第38話 友をつれて2
「あの革は、ノルヴァっていう雌の竜のもの。私にこの肉体を与えた、私の最初の友達」
「……セラさんの、友達? 肉体を与えたって……」
ふわりと微笑み、頷きを返す。
今や遥か遠い記憶に思いを馳せながら、滔々と語る。
「私は風と大地の力が交わるところに生まれたの。ノルヴァは大地の竜で、私が生まれたのと同じ頃に生まれたらしいわ。よく一緒に遊んでたのだけど、彼女はどんどん大きくなっていった。私は今よりずっと小さくて、彼女の背中で寝るのが好きだったの」
例えるならば、当時のセリヴァルは人間でいうところの五歳児程度の大きさだった。風の属性を持つセリヴァルは自由に空を飛び回れたが、ノルヴァの背中に乗るときは尻尾からよじ登ることを好んだ。
そうするたびに彼女が尾を揺らすので、それに振り回されることが楽しかったのだ。
「何百年かして、私が雷神アストラドに喧嘩を売ってしまって……。精霊の間では敵なしでも、相手は最強の神。当時は今よりずっと弱かったし、殺されかけてね」
「『神々がいた時代にボコボコにされた』って言ってたのって、それですか?」
うっ、と言葉に詰まる。
口元をもごつかせながら、ふいっと視線を逸らした。
「……他にもいるけど、その中の一人ね」
「セラさん、意外と喧嘩っ早いんですね」
「うるさいわねぇ……」
当時は本当に命知らずだったなと我ながら呆れてしまう。よく生きていられたものだが、殺されずに済んだのは単純に、神々にとっての当時のセリヴァルはそこまでかまってやるほどの相手ではなかっただけの話だ。
「とにかく、命からがらノルヴァのところに逃げたの。でも、たどり着いたときには力尽きて、もう死を待つだけの状態だったわ。全身を雷の刃に切り裂かれて、霊力もほぼ空っぽ。そんな私を見下ろして、ノルヴァがいきなり自分の尾を嚙み切って言ったのよ」
──どうせ死を待つだけなら、試してみないか?
思えばノルヴァは、ずっと以前からそうしようと思っていたのだろう。ただその結果がどうなるかが分からなかったから、言い出せずにいたのではないか。
死にかけのセリヴァルの姿が彼女にとっての僥倖だったのなら、皮肉極まりない。
「何のことかと思ったわ。問い返す気力もないままに、彼女が咀嚼した尾の肉を口に突っ込まれて……」
「それで受肉したんですか?」
「そういうこと。同じ大地の属性を持っていたこともあって、相性が良かったのでしょうね。だから私の肉体は竜肉でできてるってわけ。尻尾の一部だけどね」
ノルヴァの尾は好きだったが、まさか食わされるとは思ってもみなかった。
セリヴァルは当然彼女を責めた。
なぜこんなことをしたのかと。
再生力の高い竜ならば尾の再生は可能だったが、彼女にそれはもう不可能だったのだから。
「それからすぐに、ノルヴァは死んだわ。竜は寿命の長い生き物だけど、彼女は既に数百年生きていたからね。自分の死期を悟っていたからこそ、私に肉を与えたの」
どうせ死を待つだけなら。
それは、お互いに対しての言葉だった。
「命の尽きたドラゴンは大地に還る。大樹に成ったり、大きな岩に成ったり……。でも、ノルヴァはそれだけでは嫌だと言った。私を受肉させるだけじゃ満足できなかったみたいね」
彼女はどこまでも欲張りだった。
そして、共に育ったセリヴァルを深く愛してくれていた。
「自分の身体の一部を、私に持っていってほしいと頼んできたの。竜の肉体はあらゆる魔導具や装備の最高の素材になるから。きっと役に立つだろうって。私の生きる未来に自分を連れていけって」
あれがきっと、セリヴァルが永い人生の中で最初に受け取った願いだ。
姉妹同然の友が息を引き取ってすぐに、その肉体を解体しなければならなかったこちらの気持ちを考えろと、当時のセリヴァルは毒づいたものだ。
「それで革を……?」
「革だけじゃないわ。骨の一部も使っているし、杖の魔導石は彼女の心臓を石化させたものよ」
「えっ? だから扱いには気をつけろって言ったんですか?」
「そうよ。彼女の魂も一緒に入ってるから」
半ば冗談のように言ったあの言葉は噓ではなかった。随分昔に斧槍を奪われた際には、魔導石の魔力が暴走して盗人を自ら攻撃してしまったのだ。
スティルクならば武具を雑に扱うような男ではない。きっとノルヴァも気に入るだろうと思っていたのだが、当のスティルクは「最初に言ってほしかった」と不満げにしている。
「色んなものが詰まった武器だったんですね……。でもその割に手入れしてないし、セラさんが一番雑に扱ってませんか?」
「うっ……。手入れは苦手なのよ」
唇を尖らせるセリヴァルにスティルクがけらけらと笑う。
それにつられるように、セリヴァルも笑みを漏らした。




