第36話 セリヴァルの杖
◇◇◇
「そういえばセラさん。もし他にも手入れが必要な武器があるなら、ついでにやりますよ」
夕食を済ませると、スティルクが皿を片付けながら言った。
その言葉にもう一つの愛用の武器を思い起こす。
「う~ん……他に持ってるのは杖なのだけど……」
のんびり答えると、スティルクは不思議そうに首を傾げる。
「杖? さすがに魔導士の杖の手入れは無理ですけど……。そもそもセラさんって、魔法を使うときに杖使わなくないですか?」
彼がセリヴァルの魔法を見たのはこれまでに四回。ラーシュへの祝福、ソラリスフィオレの栞、山肌を揺らした花吹雪、そして試火の攻撃役。
そのどれにおいても、セリヴァルは杖を使ってはいなかった。
「杖はただの便利道具なだけで、なくても魔法は使えるのよ。自分の使いたい魔法に合わせて効率よく魔力を操作・使用できるのが魔導士の杖。だから、特に高い出力が必要だったり、複雑な魔法を使うとき以外は杖がなくても問題ないのよ」
そんな説明に、それまで我関せずで茶を啜っていたソルガンが口を挟んだ。
「真に受けるなよ、スティルク。理屈で言えば正しいが、それが可能な魔導士は滅多におらん。魔導士の杖は、いわば理との繋だ。水や草木に、火や大地に、己が意思を伝えて力を借りるためのな。対象に直接触れて肉体を操作する治癒魔法などならまだしも、セリヴァル殿が杖なしで魔法を行使できるのは、彼女が理側の存在であるために過ぎん」
つらつらと淀みなく言い連ねる。
当のセリヴァルでさえ「言われてみれば確かに」と思い直す。そもそも風と大地の属性を持つセリヴァルは、その二つであれば条件を満たすことで魔法を使わずとも操ることが可能だった。
しかしそれは最後の切り札であるため、口に出すことはない。
「へぇ……。あ。でも、手入れはできませんけど、セラさんの杖は見てみたいです。魔導士の杖って見たことないですし」
「ん? あー……、手入れ、ね。多分、あなたでもできると思うわよ?」
せっかくなのでそちらの方も任せて良いかもしれない。これまでまともに扱える人間はいなかったが、彼ならまぁ大丈夫だろうと雑に判断した。
「え? でも、魔導士の杖って普通、魔力が通る特殊な木とか魔導石を使ってるじゃないですか。僕は魔力ありませんし」
戸惑うスティルクにふふんと鼻を鳴らしてみせる。
ならば見せてやろうではないかと右手を横へと伸ばした。手のひらに魔力を集中させると、瞬時にそれが姿を現し、床にゴンッという重々しい音が響いた。
「これが私の杖よ」
「…………杖?」
さすがのスティルクでも驚いたらしい。黒瞳の視線がセリヴァルの手元から上へと流れ、そこからまた下へと往復している。
彼の瞳がなぞるのは、大型で重量感のある金属製の斧槍。巨大な斧部分が鈍く光を放ち、槍との境目には深紅の大きな魔導石が嵌められている。
ソルガンの口元がピクピクと引き攣る。
「どこが杖だ! 斧槍ではないか!」
「杖よ」
食い気味に反論し、胸を張る。
スティルクはまじまじと斧槍を眺め、呑気に漏らした。
「うわぁ……粉砕力高そうな杖ですね」
「でしょう? ふふっ。どうせ創るならただの便利道具じゃもったいないから、こうしちゃった」
「しかもよく見たら、柄も鋼一本じゃないですか。重そうだなぁ。絶対普通の人間向けじゃないですよね……。セラさん専用って感じです」
「私が自分用に創ったものだもの」
これを目の当たりにした大概の人間はソルガンと同じ反応をするのだが、やはりスティルクだけは見知らぬ玩具を見ているかのように目を輝かせている。
「僕、さすがにこれが相手ならあんまり勝てる気がしないんですけど……」
「馬鹿を言わないで。重量級の武器ではあなたの速度に追いつけないわ」
回転を乗せた威力ならばスティルクの膂力に勝ることができるかもしれないが、彼なら容易に避けるはずである。先の手合わせでも、彼がただの筋力馬鹿ではないことを改めて思い知らされたのだ。
この斧槍──もとい杖は、あくまでも多数を相手に力で押し切るときに使用するものだ。
「……まぁ、これなら確かに、魔導石以外の部分ならスティルクでも手入れは可能だな」
咳払いとともにソルガンが言った。刀と勝手は異なるが、同じ鋼の刃物であることに変わりはない。
スティルクも頷き、応える。
「双剣と合わせても二時間ぐらいでできると思いますよ」
「じゃあ、頼むわね。……そうだ。魔導石の扱いには気をつけてね。気難しい子で、気に入らない相手には魔力が暴発するから」
「暴発……?」
スティルクの顔が一瞬だけ強張るのを見て、セリヴァルは悪戯っぽく笑った。
「まぁ、あなたなら大丈夫よ。たぶん」
「たぶん? セラさん?」
抗議したそうな顔をしているが、ソルガンが追い払うように手を振り払う。
「ほれ、話しておらんでさっさと行け。夜が更けてしまう」
「……はーい」
養父の言うことならば素直に聞き入れるスティルクは、やや困った表情をしながらも肩に斧槍を担いだ。片腕で担いでしまう辺りはさすがである。
勝負には負けたが、スティルクを驚かせることができた。そんな面目躍如な気分で、セリヴァルはソルガンの家を後にした。




