第55話 陣の罠
「うっ……!」
斧槍を地面に突き刺して支えにしても抗えず、セリヴァルの膝が地に着いた。
「セラさん!」
咄嗟に後方のスティルクを手で制する。
全身への重圧で視線が下がり、鈍色に光る大地が目に入った。そこでようやく、その地に展開された魔法陣の存在に気づく。
(やはり罠……! 陣は事前に仕掛けられていたんだわ……!)
今にして思えば、周囲に満ちた濃密な魔力はこれを隠すためのものだったのかもしれない。街の中から来ていれば、それにも気づけたかもしれないが──。
いつの間にか、魔法陣の外側には魔術師らしき数十人もの人間が礼拝堂を取り囲んでいた。皆が皆、黒いローブを着用し、フードを深く被っている。
(あれはまさか……隠れ身のローブ? その上、姿を消す術を重ねがけしていたのね!)
常ならば気づけた。特にスティルクなら、術を行使した魔力の残滓を感じ取れたはずだ。
だが大気に満ちた魔力によって、それがかき消された。木を隠すなら森の中というわけだ。
全身の骨が、筋肉が、指先に至るまで軋み、悲鳴を上げている。
「総員──」
セリヴァルが動けないと見るや、再び女の声が張り上げられた。
かと思えば、真横の大気が揺れ、不意に全身への重圧が緩んだ。視界の隅で黒い影が翻る。
「な……っ!」
誰かの声が聞こえ、血飛沫が舞い飛んだ。
(スティルク!?)
振り向くと、アストリアは礼拝堂の中で下ろされたらしく、不安げに瞳を震わせていた。
言葉にならない叫びが聞こえ、視線を戻す。円陣の中で魔法陣へと力を注いでいた魔術師の数人が、一瞬にして肉塊となり崩れ落ちた。
セリヴァルの傍を駆け抜けたはずの彼がなぜ、魔法陣の影響を受けずに動けているのか。
「術に反応していない! エルディンガルの"持たざる者"だ!」
指示を出している女が叫ぶ。
その言葉で、セリヴァルとスティルクが同時に気づいた。
(魔力に反応する術……!)
その身に直接術を受けているセリヴァルの方は、より具体的にその正体にたどり着いた。
これは対象の魔力を重量へと変える術。
有する魔力が多ければ多いほどに効果を発揮する、実質的な魔力封じだと。
だが、わずかにでも術が緩んだ今ならば──。
斧槍を握りしめると同時に右肩を大きく引き、渾身の力で斧槍を突き出す。深紅の魔導石が煌めき、槍の先端から圧縮された魔力が唸りを上げて放たれた。
人外の膂力を持つセリヴァルだからこそできた力技である。
狙いは敵の中で唯一、白いローブを纏った女魔術師。
「カリア様!」
女の傍にいた魔術師が咄嗟に張った防護壁によってわずかに軌道が逸れたが、セリヴァルの攻撃はそれすら紙のように引き裂いた。
防壁を突き破った魔力は、そのまま付近の魔術師の胸を貫き、背中から蒸気と鮮血を噴き出させる。
「ちっ……! 外したわ!」
柄にもなく舌打ちをしてしまう。
その様子にセリヴァルの意図を察したスティルクが、なおも刀を振るいながら問う。
「あれがリーダーですか!?」
彼の瞳は既に、白ローブの女──カリアと呼ばれた魔術師を射抜いていた。
「おそらくね!」
「分かりました! 姉さんを頼みます!」
根拠を尋ねることもなく、スティルクは大地を踏み抜かんばかりの脚力で地を蹴った。
彼が敵の円陣を大きく崩してくれたおかげで魔力封じの力も随分弱まっている。態勢を立て直そうとする敵へすかさず風の刃を数発放ち、その隙にアストリアへと駆け寄る。
「セリヴァル様!」
「アストリア! こっちへ!」
懸命に身体を起こす彼女を抱き寄せ、礼拝堂の外へと連れ出す。
スティルクは彼女を少しでも安全な場所へと礼拝堂の中に残したのだろう。しかし、今のセリヴァルにとっては逆だった。
礼拝堂ごと攻撃されては彼女を護りきれない。
それゆえに──。
「少しの間、ここにいて」
アストリアを大地へ下ろして即座に一歩下がり、斧槍を振り上げる。
その動きに呼応するように、彼女の周囲の地表が勢いよく隆起した。
「えっ……?」
目を丸くするアストリアの四方を瞬く間に土壁が囲み、目元がわずかに覗くだけの箱となる。
万が一、再び魔力を抑え込まれたときのための、セリヴァルにできる最善の護りだった。魔力を通わせたこの土壁ならば、ただ結界を張るよりも確実に彼女を護れる。
傷は癒したものの、弱り切ったアストリアならば魔力もほぼ空っぽ。魔法陣による影響も受けないはずだ。
次の瞬間、頭上から飛来する幾条もの攻撃魔術が空を裂いた。
すぐさま斧槍を振るい、それらを片っ端から撃ち落とす。
その間にもスティルクは、降り注ぐ攻撃魔術に阻まれながらもそれを巧みに躱し続け、白ローブの魔術師との距離を確実に詰めていた。その動きはさながら、強靭な発条を持つ猟犬のようだ。縦横無尽な疾走に、魔術師たちも狙いを定められずにいる。
彼ならばじきにあの女にたどり着くだろう。
問題はセリヴァルの方だった。
(身体が重い……!)
弱まったとはいえ、魔力封じも未だ続いている。大地の魔法陣は幾重にも仕掛けられているようだ。それに力を注ぐ敵の円陣を一掃したいところだが、小規模な連射ならともかく、大規模な攻撃が撃てない。
不規則な軌道で飛んできた攻撃を捌ききれず、一発の光の矢が肩を貫いた。
「──っ!」
「セリヴァル様!」
アストリアの悲痛な叫びが響き渡る。
(……仕方ないわね)
肉が焦げるような熱を感じたセリヴァルは歯噛みし、自身の魔力制御を切った。




