第2話 祝福の加護
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村の家々や鍛冶場をいくつか回りながら、スティルクが幾人かの者たちを次々と紹介していく。セリヴァルが最後にここを訪れた十八年前以降に生まれた子供や、その当時はまだ幼く記憶にないであろう若者たちだ。
ソルガンと同じように多少の老いを感じる者もいれば、幼い頃の面影を残す若い者もいる。
悠久の刻を生きる存在のセリヴァルは年月の流れに鈍感だったが、こうして久々の面々に会うと、さすがに時の経過というものを感じる。
「──彼がファイカンです。セラさんは、ファイカンとは会ったことがあるんですよね?」
嫌だと言ったはずなのに、スティルクはセリヴァルの呼び名を変えるつもりはないらしい。こだわるようなことでもないので仕方なく受け入れることにする。
スティルクが鍛冶場の一つで紹介した男は、黒髪に黒い瞳の多いエルディンガル一族には珍しい、金糸の髪に青い瞳の若い男だった。歳はスティルクに近いようで、二十代前半に見える。
十八年前の一族に金髪碧眼の人間は、幼い子供が一人いただけだったように記憶している。
「お久しぶりです、セリヴァル様! 俺は十八年前にあなたに祝福をいただいた子供です!」
気持ちが良いほど快活な口調の男だ。スティルクと同程度の長身を見上げると、日差しを跳ね返すような金糸の髪が輝いていた。
「あぁ……。ここでは珍しい金の髪だったから覚えてるわ。……加護は切れてるみたいだけど、何かあったの?」
「やっぱり、分かるもんなんですねぇ」
眉尻を下げた笑顔でファイカンが頬をかく。セリヴァルが与える祝福は子供に対してのみという制限はあるが、一度だけその命を守る加護の効果があった。
一族の村を訪れるたびに、その代の長から子供の人数分の対価を受け取り、精霊の祝福を与える。それがセリヴァルと一族の間に交わされた唯一の願いの契約だった。
祝福を受けた子供にはセリヴァルの力の痕跡が残るのだが、彼にはそれがない。
「実は八歳の頃に大病しまして……。何日も熱が引かずに寝込みましたが、無事に峠を越えられたのはあなたの加護のおかげだと、母が何度も言っていました」
「そう。良かったわね」
にこりと微笑むセリヴァルに、ファイカンは満面の笑みで続ける。
「俺が祝福をいただいたのは四つの頃でしたが、今でもはっきり覚えていますよ」
「僕にも話してくれたことがあったよね」
スティルクの言葉にファイカンが頷く。
「美しい人が額にキスをくれて、温かい光に包まれた輝かしい奇跡の光景……。忘れられるもんじゃねぇからな」
さらに続けられた話によると、二年前に結婚したファイカンには数カ月前に子供が生まれたらしい。生きて妻と結ばれ、我が子に出会えて良かったと彼は目を細めて笑い、声を弾ませた。
「それなら、あなたの子にも祝福を」
「本当ですか!?」
微笑んでこくりと頷けば、ファイカンは拳を握りしめて感嘆の声を上げた。その傍でスティルクがきょとんとした目で首を傾げている。
「そんなに嬉しいものなの?」
「当たり前だ! 古の魔導士様のお力で我が子を護っていただけるんだぞ!」
カッと目を見開いて力強く答える友人に、スティルクはなおも不思議そうな表情を浮かべている。
(スティルクは孤児だったとソルガンが言っていたわね……)
村に来る前の彼のことは不明だが、親が子に向ける愛情というものが彼には理解しづらいのかもしれない。
かくいうセリヴァルも子を産んだことはなく、親という存在もないので彼の気持ちも分かるのだが──。
弾んだ足取りのファイカンの後に続き、三人は彼の自宅へと向かう。
小さな家屋の扉を開けたファイカンが明るい声を上げた。
「フィヨル! セリヴァル様が来てくださったぞ!」
奥からパタパタと足音が聞こえ、小さな赤ん坊を抱えた若い女性が出てきた。濃い赤茶の髪を肩口で揺らすその女性には、セリヴァルもうっすら覚えがあった。
確か十八年前も、ファイカンとよく遊んでいた少女ではなかっただろうか。くりっとした目が可愛らしく、どことなく以前の面影が残っている。
「セリヴァル様……?」
「こんにちは、フィヨル」
彼女の方には、まだセリヴァルが与えた祝福の気配が残っていた。
手短に挨拶を済ませると、ファイカンが妻の手から赤子を抱き上げる。
「ラーシュにも祝福を与えてくださるそうだ。こんなにありがたいことはないな。俺たちは本当に運が良かった」
「本当に……?」
ぱちぱちと目を瞬かせるフィヨルにセリヴァルは微笑んで頷いた。
セリヴァルが村を訪れるのは気まぐれだ。一定の年齢を超えてしまえば与えられない祝福は、全ての子供が平等に受けられるわけではなかった。
「あ、ありがとうございます……!」
「セリヴァル様。こちらが、俺たちの息子のラーシュです」
フィヨルが声を震わせ、ファイカンがそっと赤子を差し出した。
柔らかな布に包まれた赤ん坊を慎重に受け取ると、小さな手がセリヴァルの顔へと伸ばされる。まだまだ弱々しさを漂わせる赤ん坊は、好奇心に満ちた瞳でセリヴァルを見つめていた。
その無垢な瞳に微笑みかけながら、セリヴァルはその額へそっと唇を近づけ、淡い口づけを落とした。
セリヴァルの唇が小さな額に触れたその瞬間──ふわりと光が溢れ、花びらのように柔らかく赤ん坊を包み込んだ。
その光は絹のベールを思わせるしなやかさで、ゆらめきながらも温かく広がっていく。口づけを受けた赤ん坊のラーシュは不思議そうにまばたきを繰り返し、やがて心地良さにまどろむようにふにゃりと瞼を閉じた。
「すっ……げぇ。女神様みたいだ……」
ファイカンが感嘆の声を漏らし、その隣ではフィヨルが呆然としながらも涙を滲ませている。
徐々に光が薄らいでいき、唇に弧を描いたセリヴァルがふっくらとしたラーシュの頬を撫でた。
「はい、おしまい」
「ありがとうございます、セリヴァル様!」
すっかり寝息を立てている息子を受け取ると、ファイカン夫妻は潤んだ瞳で何度も頭を下げた。それを一歩外から眺めていたスティルクが小さく呟く。
「……いいなぁ。なんだかここが、苦しくなりました。なんだろう……」
首を傾げながら、心臓の位置でぐっと拳を握りしめている。
彼が羨むとは意外だった。その傍に歩み寄り、セリヴァルは答える。
「残念ながら、祝福を受けられるのは子供だけよ」
まだ知識・経験に乏しく、邪気を持たない状態でないとその魂まで祝福が届かないからと説明すると、スティルクは残念そうに眉尻を下げて苦笑した。
「僕が子供の頃に、セラさんに会っていたら……」
小さく呟く声はセリヴァルの耳にしか届かなかったようだ。ファイカンは相変わらず小さな我が子を抱き上げ、妻と喜び合っている。
遠い記憶に想いを馳せるような黒瞳を見据え、セリヴァルは言った。
「たぶんあなたには、必要ないわ」
スティルクの表情から初めて笑みが消え、彼は目を見開いた。
「それってどういう……」
「本当にありがとうございます、セリヴァル様!」
言いかけたそれをファイカンの声が遮った。スティルクは言葉を呑み込み、瞬時に元の笑みを浮かべる。
「良かったね、ファイカン」
「あぁ!」
若い夫婦は祝福を受けた小さな息子を見つめ、感動に包まれたように笑い合っている。ファイカンが赤ん坊を優しく揺らし、フィヨルが嬉しそうに寄り添う中で、その空間は紛れもない幸福に満ちていた。
友の喜びに同調する笑みでそれを見守るスティルクの表情は穏やかだが、瞳の奥に暗い翳りが刹那に浮かんだ。
新月の夜闇のように、遠くから眺めることはできても触れられない深淵。
(あぁ……この子はやっぱり……)
エルディンガル一族のほとんどが持っている黒瞳。そのどれとも異なる漆黒の色。
このような目をする人間には、過去にも幾度となく会ったことがある。深い闇を湛える瞳に共通する生き様を想い、セリヴァルの胸が小さく痛んだ。




