第53話 突入
◇◇◇
結界の外から、なるべく礼拝堂に近い位置まで歩み寄る。二人は互いに息を潜め、気配を消した状態で結界内に侵入する準備を整えていた。
「あなたは日頃から気配を消す癖があるから、そのままの状態でも大丈夫そうね」
セリヴァルは低く言いながら、自身の魔力を極限まで抑え込んだ。その状態は言うなれば、「魔力を持ってはいるが、魔導の修行を積んではいない者」程度の魔力である。
洗練された魔力の質そのものをごまかすことは難しい。
しかしここまで抑制すれば、魔術都市でならばその他大勢の魔力に紛れることができるはずだ。
「へぇ……。本当にセラさんは魔力操作が自由自在ですね」
感心したように言われ、ふるふると首を振る。
「いいえ。これが限界よ。私は魔力を完全には消せないの」
「ほんとだ……。やっぱり神代から生きてる精霊だと、魔力が強過ぎるからですか?」
至近距離にいるとはいえ、霞のような魔力をなぜ感知できるのか。
彼の気配探知能力はつくづく恐ろしい。
「少し違うわね。私は──というより精霊は元々、魔力なんて持ってないのよ」
「え? でも、魔力があるから魔法が使えるんじゃ……」
「精霊が持つ力は霊力と呼ばれるもので、その力が起こす奇跡も魔法とは異なるのよ。魔法はあくまでも、人間が奇跡の力を手に入れるために生み出したもの。私の魔力は元々の霊力を変換してるだけ」
そこまで説明すると、セリヴァルは言葉を切った。
「ま。今は詳細に説明してる暇もないわね」
「そうですね。すごく興味深いですけど……あ。ところでノルヴァさんはさすがに目立つから、しまった方がいいんじゃないですか?」
斧槍──もとい、杖を指差してスティルクは言う。これがセリヴァルの古き友だと知った彼は、すっかりノルヴァの名で呼ぶようになっていた。
「……そうね。しまっておくわ」
最も信頼できる武具をしまうことに不安はあるが、たとえ双剣の方でもセリヴァルの出で立ちには不釣り合い過ぎる。
仕方なく無手になると、スティルクがそっとセリヴァルの手を引いた。
そして慎重に、結界内へと足を踏み入れる。
結界内の空気は活気のある街並みとは裏腹にじっとりと重く、厳格な監視の気配が感じられた。
「普通に恋人同士がデートしてるように見えますかね?」
軽い調子で言いながらも、スティルクの手のひらにはわずかに汗が滲んでいた。セリヴァルさえも超える気配探知能力を持つ彼が、この空気を異様だと感じないはずがない。
「……確かに、そう装う方が自然かもしれないわね」
二人は手を繋いだまま周囲の目を警戒しつつ、さりげなく裏路地へと足を踏み入れた。
そのまま何度か角を曲がって狭い路地を慎重に進み抜け、街の外れへとたどり着く。
やがて二人の目に、地図で確認していた礼拝堂の姿が映った。
礼拝堂は思っていたより大きく古めかしい石造りで、時間の流れを感じさせるひび割れが至るところに刻まれている。その周囲は予想していた通り、身を隠せるような遮蔽物はほとんどなく、広々とした平地が広がっていた。
「……あれね」
目を細め、前方の建物を見据える。
身を隠せる最後の建屋の陰に身を潜め、二人はしばらく礼拝堂の様子を窺った。周囲を観察しても、不自然なほどに人影一つ見受けられない。
「見張りはいなさそうね。スティルク、どう?」
「……ちょっとまずいかもしれません」
どういうことかと見返すと、スティルクは困惑の表情で眉根を寄せた。
「エルディンガルの村以上に、周囲に魔力が溢れすぎてるんです。これだと人の気配が探れません。魔術の気配もです」
「あ~……確かにそうかもね」
彼にとってこの空気は、ある意味では刺激が強いらしい。過敏なまでの探知能力が裏目に出たようだ。
気配探知の面では頼れそうにない。
スティルクはおもむろに金の魔導具を取り出し、険しい表情で呟いた。
「……けど、姉さんは間違いなくあそこにいます」
これだけ周囲に魔力が漂っていれば、この程度の魔導具ならば感知されることはないだろう。
赤い宝石の上に浮かぶ金の針は、礼拝堂の方向を真っ直ぐに示し続けている。
「あの礼拝堂……見える範囲の窓が全て塞がれているわね」
「礼拝堂としては機能してない、ってことですよね……?」
問いに頷きを返し、セリヴァルは改めて古い礼拝堂を見据えた。
「アストリアはあそこに囚われている。けれど、見張りはいない。ということは、やっぱり……」
「──罠、ですね」
言葉を引き継いだスティルクが歯噛みする。
「関係ありません。正面突破で突っ込みましょう」
「スティルク。ちょっと冷静に……」
「僕は冷静ですよ。セラさんの魔力で探ればすぐにバレてしまう。それなら、突っ込んだ勢いで相手の隙を突く方がマシでしょう。こうしている間にも、姉さんは痛い思いを負わされているかもしれない。一分一秒が惜しいです」
その通りではある。
いずれにせよすぐにバレるなら、敵の隙を突ける可能性を取る方が幾分かマシだ。
中の状態が分からないからには、何が来ても対処できるようにせねばならないが──。
「……仕方ないわね。行きましょう」
それを聞くや否や、スティルクが地を蹴った。
その背を追いながらセリヴァルは手に斧槍を出現させる。
(やっぱり単純なスピードはスティルクの方が速い……!)
先に正面扉に到着したスティルクが一瞬の躊躇もなく扉を蹴破る。
それと同時にセリヴァルが到着し、二人は礼拝堂へと突入した。




