第45話 贈り物
◇◇◇
旅立ちまでの間、セリヴァルはスティルクの家に泊まることになった。それまではソルガン家の客間を使用させてもらっていたが、何やら気を利かせた彼に追い出されたのだ。
当然スティルクは満面の笑みで喜び、二晩きっちりセリヴァルを抱き潰した。元精霊で竜の肉体を持ち、人外の体力を誇るセリヴァルでさえ、何度意識が飛びかけたか分からない。
喉まで枯れかけたが、彼女がなまじ体力回復にも優れているせいもあり、スティルクはあまり反省していなかった。
それどころか、腕の中でぐったりと果て疲れたセリヴァルに愛おしそうに口づけを降らせたのだ。
「そういえば僕、ちゃんとやめましたよ。街の子たちとの関係」
「え?」
思考も働かなくなっているところに不意に言われ、ぼんやりと問い返す。
「『こういうことはもうしない』って、伝えました。まぁ、これからどうせ旅に出るから、関係ないと言えば関係ないんですけど」
「私は別に気にしないけど……」
貞操観念が皆無のセリヴァルにとっては、彼がどこで誰と関係を持っていようとも気を揉むことなどない。
むしろ寿命の短い人間こそ好きにしたら良いと思っていた。──否、短い命だからこそ、心底欲する相手だけを求めるのかもしれないが。
「セラさんが妬かないのは知ってますよ。セラさんのためではなくて……ただ僕が、嫌だっただけです。もうセラさんしか、抱きたくない。だから僕はもう、セラさんだけですよ」
「そう……」
どうにも胸がくすぐったく、むず痒い。
快楽の愉悦だけを求める行為も、一方的に愛を囁かれることも数多く経験してきている。それでも恋しい相手に愛をぶつけられることだけは、数千年生きていようとも未だに気恥ずかしいのだ。
「セラさんも、ダメですよ?」
「え?」
「僕がいる間は、僕だけにしてください。もし浮気したら……」
「浮気したら?」
黒瞳が、きらりと妖しく煌めいた。
「三日三晩抱き潰します」
「三日三晩!?」
なんという脅し文句を言ってくるのか。
しかし間違いなく彼ならば実行できてしまうだろう。昼夜問わず限界を訴えても行為を続け、手ずから食事を摂らせ、力尽きて気絶するまで快楽を与えようとするのだろう光景がありありと浮かぶ。
「今よりずっと激しくして、セラさんが僕のことしか考えられなくなるようにしてあげますから。……それでも良ければ、他の人ともしていいですよ」
言っていることの恐ろしさとは裏腹に満面の笑みである。
背中を冷や汗がだらだらと伝うのを感じながら、セリヴァルはかろうじて頷いた。
「……分かったわよ」
「ん。セラさん、大好きです」
無邪気なものだ。
額から瞼へ、頬へ、小さな口づけを降らせながら唇を重ねる。
惚れた相手にはどうにも弱くなってしまう己が恨めしいが、彼の真摯な想いは素直に心地良かった。
◇◇◇
そうしていよいよ旅立ちの日。
変わらずソルガンの家で朝食を摂ると、二人は裏手の鍛冶場へと連れていかれた。ソルガンからスティルクへ渡したい物があるのだという。
「……これだ。以前から手掛けていたんだが、昨夜ようやく完成してな。出立に間に合って良かった」
昨夜ということは、出立を遅らせたのはこれのためでもあったのか。
スティルクへ手渡されたのは、一振りの刀だった。
深い赤銅色の鞘は滑らかな光沢を湛え、炎を象るような巧緻な飾り彫りが施されている。黄金と漆黒の鍔もまた炎を模しているようだ。
見る者の双眸を魅了するような荘厳な出で立ち。
古の魔導士であるセリヴァルでさえ、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。
「これ……は?」
受け取ったスティルクも目を奪われ、まじまじと刀を見据えている。
「お前の新しい刀だよ。想炎の守人と名付けた。守光ではいずれ、成長したお前の力に耐えられなくなるのではと思っていたのでな」
「この鍔と、柄の組紐や飾り紐ってまさか……」
「やはり気づいたか。鍔はファイカン、柄の紐は総てリンガの手製だ」
一族の中でも選りすぐりの技術を持つ職人たちだとソルガンは続けた。
スティルクとも特に親しい者たちでもある。
ソルガンは息子に贈る新たな刀に、自分だけではなく、彼が信頼する友や隣人の技術まで結集させたのだ。
「儂の最高傑作だ。一族の長として、お前の父として、これ以上ないものを創れたと思っている」
スティルクは柄と鞘を握りしめ、慎重に刀身を引き抜いた。姿を現した黒鋼の刃は凄まじい威圧感を放ち、切先が鈍色に輝いている。
もはや武具というよりも、神器に近い気配さえ漂っているように思える。それほどまでに、その刀身は美しかった。
「……すごいわねぇ。ただの刀とは思えないわ」
思わずセリヴァルの口からも嘆息が漏れる。
さすがは一族の長をして最高傑作と言わしめる一品だ。
しかしそれに対し、スティルクが小さくかぶりを振った。
「いえ。これは間違いなく魔導具です。ただの刀じゃない」
きっぱりと、断言する。
だがそう言われても、セリヴァルには想炎の守人なる刀からは魔力の気配など感じられなかった。集中して視ればかろうじて分かるが、せいぜいが「魔力を持つ者が手がけた作品だと分かる程度」である。
「それも、ものすごい力です。こんなの見たことない……。けど、意図的に隠されてるような気配がします」
「魔導具に対する魔力の完全隠匿。代々の長に伝わる秘伝の技術だ。これを施した魔導具は魔力封じの影響も受けなくなる。それを見抜くとはさすがだな」
秘伝の技術というそれを見抜かれてなお、満足げに、誇らしげに、ソルガンは言う。
「一族の魔導具に誰よりも精通しているお前にしか分からんだろう。やはりお前は儂の息子だよ」
照れくさそうに視線を伏せる息子に、さらに告げる。
「儂だけではなく、一族の皆にお前は愛されている。その想いを込めた刀だ。持っていきなさい」
ソルガンは以前から妙に勘の鋭い男だった。
今回のセリヴァルの来訪を予期していたように、末息子の旅立ちを予見していたのかもしれない。そのときに備えてこのような業物を用意しておくとは、つくづく侮れない男だ。
「……ありがとう、ございます。もらってばかりですね、僕は。父さんにも、セラさんにも」
眉尻を下げ、わずかに黒瞳を潤ませてスティルクが微笑んだ。
──そのときだった。
「ソルガン様! スティルク! 早く来て!」
外から切羽詰まった女性の声が響いた。
第四章完了です。
明日からは第五章!




