第32話 相談事1
◇◇◇
もう昼になるだろうかという頃合い。
ファイカンは自分の鍛冶場で小さな金の針を一心に削っていた。針の繊細な呼吸を読み、魔力を微量に流しながら尖端を整えていく。時折つまんで見上げ、形が歪んでいないかを確認しつつ、また削る。
黙々と作業を続けていると、表の戸ががらりと開いた。
「やぁ。お邪魔するね」
「おう! 珍しいな!」
姿を現したのはスティルクだった。
彼が自らここを訪れたのは、村に来訪した古の魔導士を案内してきたとき以来だ。それ以前も用事がない限り、彼が鍛冶場に顔を出すことは滅多にないことだった。
「……どうした?」
にこりといつもの笑みを返す黒瞳が、どこか翳りを帯びている気がした。
しかし問いには答えず、スティルクはファイカンの手元へと視線を落とす。
「今は何を創ってるの?」
「あぁ……これか?」
ひとまず針を置き、答える。
「探し物を見つける魔導具だ。量産ってほどじゃねぇけど、いくつか同じのを創る予定でな。一つ目はもう試火も終わってる。それが成功したから、同じやり方であと最低三つだ」
必要とされる命力が小さいものなので、今回の魔導具の試火にスティルクは関わっていない。村で創られる魔導具のことは総て知りたがるので、あとで見せようとは思っていたのだが。
「命力を込めて、探したい物を思い浮かべると、その方向を指す仕組みだ。直接指すこともできるし、応用すれば地図上でも使える」
完成品を差し出すと、スティルクはまじまじとそれを見つめた。
金色に輝く円形の皿の中央に、小さな紅玉のような深紅の宝石が嵌められ、その上に金の針が浮いている。
試しに命力を込めてみたらしく、針がくるりと動いた。
「へぇ……便利だね」
感心したように言いながらも、その声にはいつもの軽やかさがない。
やはり様子がおかしい。
ファイカンは作業台に広がる創りかけの部品や工具を雑に端へ寄せると、予備の椅子を置いてスティルクに座るよう促した。棚から湯呑を取り出し、竹筒の水筒から茶を注ぐ。
「……何かあったか?」
「え?」
目を丸くして顔を上げたスティルクに湯呑を差し出す。
「珍しく元気ねぇじゃん」
「……そう見える?」
「見える」
断言しながらも、彼が元気いっぱいな様子をしていることもそう多くはなかったかなと思い出す。常日頃からにこやかな笑みを浮かべる男だが、あまり活発な性格ではない。
村の子供たちと遊んでやっているときでさえ、相手に合わせて明るく振る舞っているだけだということは長い付き合いで分かっていることだ。
「お前がここに来ること自体、珍しいだろ。どうした?」
問い直してみると、スティルクは言葉を探すように唸った。
しばらく沈黙し、ようやく口を開く。
「……ファイカンさ」
「おう」
彼が何かを言いにくそうにする姿など、いっそう貴重な気がした。
落ち着いて聞いてやるかと頬杖をつき、湯呑を口にする。
しかし、
「子供の頃、『フィヨルは俺のだから手を出すな』って言ってたよね?」
「ぶふぉあっ!」
口に含んだ茶を盛大に吹き出してしまった。
スティルクは見事な反射神経でそれを避けている。
顔中が熱くなるのを感じながら、ファイカンは平常心を取り戻すべく咳き込む胸を押さえる。
「お、前……っ! 急に何!?」
「ね? 言ってたよね? 覚えてる?」
「覚えてるけどよ! 手ぇ出すなとか……ガキが何言ってんだって話じゃねぇか、昔の俺……」
恥辱に震え、思わず両手で顔を覆い、天井を仰ぐ。
当時のことはよく覚えている。
突如一族に仲間入りしたという少年が愛くるしい顔立ちで、フィヨルも嬉しそうにしていたのが腹立たしかったのだ。後にこっそり訊いてみると、単に歳の近い友達が増えることが嬉しかったのだと彼女は言っていたが。
「僕、そのときは何を言われてるのかよく分かってなくてさ」
「……だろうな。今聞かされた俺もよく分かんねぇよ……」
「殴るなとか、そういう意味だと思ってた」
十二年越しに知る真実である。
まさかそのような勘違いをしていたとはと思うが、同時に彼の身体に残される大量の傷痕が思い起こされる。明らかに人為的で、悪意を持って刻まれた痛みを思えば、幼かった彼が「手を出す」の意味をはき違えていたことも納得できる。
「僕に手を出してほしくなかったってことは、ファイカンは子供の頃から、フィヨルに惚れてたってことだよね?」
「…………」
言葉を失ってしまい、ファイカンはぽかんと口を開けた。
ようやく彼が訪ねてきた理由が分かったのだ。まさかこの幼馴染からその手のことを相談されるとは思ってもみなかった。
「会うたび何度も言ってたもんね?」
「……それ以上恥ずかしい過去をほじくり返さないでもらえるか。お前、相談すんの下手過ぎねぇ?」
がっくりと項垂れるファイカンにかまわず、スティルクは真っ直ぐにこちらを見据えて追撃をかけてくる。
「どうなの?」
「……そうだな。昔っから惚れてたよ」
観念して答えると、スティルクは困ったような表情で首を傾げた。
「……それってさ、どういう感覚なの?」
「どういうって……あぁ、なるほどね。そういうことか」
他人の顔色や空気には極めて敏感だというのに、己のことには随分と疎いらしい。相手は一人しか思い浮かばないが、とっくに自覚しているものだと思っていた。
あまりに不器用な幼馴染にどう伝えれば良いものかとファイカンは頭を悩ませた。




