第50話 出撃
◇◇◇
契約の儀式を済ませると、スティルクはソルガンに指示されてリンガの家へと向かった。元々、想炎の守人を渡したあとにそうさせるつもりでいたらしい。
旅立ちの餞別は一つではなかったというわけだ。
村の中央には一族中の人間が一人残らず集まっていた。
皆、シグルフが命がけで持ち帰ったアヴリオンからの伝言を既に聞いている。
一族が滅ぼされるか否かの瀬戸際だ。そこかしこから不安に囁き合う声が聞こえる。
その声が、ぴたりと止んだ。
リンガの家からスティルクが出てきたのだ。リンガ母娘が祈るように両の手を組み、彼のあとに続く。
黒の魔術礼装で全身を固めたスティルクは、普段の着物姿よりも遥かに勇ましく、その体躯の良さも相まって紛れもない戦士に見える。
「かっこいいじゃない」
「……からかわないでください」
頬をわずかに染め、照れ笑いを浮かべている。
肌に吸い付くような長袖の黒衣は伸縮性が高く、動きやすそうだ。その上に重ねた着物には袖がなく、彼の屈強な三角筋が際立っている。
帯の下には専用の革帯を巻いているらしく、二振りの刀がそこに提げられていた。
指抜きの手袋まで嵌めている。もはや肌の露出は指先と首から上のみである。
「セラさんと街に行ったときにリンガさんに頼まれてた糸、これの仕上げのためだったんだそうですよ」
「あら。そうだったの」
「はい。試火は行なっていませんが、防御力はかなり高そうです」
以前二人で試火を行なったときの外套を遥かに凌ぐ力を感じるのだと、スティルクは続けた。
本来ならただの餞別として贈られるはずだった礼装が、これほどまでに全身を固めるものであるとは──。
(リンガは娘しかいないし、実は隣人として以上にスティルクを可愛がっていたのかしらね)
一族の長が拵えた最高傑作の刀にして魔導具の想炎の守人。
一族屈指の機織りと縫製の技術を持つ魔術礼装の防具。
そして──。
「スティルク! これも持っていけ!」
金糸の髪を揺らして駆け寄ってきたスティルクの親友が、一つの魔導具を手渡す。
「これって……前にファイカンが創ってた……」
「探し物を見つける魔導具。こいつは物だけじゃなくて、人にも使える。アストリアさんを探すのに役立てるはずだ」
羅針盤にも似た黄金の魔導具。
セリヴァルは初めて見るものだったが、スティルクは以前にも見たことがあったらしい。
「……ありがとう。ファイカン」
「気をつけろよ」
首肯し、スティルクが懐へ魔導具をしまったところで太い声が轟いた。
「これより我が息子スティルクと、神代の魔導士セリヴァル殿が魔術都市アヴリオンへアストリア救出へと向かう!」
威厳に満ちた泰然たる声が、聴く者の胸を震わせる。
「アヴリオンは我らを滅ぼすつもりでいる! 皆は早急に里を棄てる準備をせよ!」
一族を束ねる長の号令に、皆が声を上げて答えた。
そしてソルガンはスティルクへと歩み寄り、強くその身体を抱きしめた。
「もし、アストリア救出が無理だと判断したら、お前だけでも生きて帰れ。あいつもお前が命を落とすことは決して望まん」
いざというときは姉を見捨てろ。言い換えればそういうことだ。
父がどんな思いでそれを口にしているのか、今のスティルクにならば理解できよう。
だからこそ彼は、この言葉しか返せなかった。
「姉さんは必ず救い出します。僕も生きて帰る。父さんは村のことだけを考えてください」
大気が震え、セリヴァルの手に斧槍が握られた。
古の竜の心臓石が煌々と深紅の輝きを放つ。
「一度行った場所なら空間移動が使えるけど、私はアヴリオンには行ったことがない。だから、これで飛ぶわ」
横向きにした斧槍に腰を落とし、スティルクに乗るよう促す。
「最高速度で飛ばすから、しっかり掴まっていてね」
「はい」
セリヴァルの後方に跨ったスティルクは竜皮の巻かれた柄を強く握りしめた。
「よろしくお願いします、ノルヴァさん」
「……行くわよ」
父と兄、友人や隣人たちの見守る中、二人を乗せた斧槍は空高く浮き上がる。
そして何にもぶつからない高さになったところで、竜を宿した斧槍は凄まじい速さで南西に向かって飛び去った。




