第35話 鋼の衝突
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一通りの仕事を終え、セリヴァルとスティルクの手合わせは試火の広場で行われることとなった。
村の中ではそこが一番広かったからというのもあるが、打ち合うのは古の魔導士と人間離れした膂力の男なのだ。万が一のことを考えて人避けの結界を張る必要があり、この広場はそれが展開しやすかった。
ソルガンは危険だからと木剣を使わせたがっていたが、それでは双方の力に耐えられず一撃で折れてしまう。結局二人は互いの愛用する双剣と守光で打ち合うことになった。
剣の手入れは手合わせの後ということで話がついている。
距離を開け、向き合いながら剣を構える。
「セラさん、双剣なんですよね? どうして一本だけなんですか?」
蒼白い剣を眺め、スティルクは首を傾げる。
「……あなたが相手なら、この方がいいわ」
「ふぅん?」
セリヴァルは一歩前に出ると、一度目を伏せて小さく息を吸う。髪を結った首筋に冬の名残のような風が吹きつける。
目の前の青年は相変わらず朗らかな表情だが、セリヴァルは柄にもなく緊張していた。
剣を一本にしたのは、両手で全力を込めるためだ。片手でそれぞれを握る双剣では、速さで勝ってもスティルクの膂力に押し負ける恐れがあった。
あの人間離れした速さと筋力を持つ彼を相手に、油断は許されない。
「じゃあ、よろしくお願いします。セラさん」
「……えぇ」
ソルガンがスッと右手を上げる。
緊張が頂点に達し、広場を包む風が一瞬だけ静まった気がした。
「──始め!!」
合図の声が響いた刹那、二人の間に張り詰めた空気が弾けた。
次の瞬間、鋼がぶつかり合う甲高い音が試火の広場に響き渡る。
(さすがに速い!)
そしてやはり重い。人非ずの肉体を持つセリヴァルでさえ、全身の筋肉が軋んだ。剣を受ける腕も、踏ん張る脚も、それを支える腰も一瞬で悲鳴を上げている。
長いことは耐えられないと全力で弾き返し、さらに踏み込む。軽々と身を翻したスティルクは、突き込んだ一撃を容易く避けた。
滑らかで無駄のない動きだ。
微塵の隙もなく今度は脇腹へと刀が迫る。
「くっ!」
咄嗟に剣を振り下ろしてその攻撃を弾いたが、スティルクの勢いは止まらない。嵐のような攻撃が鋭い軌道を描き、猛烈な激しさで襲い来る。
(一撃一撃が重すぎる! これが本当に人間の力……!?)
受け切るので精一杯だ。やはり剣を一本にして正解だった。これは片腕ではとても耐えられない。
「やっぱりすごいですね。対価、これにして良かったなぁ」
奥歯を嚙み締めるセリヴァルに反してスティルクは楽しげに語りかける。腹立たしさに剣を振り上げると、スティルクは後方へ大きく跳躍し、間合いを取った。
「魔術師や魔導士は接近戦に弱いって、何かの書物で読んだんですけど」
「だから剣技を磨いたのよ。そうやって油断するやつの鼻っ柱をへし折ってやりたくてね」
豪語するセリヴァルの肩は大きく上下していた。対するスティルクは笑みを浮かべながらも、その眼光は捕食者の鋭さを帯びている。
「じゃあ全力でいきます。ちゃんと、受け止めてくださいね?」
その声が耳に届いた瞬間、彼の姿が消えた。かと思えば眼前に煌めく刃が振り下ろされ、本能的にそれを受け止める。
岩山でも降ってきているのかと思わんばかりの重さに圧倒され、視界が歪みかけた。
「──っふ、ぅ……!」
その威力に耐える両の足が石畳を踏み割り、大腿の血管がはち切れそうになる。
どこにもその力を受け流すことができず、じりじりと迫る刃をひたすらに押し返そうとしていると、スティルクの切先が急激にその軌道を変えた。
奔る鋼が鋭い角度でセリヴァルの剣を引っ掛け、その勢いのままに空中へと剣が弾き飛ばされる。
「決着、ですね」
冷静な声が耳朶を震わせ、喉元に刀の刃先が迫っていた。
セリヴァルが動けずにいると、彼はにこりと微笑んで刀を鞘へ収めた。
呆然としていたソルガンが慌てて右手を振り上げる。
「勝者、スティルク!」
わずかに呼吸を乱したスティルクが手を差し出してきた。
「ありがとうございました。セラさん、本当に強いですね。ここまで本気でやれたのが初めてなので、楽しかったですよ」
「……剣で負けたのは千年ぶりよ。もぅっ! つくづく規格外な人なんだから!!」
「あははっ。嬉しいなぁ」
悔しさで奥歯が軋み、握り返した手に思わず力を込めてしまう。
するとそれにもう片方の手を添え、スティルクがぽつりと呟いた。
「セラさんは、強いから安心しますね」
「……え?」
聞き逃してしまいそうなほどに、小さな声だった。唇にはいつもの笑みを浮かべながらも、彼の黒瞳には切なげな哀愁が見えた。
問い返す間もなく、スティルクは再び満悦の表情で踵を返す。
「もうすぐ日が暮れちゃいますね。手入れは夕餉の後に僕の家でもいいですか?」
「え、えぇ」
傾きかけた橙の陽光に照らされ、セリヴァルは広い背中に一抹の寂寞を見た気がした。




