第4話 不要な理由
「まぁ、市井の媚薬は効果も弱いしねぇ。お望みなら作ってあげましょうか?」
くるりと踵を返し、からかうような笑みを向ける。
スティルクはそんなセリヴァルの後に続きながら、不思議そうに問うてきた。
「やっぱりセラさんとか、魔導士が作る薬は違うものなんですか?」
「ぜーんぜん違うわよ。媚薬に限った話ではないのだけどね。魔力を持つ者が作るものには自然と魔力が込められるの。エルディンガルは、それに特化して魔導具創りに活かした一族。薬の類なら、同じ調合でも作り手が魔力を持つか否かで、その効果に顕著な差が出るわ」
いつの間にかスティルクがセリヴァルの隣に並び歩いている。会話がしづらかったのか、先程の距離感で慣れたのか、いずれにせよ二人の距離が縮まっていた。
「もちろん、魔力を持たない者が作る薬でもきちんと効果はあるのだけどね。ただのハーブティーですら、魔術師や魔導士の手にかかれば、その効能が最大限に引き出されるの」
「ふぅん……。僕は別にいりませんけど」
「あら、そう?」
視線で「なぜ?」と暗に問うと、スティルクはさらりとした調子で答えた。
「しつこく求められるから応じてるだけですし。それに、ソルガンさんにも言いつけられてますから」
「ソルガンに?」
「対価に何を要求されるか分かったものじゃないから、セラさんみたいな人には何も願っちゃいけないって」
ここにきて満面の笑みだ。
セリヴァルは思わずむっと眉根を寄せる。
「あの頑固親父は私を何だと思っているのかしら」
「あははっ」
強欲扱いされるのは不本意だが、確かにエルディンガル一族は代々の長によって、セリヴァルに対して願いの成就を依頼することを禁じられている。
対価と引き換えに願いを叶えるのが魔導士としてのセリヴァルだったが、彼らが願えるのは一族の子供への祝福だけだ。その対価も、長によって魔導具の素材となる魔鉱石で支払われている。
「先に対価を提示しているだけ良心的じゃないの……」
「まぁ、何にせよ僕は媚薬とかは不要ですよ。別に楽しみたいわけじゃないので」
この短時間で随分と開き直ったものだ。
出会い頭にはごまかそうとしていたというのに、一度バレたと認識したら隠すつもりもないらしい。求められるから応じているだけだと言うからには、相手の女性の片恋慕なのだろう。
(よくあることなのでしょうね。モテそうだし)
中性的で愛らしい顔立ちに、柔和な表情と穏やかな口調。一見すればただの好青年なのだから女性人気は高かろう。
本人にとっては好ましいことではなさそうなのが残念なところだ。
そうしてしばらく取り留めのない話をしながら歩いていると、スティルクがふと呟いた。
「そういえば……セラさん、ファイカンのところでラーシュへの祝福を羨ましがった僕に、『あなたには必要ない』って言いましたよね。……あれ、どういう意味ですか?」
薄い笑みを浮かべたままだったが、スティルクの瞳に翳りがよぎった。それを一瞥し、歩みを止めぬままにセリヴァルは答える。
「……そのままの意味よ。私が子供に与える祝福は、一度限りの命の加護ですもの」
スティルクがぴたりと足を止める。
「僕は、死んでもいい命だってことですか?」
セリヴァルも立ち止まり、振り返る。
彼の表情からは普段の笑みが消えていた。
森の静寂が二人の間に重く垂れ込める。
「いいえ。そういうことではないわ」
月明かりに照らされた闇夜の瞳を見据え、言葉を紡ぐ。
「あなたには己を守る力があるから。己の未来を己で切り拓ける人に、私の力は必要ない」
「未来を……切り拓ける……?」
呆然と目を見開くスティルクにセリヴァルは頷く。
過去に幾度となく出会ってきた、彼と似た深い闇を湛えた瞳を持つ人間は、おしなべて自らの力で生き抜いてきた者たちだった。
誰かに助けを求めることもできず、あるいはその声を踏み潰され、それでもただ必死に生き抜いてきた絶望を抱えた瞳。
その昏い深淵が、彼の双眸にも宿っていた。
それを隠す処世術としてあの笑みがあるのだとしたら、腰に提げた刀が過去の経験からの自衛のためのものなのだとしたら、あまりにも痛々しい。
「……ふっ。そんないいものではありませんよ、僕の力は……」
自嘲の滲むこの笑みこそが、彼の本質のようにセリヴァルには思えた。低い声が森の静けさに溶け込み、風がざわめく。
「それでも、よ」
眉根を寄せ、思わず視線を伏せる。
「どんな手段であったとしても、あなたはそれを選べてしまう。己のためにね」
「…………」
「それがあなたの強さ。だから、私の祝福はあなたには必要ないと言ったの」
スティルクの瞳に浮かぶ翳りが揺れ、視線を逸らされた。唇を噛みしめるその表情が何を思っているのかは分からない。
何ものにも頓着せず、誰に対しても温和な態度を崩さず、頼まれごとを拒むこともなく、常に笑顔でありながらも何かを心から楽しむことはない。
それが、出会ってから三日間でセリヴァルが彼に対して抱いていた印象だった。
その彼が初めて見せた苦しげな表情と重い沈黙を残し、再び背を向けて歩き始める。
足元の枯葉が、かさりとかすかな音を立てる。
数歩歩き、目の前の草木をかき分けたところで、開けた空間がセリヴァルの視界に広がった。
「……あ」
目的の光景を見つけ、セリヴァルは明るい声で振り向いた。
「あったわよ、スティルク」
未だうつむいていたスティルクがハッと顔を上げる。
早足で歩み寄ってきた彼に「ほら」と前方を指差すと、沈んでいた瞳が光を映した。
「これが、夜にしか咲かない花……?」
「そう。ソラリスフィオレという花よ。日光や周囲の魔力を溜め込んで、夜にその光を放つ花。薬や魔導具の材料にもなるの」
セリヴァルの指先が指し示す先には、小さな星のように光を放つ花々が、闇の中でポツポツと咲いていた。




