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願う未来は永久にともに  作者: めこまる
第五章 滅びへ向かう道
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第54話 再会

 ◇◇◇


 まず目に入ったのは、かつては祭壇があったであろう場所で、両腕を枷と鎖で吊るされたアストリアの姿。一糸纏わぬ身体には遠目にも痛々しい傷が大量に見受けられる。

 彼女の足は床についてはいるものの、もはや己の体重を支えることもできていないようだ。枷を嵌められた手首からも血が伝った跡がある。

 そしてその周囲に、兵士のような様相の男が三人。


「セラさんは姉さんを──!」


 スティルクは迷わず斜め右方向へと走り、守光を引き抜いた。礼拝者のために整然と並べられた長椅子の背もたれを足場に跳躍する。

 扉から一番近くにいた男は、何が起きたのかを判断する間もなく首を飛ばされた。

 セリヴァルは残る二人には目もくれず、中央の通路を駆け抜ける。

 横一文字に薙いだ斧槍から放たれた風の刃が、アストリアを吊るす鎖を両断。そのまま倒れ込む彼女の身体を受け止めたところで、二人の兵士が声を上げた。


「うわぁぁぁあっ!」

「侵入者だ!」


 しかし、彼らが声を上げることが出来たのはその一度きり。

 彼らもまた、獣のような俊敏さで飛び込んできた黒衣の剣士によって、首と胴が一刀のもとに両断された。


(アストリアは……気を失っているだけね。出血量もそこまで多くはないみたいだわ)


 鉄球の繋がれた足枷も断ち切る。そしてアストリアの身体を横抱きにしたそのとき、セリヴァルはハッと目を見開いた。


「セラさん、姉さんは──」


 駆け寄ろうとするスティルクに「来ないで!」と声を張り上げる。


「えっ……?」


 その声に一瞬の戸惑いを見せたものの、スティルクはセリヴァルの切迫した表情に足を止めた。

 

「アストリアは無事よ。ただ……私がいいと言うまで、見ないであげて……」


 彼から死角になるよう自らの身体でアストリアを隠し、黒いローブを出現させる。セリヴァルが寒冷地を旅するときに、しばし使用しているものだった。

 華奢な肉体の柔い肌は、見るも無残な状態だった。あらゆる箇所に鞭で打たれたような裂傷が走り、背中の皮膚の大半が削がれている。

 その傷の酷さからも彼女が受けた拷問の苛烈さが窺えるが、セリヴァルが隠そうとしたのは彼女の腿の方だった。

 顔に目立った外傷が見られないのは、男(・)た(・)ち(・)の(・)愉(・)し(・)み(・)のためだったのかもしれない。惨たらしい裸体にローブを着せ、さらに出現させた柔らかな手拭いで内股を手早く拭う。

 こんなものをスティルクに見せるわけにはいかない。

 幸いにも、姉が裸体であるから制止されたと思っているのか、スティルクは素直に足を止めている。


「……セラさん、姉さんの身体の傷、治せますか?」

「もちろんよ。今やってる」


 今のセリヴァルはスティルクと契約した従者だ。彼の指示、願いはその都度の対価なしに叶えてやれる。

 姉の治癒など言うに及ばず、彼なら必ず願うことは分かりきっていた。

 治癒魔法はすぐにアストリアの全身に行き渡り、伏せられた睫毛がかすかに震えた。


「ん……」


 ゆっくりと開く瞼にセリヴァルは慌ててスティルクに振り返る。


「スティルク! 来て!」


 即座に反応したスティルクが飛び込んできた。

 最愛の姉を前に膝をつき、刀を床に置く。その手が頬を包むと、アストリアは彷徨う視線をぼんやりと据えた。


「スティルク……?」

「姉さん!」


 徐々に瞳の焦点が合っていくのが分かり、スティルクは安堵の息をついた。ぐったりしたままの身体をセリヴァルから受け取り、ぎゅうっと強く抱きしめる。


「……スティ、ルク……。どう……して……」

「迎えに来たよ、姉さん。みんなのところに帰ろう」


 弟を見据える視線が揺れ動き、周囲を見回した。

 その双眸が血濡れの刀と倒れ伏す首なき兵士の亡骸を捉える。


「……ごめん。ごめんね、スティルク……」


 みるみるうちに溢れ、零れ落ちた涙は、決して恐怖によるものなどではなかった。力なく伸ばされた手が弟の頬を包み、嗚咽が漏れ出る。


「あなた……人を……」

「……姉さん?」

「ごめんね……。もう殺させたくなんかなかったのに……私のせいで、ごめんね……」


 スティルクは目を見開いた。

 見守るセリヴァルもまた息を呑む。

 アストリアは知っていたのだ。かつてスティルクが犯した罪を。

 なぜ、そしてどこまで知っているのかは分からない。だが彼女は父ソルガンと同様に、弟の罪を知りながら決して口にはしなかったのだろう。

 十二年間それを悟らせることもせずに、ただひたすらに彼を愛し続けたのだ。


「……姉さん。そんなふうに言わないで。僕は姉さんのおかげで、人の温かさを知ったんだ……」

 

 姉の手に手を重ね、スティルクは今にも泣き出しそうな顔で言った。

 彼にとっては最も知られたくない相手だったはずだ。

 しかしその姉の深い愛情こそが、化物の力を持つ彼を人に留めることができる。


「──話は後よ。今はとにかく、ここを出ましょう」


 セリヴァルがアストリアの両手首と両足首に残る鉄枷に触れる。鉄枷を残したままではせっかく治癒した皮膚に傷を付けてしまう。

 魔術的な拘束力はなさそうだ。あったとしても、無駄なことではあるが。

 パキンと音を立て、四つの手枷が容易く砕け散る。

 スティルクはアストリアを抱いたままその破片を払い落とした。刀の血を振り払い、鞘にしまってゆっくりと立ち上がる。


「すぐにでも空間移動で飛びたいところだけど、あれは身体への負荷が高いわ。今はできるだけ早くアヴリオンから離れることを優先しましょう」

「はい」


 そのときようやくアストリアはセリヴァルに視線を向け、震える瞳で目を見開いた。


「……セリヴァル様? まさか、あのセリヴァル様……ですか?」


 セリヴァルは唇に弧を描き、頷いた。

 

「十八年ぶりね、アストリア。立派な女性になったわね」


 混乱する様子のアストリアの頭を撫で、スティルクを促す。


「行きましょう。安全な場所に着いたら先にあなたを空間移動で村に飛ばして、私とアストリアは空から向かうわ」

「分かりました」


 セリヴァルが先導して破壊された扉へと向かう。スティルクは姉の身体を抱え直してその後に続いた。

 慢心や油断などない。

 未だ敵地のど真ん中。

 救い出すべき存在を取り戻したとはいえ、警戒を怠る理由にはならない。


 ──そのはずだった。


 先に礼拝堂を出たセリヴァルが地を踏んだそのとき、鋭い女の声が張り上げられたのだ。


「発動!!」


 その号令を合図に、セリヴァルの全身に岩山でも落とされたかのような重圧が襲いかかった。

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