第33話 相談事2
「あいつはガキの頃から明るくて、優しくて、よく笑うんだよ。晴れた空を指して、『ファイカンの色だ』ってな。その顔を見てると、こっちも自然と元気が出るんだ。俺は笑ってるフィヨルが好きだから、あいつにはずっと笑っていてほしいと思ってる」
子供の頃から変わらない妻の笑顔を思い起こし、無意識に頬が綻ぶ。
「そんで、あいつが一番、心から笑える相手が俺であってほしいと思うんだ。笑ってるときだけじゃなくて、しんどいときも、一番に思い浮かぶ顔が俺であってほしいな」
「一番?」
「おう。俺はあいつの、一番になりたかったんだ」
「……ふぅん」
考え込むように目を伏せるスティルクを見て、ふと、思い出した。昔、スティルクとフィヨルが似ているようで全く似ていないと思ったことを。
いつもにこにこしていることは一緒だが、スティルクに対してはフィヨルのような明るさと無邪気さを感じなかった。楽しそうにすることはあれど、その目にはいつも翳りがあったのだ。
だから、放っておけなかった。もっと泣いたり怒ったりしたらいいのにと、子供心に思っていたものだ。
「……で? それがどうした?」
「え?」
「気になるきっかけでもあったんじゃねぇのか?」
別に言いたくなければそれでもいいけど、と続ける。
スティルクは何やら悩みながらも口を開き、ぽつぽつと話し始めた。
どうにもセリヴァルに触れたくて仕方がないこと。
寝てみないかと誘ったけれど拒否されていること。
どうしても諦められないこと。
試しに彼女を思い浮かべて街の女性と寝ようとしたけれど、失敗したこと。
一つ一つを聞くごとにファイカンは口をあんぐりと開けていった。もはや絶句で言葉も出てこない。昨夜のことだという最後の話は普通に聞けばただのクズである。
おそらく彼の中では論理の通った行動だったのだろう。ただ少し──いや、実際は少しどころではないが、彼の倫理観というものが偏っているだけだ。
(悪気がないのは分かるけどよ……)
彼の女性関係のだらしなさは知っていたものの、身内以外にはとことん無関心だっただけらしい。恋文を押し付けられた彼の兄が全て破り捨てていたのは、やはり正しかったようだ。
可愛い弟をあんな女たちにくれてやれるかと憤っていたが、そんな心配は杞憂だったということだ。
「ソルガンさんに、『惚れてるのか』って訊かれたけど、僕にはその感覚が分からなくて……」
「マジか、お前」
色々と言いたいことは浮かんでくるが、少なくともスティルクは今、真剣に悩んでいて、だからこそ自分を頼ってきたのだと己に言い聞かせる。
誰かを頼るという概念を持たなかった男が、十二年の付き合いで初めて相談事をしてくれたのだから、応えてやりたい。
「……好いた惚れたの形は人それぞれなんじゃねぇの? 多少特殊でも、お前にはお前なりの愛情の形があるよ」
「僕なりの……愛情?」
敢えて「愛情」という言葉を使ったが、それを繰り返すスティルクの表情には、まだ理解しきれない迷いが残っている。
彼があの古の魔導士に向ける感情は、彼の養父の目から見ても明らかだったのだろう。
(それでも、ちゃんと自分で気付かねぇとな……。特に、こいつの場合は)
スティルクはまだ眉間に皺を寄せて唸っている。
その様子を見つめながら、ファイカンは思わず破顔した。
(本当に変わったなぁ、こいつ……)
不器用ながらにも真剣に向き合おうとしている姿に、どこか誇らしいような気持ちを抱く。
成長したものだなとしみじみしていると、不意にスティルクが顔を上げて扉へと視線を向けた。その一瞬あとに、扉が勢いよく開かれる。
「遅くなってごめんね、ファイカン。お昼ご飯……あれ? スティルク? 珍しいね」
柔らかな声と共に現れたのはフィヨルだった。
荒織りの長布で息子のラーシュを抱きかかえ、手には布に包まれた弁当を持っている。
スティルクは立ち上がり、フィヨルに向けてにこりと微笑んだ。
「ちょっとファイカンに相談があって……。もう済んだから大丈夫だよ」
「……相談?」
フィヨルが目を丸くした。戸惑うのは無理もない。彼女もまた、子供の頃からスティルクのことをよく知っている。
「じゃあね、ファイカン。聞いてくれてありがとう」
「おう。また何かあったらいつでも来いよ」
手を振り、スティルクはあっさりと鍛冶場を去っていった。その姿が完全に見えなくなると、歩み寄ってきたフィヨルが小さく呟く。
「驚いた……。スティルクが相談事だなんて……」
妻の手から弁当を受け取り、ファイカンは眉尻を下げて笑った。
「俺も驚いたよ。変わったよなぁ、あいつ」
「……ひょっとして、セリヴァル様のこと?」
的を射た問いについ言葉が詰まった。その反応にフィヨルはくすくすと笑う。
「意外と分かりやすいよねぇ、スティルクって」
「そ、そうか?」
フィヨルはぼんやりしているように見えて敏いところがある。ファイカンは具合を悪くしたときなども隠し通せた試しがない。
「いつもは分かりにくいよ? 昔っからにこにこしっぱなしで、優しいけど何考えてるか分からないなぁって思ってた。でも、セリヴァル様を見るスティルクの目は全然違うもの」
これが女の勘というものだろうか。妻はスティルクの感情にとっくに気づいていたらしい。
「でも、そっかぁ。あのスティルクが……」
ラーシュの小さな手が抱き布から伸びると、フィヨルはそれをそっと握り、目を細めた。
「嬉しいね? ファイカン」
「……そうだな」
そういえば以前、団子も好きになったと言っていた。
少しずつ心の内を明かし、悩み事まで相談してくれたことに胸が熱くなる。色々と問題はあるが、街での女性関係も清算したようなのでだいぶ成長したものだ。
妻と笑い合ったファイカンは友の恋路に幸あれと祈っていた。
第三章終了です。
明日から第四章に入ります。




