第57話 魔力生成室
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アヴリオン城には領主であるラトゥスと、その側近の魔術師たちしか知らない極秘の場所がある。
公には魔力生成室と呼ばれ、主砲に使用する魔力弾の生成を行うとされている。
だがその実情は、魔術師としての修行を積みながらも、領主の理想には届かなかった若者たちの行き着く終着点だった。
重々しい気配が満ちるその室内に並ぶ、幾つもの円柱型のガラス容器。
その内部は青白く発光する液体で満たされ、かつて魔術を学び、明るい未来を夢見た者たちが一糸纏わぬ姿で投じられている。
深い眠りについているその全身には、無数の管が接続されていた。首元から脊椎に沿うように這う、太く黒い管。
その先から、脈動する魔力がゆっくりと吸い上げられていく。
若者たちは生きている。
だが、命の意味はとうに失われていた。
かつての夢も、未来も、尊厳さえも奪われ、彼らはただ兵器の礎としてのみ存在している。いずれ魔力を吸い尽くされた身体は、ただ廃棄されるのみ。
その光景を前にしてなお、ラトゥスの口元は穏やかなまま。
「優秀な魔術師にはなれずとも、こうしてアヴリオンを支える要となっているのだ。この者たちも幸せであろう」
白い美髯の奥から、満足げな吐息とともに、どこか悦に入ったような声が漏れる。
先程放たれた主砲は彼らの魔力を何年にも亘って吸い上げ、溜め続けたものを圧縮した高威力の魔力弾だ。それを素材を交換しながら、先代領主の代から続けてきた。
その射程は、国一つを跨げるほどに長い。
巨大な放物線を描いた砲撃は今頃、エルディンガルの村を直撃したはずだ。
魔導具を創造する程度の魔力しか持たない一族には過ぎた攻撃だったが、確実を期すためにも、そしてアヴリオンの力を内外に知らしめるためにも、あの魔力砲撃は都合が良かった。
未来視の力を持つカリアが視た予言の夢──エルディンガルがアヴリオンを滅ぼす一因となる。
あの一族に巨大魔術都市であるアヴリオンを滅ぼすだけの戦闘力があるとは思えない。
しかしカリアが予言を外したこともない。
加えて、何度か取引したこともあるが、彼らの創る魔導具は馬鹿にできないものだ。非魔術師の人間にも神秘の奇跡を起こすだけの力を与えてしまう。
もしも彼らに、軍を興せるだけの強力な魔導具を創る力があるのだとしたら──。
やはりあの一族は、無力化しておくに越したことはない。
そのために、長の血を引く兄妹を呼び寄せ、妹を人質という名の餌にした。
あの兄妹はたいそう仲が良く、互いの絆も深かった。
兄だけを村に帰せば、必ず仲間に救いを求めるという確信があった。
仮にエルディンガル一族が何らかの戦闘力を持つとしたら、その精鋭がアヴリオンに攻め込むはずだと。
それを確実に狩った上で、主砲によって奴らの村を屠るのだ。
来なければ来ないで、撃ち込むことに変わりはない。
主砲の存在によって国外に対してもアヴリオンの威光を示すのだ。
「エルディンガルの魔導具は質の良い物が多かったんだがな。忠誠を選んでくれれば、せめて技術は奪えたんだが……。仕方あるまい。これを機にアヴリオンでも魔導具の鍛冶師を育てるか……」
顎に手をやり、先の展望を思案しようとしたとき、扉が荒々しく開かれた。
物見の魔術師が、息を切らしながら部屋に飛び込んでくる。
「ご報告いたします! エルディンガルの娘を救いに来た賊は二名ですが、カリア様の部隊はほぼ全滅です!」
「──全滅だと!?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。カリアの部隊が壊滅した、などという言葉は、報告として想定していない。
それも、賊はたった二名であるという。
カリアの部隊は一級の魔術師を集めた精鋭部隊だというのに──。
「賊は何者だ!?」
「一人は"持たざる者"である剣士で、恐ろしく速く……。誰も術の狙いを定められなかったようです……。もう一人は……その……」
口ごもる部下に苛立ちが募る。
「何だ!? 言え!」
「そ、それが……ただの魔導士の女に見えたのですが、それが人外の姿に変貌して……。カリア様の部隊でも抑えきれず……やむを得ず、先行して主砲を放ったもようです」
「な……に……?」
「……私は遠見の術で視ていたのみですが、あれは……あれは、対峙してはならない相手です……」
ラトゥスの喉が乾いた音を立てる。
部下はもはや恐怖に慄き、奥歯をカチカチと鳴らして視線を揺らめかせている。物見の兵は数人置いていたが、今も監視を続けている者の精神被害はどうなっていることやらだ。
カリアはあの娘を捕らえていた礼拝堂周囲に、魔力制御の術を仕込んであったはずだった。無論、エルディンガル一族がどんな魔導具を持ってきても対処できるように。
それを彼女の精鋭部隊数十人でも抑えられない、文字通りの化物が送り込まれたということだったのか。
それほどの魔力の持ち主など、ラトゥスの知る限り存在しない。
「……いや、待てよ……」
以前、御伽噺のような噂話を聞いたことがある。
対価と引き換えに、人々のどんな願いでも叶える魔導士の女がいると。
その魔女は神々の時代から生きているらしい、と。
「神代から生きる魔女……それが事実だとしたら……。その正体が、人間ではなかったのだとしたら……」
魔導士は魔術師と違い、数百年単位で生きる者も珍しくはない。だが、それが神話の時代から生きているとなれば──それは、もはや神格の域。
「まずいな……」
頬を、冷たい汗が伝った。
その存在の脅威が思考を占め、ラトゥスは"持たざる者"である無名の剣士の存在を失念することとなった。




