第46話 魔術都市アヴリオン
三人の耳に届いた声はリンガのものだった。
「シグルフが! シグルフが……!」
なおもリンガは叫び続けている。
一瞬顔を見合わせたソルガンとスティルクが弾かれたように飛び出し、その背をセリヴァルが追う。
外に出ると、居合わせた村人たちが口元に手を当てて立ちすくみ、そこにファイカンも飛び出してきた。
見回して声の出元を探すと、リンガがうずくまる一人の男性らしき姿を抱きかかえているのが見えた。ぐったりと力なく倒れ込み、その背が赤黒く染まっている。
「兄さん!」
「シグルフ!」
駆け寄り、呼びかけてきた家族の声にも、シグルフは反応することもできずにいた。
(生きてはいる、って状態ね。ひどい出血だわ……)
彼の首筋に手を添えたセリヴァルはかすかな呼吸と脈を感じ、二人へと振り向いた。
「スティルク! 彼を家に運んで! ソルガンは魔鉱石の残りを総て用意なさい!」
二人はすぐに動いた。
スティルクに背負われ、家へと運ばれたシグルフは囲炉裏の傍へと寝かされた。背中の傷は既に乾いているようだが、黒の下衣がぐっしょりと濡れ、抱えていたスティルクの着物も血に染まっている。
シグルフの顔に血色はなく、唇も青紫に震えている。その目は虚ろでありながらも、それでも必死に意識を保っているらしかった。
よくこれで気絶せずにいられたものだ。
「魔鉱石の残りは?」
「これで総て。子供三人分だ」
尋ねるセリヴァルに、麻袋を抱えてきたソルガンが答えた。
「十分よ。それを対価に傷の治療を私に願いなさい。スティルクは血を寄越して。私を媒介にしてシグルフに渡すわ。このままでは危険よ」
魔導具生成にのみ特化したエルディンガル一族に治癒魔術を使える者はいない。
瀕死のシグルフを救えるのはセリヴァルだけだった。
迷うことなく二人は了承するも、シグルフのか細い声がそれを制止する。
「待……ってくれ。治療……の、前に……」
そんな体力などないだろうに、彼は身体を起こそうとした。崩れ落ちかけたその身体を、スティルクが慌てて支える。
何かを囁かれたらしく、スティルクは眉根を寄せた。
「……分かった。破るよ?」
兄を抱きかかえたまま、血が乾きかけた服を引き裂く。
露わになった背中を目の当たりにした三人は息を吞んだ。
──忠誠か滅びか、選択せよ
そこには短い文言が、鋭利な刃物によって肌に直接刻まれていた。
◇◇◇
魔術都市アヴリオン。
活気に溢れ、色とりどりの旗や装飾品で飾られた建物が多く建ち並ぶこの街は、アルクヴェリオの国大半の領土を占める中心都市だ。
かつての領主が莫大な金を費やして高名な魔術師を集め、都市内の魔力を持つ者を片っ端から修行させて、一流の魔術師を多く生み出したことがアヴリオンの原型。
この地を治める領主は侯爵でありながらも、事実上、王族にも勝る権力を有していた。
今では魔術師だけでなく、幾人かの魔導士も専属で雇われている。金で雇われている者もいれば、領主に忠誠を誓っている者もいる。
未来視の力を持つ預言者カリアは後者だった。
「ラトゥス様。そろそろ奴があちらへ着く頃合いかと」
声をかけられた男は窓際で振り向き、カリアへ向き直る。
整えられた白い口髭を撫で、片側の口角を上げる様は狡猾な威圧に満ちていた。
「さて。どう出てくるかな。攻めてくるならそれで良い。大義名分ができるからな。まぁ、奴らに戦闘能力はほとんどないはずだが……」
「油断はできません。奴らこそが、アヴリオンを滅亡させる忌まわしき一族なのですから」
主へと歩み寄ると腰を抱き寄せられ、カリアは鉄面皮の頬を薄紅に染めた。
貧しい家の出でありながらも幼少の頃に才能を見出され、こうして高貴な男に仕えることができていることはまごうことなき奇跡だ。
カリアは心の底から主を慕い、心酔していた。
「うむ。お前がいる限り、アヴリオンは安泰だろう。頼りにしているぞ、私のカリア……」
耳に吹きかけられる甘く低い声が総身を震わせる。その身がとろけるような性愛を教えてくれたのもまた、主に他ならない。
「もったいなきお言葉でございます、我が主よ。……それでは、私はあの娘の様子を見てまいります。もはや抗う気力もないようですが、念のために……」
「あぁ。自害でもせぬよう細心の注意を払えよ? あれは大事な餌だからな。まだ死なれては困るだろう」
「御意」
踵を返し、カリアは領主執務室を後にした。
(ラトゥス様は、アヴリオンは……私が必ず守る。魔導具創りしか能のない魔術師一族になど、決して好きにさせるものか)
何より強い意志を携え、預言の魔導士カリアは拳を握りしめた。




