるものでも?」
「はい、ちょっとだけ……」
彼が早足で向かった先は、湯気を立たせた露店だった。その方向から、何やら甘く香ばしい香りが漂ってくる。
(小腹でも空いたのかしら?)
ソルガンの家でも似た香りを嗅いだことがある。醤油というものではなかったかと思い出していると、スティルクが何かの串焼きを二本買っているのが見えた。
焼き色の付いた、白く丸いものが三つ刺さっている。
「セラさん、お待たせしました」
小走りで戻ってきたスティルクが、串の一本を差し出す。赤褐色のソースのようなものが塗られたそれは、セリヴァルが初めて見るものだった。
スンスンと鼻を鳴らすと、くゆる湯気に混じる香りが鼻孔をくすぐる。
「ソルガンさんから、セラさんは甘味が好きだと聞いたので」
「なぁに? これ」
セリヴァルは目を丸くして、見慣れない食べ物をじっと見つめた。それにスティルクがくすりと微笑む。
「お団子、知らないんですか? 西方にはないのかな……。こっちは東方の国の方が近いから馴染み深いんですけど」
「お団子……」
「どうぞ、食べてみてください。喉に詰まらせないように気を付けて」
そのまま口元に差し出され、ためらいながらも口を開く。長い髪を耳にかき上げ、一口大の団子を口に含んで視線を上げると、スティルクはなぜかわくわくしたように瞳を輝かせていた。
ゆっくりと串が引き抜かれ、舌の上にもちっとした柔らかさが転がる。
(だ、弾力がすごいわ……! 噛みにくい……)
慣れない食感に、しばらくもぎゅもぎゅと咀嚼を繰り返す。
そのたびにほのかな甘みと、ほど良い塩味が口内に広がり、セリヴァルの目尻が緩んでいく。
その膨らんだ頬を動かす様子を楽しむように、スティルクの笑みも深くなった。
「美味しいですか?」
こくこくと頷き、ようやく嚥下したセリヴァルはぱぁっと目を輝かせた。
「美味しいわね、これ! 食感も不思議だわ。噛みにくいけど、楽しいわね」
「気に入ってもらえて良かったです」
改めて差し出された串を受け取ると、スティルクも満足げに自分の分の団子を食べ始めた。
永く生きる者として、知らない味に出会えることは新鮮で喜ばしい。
だがそれ以上に、無感情に近い彼が自分を喜ばせようとしてくれたことが、セリヴァルは嬉しかった。




