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願う未来は永久にともに  作者: めこまる
第一章 光の贈り物編
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第6話 父の願い

 ◇◇◇


 エルディンガルの村に滞在中、セリヴァルはソルガンの家に世話になっていた。彼だけではなく、代々の長がそうしてきている。

 食事と寝床を提供されているので、その対価として、セリヴァルは日々の細々とした仕事を手伝っていた。

 一族の人間は誰もセリヴァルに願い事を依頼したりはしない。彼らは今ある日常に満足し、そこから幸福を見出すことができる者たちだった。

 自分をただの客として迎え入れ、何も押し付けずに過ごさせてくれるこの村が、セリヴァルは好きだった。

 そしてこの日も、セリヴァルはソルガンと共に森へ薬草集めに出かけていた。


「……どうだ? スティルクは……」


 周囲に人がいないことを確認したソルガンがぽつりと尋ねてくる。

 その問いの意図を、セリヴァルはすぐに察した。薬になる葉を丁寧に摘み取り、腰に下げた籠へと入れながら、静かに答える。


「あなたが彼を私に会わせたかったと言っていた意味は、何となく分かったわ」


 まだその実情は見ていないが、スティルクについてソルガンは凄まじい命力を持っていると言っていた。いくつかの弱い魔導具が破壊されてしまったほどだと。

 しかしこの数日間彼と接していても、それほどの力は感じられない。莫大な命力の気配どころか、彼自身の気配さえほとんど感じ取れないのだ。

 その理由について、セリヴァルは「あくまでも推測だけど」と前置きして述べていく。


「命力の総量そのものは、素質としか言いようがないわね。そこは魔力と同じでしょう。けれど、鍛錬でそれなりに増強することができる魔力とは違って、命力の核になる生命力は、おいそれと増やせるようなものではないわ」

「それはそうだろうな」


 魔導具創りに特化しているとはいえ、ソルガンも魔術師だ。その程度のことは分かっていたらしい。

 ましてやスティルクは、ソルガンに拾われた時点ではわずか九歳の少年だった。魔導具を破壊するだけの命力を当時から持っていたのだから、やはり素質によるところが大きいことぐらいは想定していたのだろう。


「問題は、それを扱う方の能力ね。尋常ならざる命力を隠しきれるだけの気配のなさ、そしてそれに反して、魔導具へと放出する力の強さ。あれはおそらく──育ちによるものでしょう。彼の感情の乏しさにも関係していそうね」


 エルディンガル一族に生まれた子供たちのように、ただ平穏に愛されて育ってきた子供ならば、己の気配を消す技術など習得する必要はない。

 気配だけでなく、スティルクは足音さえ極めて小さいのだ。

 まるで、己の存在そのものを隠すかのように──。


「育ち……か」


 腹の底から絞り出すように、ソルガンが深く長いため息を吐き出す。


「あいつがいつからあぁだったのかは、儂にも分からん。ただ……」


 言い淀み、決意したように彼は続ける。


「初めて会ったとき、あいつは血と泥に塗れた格好で、一人ふらふらと彷徨っていてな……。小さな手に、その背丈に見合わぬ大刀を引きずっていたんだ。それも、血まみれのな」

「血まみれの刀……?」


 ソルガンは無言でうなずく。手元では薬草を摘み取りながら、彼の視線は遠い過去へと向いていた。


「あまりに痛々しい様相だったから、思わず声をかけたんだ。『怪我をしているのか?』と。そうしたらあいつはなぁ……」


 再びため息を挟み、低い声が続ける。


「心底驚いた顔をしていたよ。それから一瞬何かを考え込んで、笑ってみせたんだ。『大丈夫です。ありがとう』とな。それだけ言って、ぱたりと倒れてしまった」

「だから、家に連れ帰ったの?」

「そうだ。そんな状態の子供を放っておけんだろう。気絶したあいつを抱き上げたときには、あまりに体重が軽すぎて愕然としたもんだ……。どこかの奴隷の子だったのかもしれん。身体中、そこかしこに虐待の痕もあったしな」


 予測していたことではあったが、やはり胸が痛かった。

 スティルクは、ファイカンが息子へ向けた愛情と祝福への喜びが理解できない様子だった。幼い時分に自身がそれを向けられたことがなかったからだったのだろう。

 ソルガンと彼の妻子は、養子となったスティルクに愛情を注いでいたはずだ。今は別の街に出稼ぎに行っていると聞いた息子と娘、そして数年前に逝去したらしい妻も、好い人柄であったとセリヴァルは記憶している。

 だがスティルクは、それまでの生活から、ソルガン一家からの愛情を素直に受け止められなかったのかもしれない。


 ──僕が子供の頃に、セラさんに会っていたら……。


 あれは、命の危機に瀕したことがなければ出てこない言葉だったのではないか。

 幼かった彼が持っていたという血濡れの刀は、誰にも護ってもらえなかったことの表れだったのか──。


「なぁ、セリヴァル殿。あいつの感情を取り戻してやることはできんのか?」

「ソルガン……」


 老いてなお眼光の衰えぬ黒瞳がセリヴァルを見据えた。


「真っ直ぐな子なんだよ、スティルクは。だがあんたの言う通り、感情そのものが乏しいんだ。迎え入れた日から、あいつは儂の息子だ。うちの子らも、スティルクを弟として可愛がってきた。あいつには幸せを幸せとして、心から感じられるようになってほしいんだよ」


 そこに込められていたのは、紛れもない父親としての願いだった。

 ただひたすらに、歪みなく、息子を案じる父親の切望。

 その瞳を見据え返し、問い返す。


「私に願うことを一族の人間に禁じているのは、あなたたち代々の長なんじゃなくて?」


 ぐっと息を呑んだソルガンは、困ったように視線を落とした。


「……分かっている。だからこれは一族の人間としてではなく、儂個人の願いだ」


 言いながら、彼はきつく拳を握りしめていた。


「対価も儂一人が払う。それくらいの覚悟はある」


 ソルガンの抱く想いの深さは想像に難くない。

 それでもセリヴァルは、首を横に振った。彼の願いを魔導士として叶えることは、セリヴァルにはできない。

 ひどく傷付いた表情のソルガンに、セリヴァルは言葉を紡ぐ。


「彼の感情は、誰かに奪われたりはしていないし、失ったりもしていない。彼自身が深く閉じ込めているだけよ」


 スティルクの言動の端々には、純粋な想いが見え隠れしていた。

 祝福の加護を羨み、村に迷惑をかけたくないからと女性関係を続け、セリヴァルに寝ることを拒まれてむくれてもいた。

 幼さの残る純粋な感情は、彼の中に残っている。


「あいつ自身が、自分でどうにかするしかないということか……?」


 苦悩を滲ませる声に、セリヴァルはふわりと微笑んだ。


「大丈夫よ。少しずつでも、変わってきているところはあるはずだわ。信じてあげて」


 ソルガンはしばらく黙っていたが、やがて腹を決めた顔で小さくうなずいた。


「セリヴァル殿。しばらく、あいつと親しくしてやってもらえんか。身内じゃない存在だからこそ、築けるものもあるだろう」

「それは別にかまわないわよ。なかなか面白い子だしね、スティルクは」


 クスクスと漏らした笑みに、ソルガンはようやく安堵の表情を見せた。


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