第25話 ソルガンの依頼
◇◇◇
「試火?」
「あぁ。あんたも知っているだろう?」
ある日の昼、セリヴァルはソルガンの家で昼食を食べながら彼の話を聞いていた。
(それにしてもお箸って使いにくい……)
エルディンガルの村に滞在して一カ月近く経つが、二本の棒を使用しての食事には未だに悪戦苦闘している。幾度となくこの村に来訪してもいるが、そのたびに間が十数年、あるいは数十年開いてしまうので慣れることができないのだ。
好物の魚がおかずだというのに、身がうまく掴めずに苛々してしまう。
「聞いた覚えはあるけれど……何だったかしら?」
「試火の場に立ち会ったことはなかったのか?」
「あったような……なかったような……」
耳だけは傾けながらも、意識は箸の間でぼろぼろと崩れ落ちる魚へと向いている。
とうに食事を終えたソルガンは頬杖をつき、あからさまなため息をついた。
「はぁ……完成した魔導具の実用試験だよ」
ソルガンが説明を始めたので、セリヴァルは仕方なく一旦箸を止めた。
エルディンガル一族が魔導具を作製するとき、その出来栄えを測る試験は二度行われる。
ある程度形になったときに一度、そこでの結果によって魔力調整などを行いながら作製を続け、完成後にもう一度、最終的な出来栄え試験を行うのだ。
その最終試験のことを、エルディンガルでは「試火」と呼んでいる。
──と、いう話だった。
ちなみに、かつてスティルクがいくつもの魔導具を破壊してしまったのも、この試火のときだったらしい。
「で? その試火がどうかしたの?」
「んむ。リンガとその娘のルイカが創っていた外套が完成してな。今日そのための試火を行うんだ」
その名を聞き、ふとスティルクと一緒に街に下りたときのことを思い出す。
「そういえば、スティルクに糸の買い出しを頼んでいたのよね? あの糸を使っているの?」
「あれは今回完成したものとは別件だ」
「ふぅん……。で、そのリンガの外套が何?」
再び箸をぷるぷると震わせながら魚を口に運ぶ。試火が今日行われるなら、せっかくだから見学しておこうかという程度にしか考えていなかった。
今は目の前の食事の方が大事である。塩味がほど良く、大変美味なのだ。ソルガンは存外料理上手だったらしい。
身がふっくらと焼けているせいで箸で掴む難易度も上がっているのだが。
「衣類においてのリンガ母娘の腕前は儂をも凌ぐほどなのだ。その二人が創った外套をきちんと精査するには、それなりの攻撃力を持つものでなければならん。今の村にそれが可能なのは、スティルクしかおらんのだ」
「……でもスティルクが攻撃役にまわると、今度は外套の力を最大限に発揮できる人間がいない、ってわけね」
「その通りだ」
せっかく大きく身がほぐせたのに取りこぼしてしまった。
しかしながら、話半分に聞いてはいたがようやく彼の言いたいことが理解できた。
つまりは、セリヴァルに試火の攻撃役になってほしいというわけだ。その程度なら願いの範疇に含めなくても良いのだが、魔法を使う以上は無償で受けてやるほど太っ腹ではない。
「対価が……」
「よし来た!」
まだ引き受けるとは言っていないのだが、ソルガンは意気揚々と台所へ向かった。そしてすぐに、一つの麻袋を手に戻ってくる。
それを勢いよく差し出され、セリヴァルは思わず首を傾げた。
何なのかと慎重に包みを開けてみると、中には丸くてふっくらとした栗色の何かが数個。
「この饅頭は絶品なんだ!」
「まんじゅう……? ……まんじゅう?」
聞きなれない単語だが、ソルガンは得意げに頷く。
「そうだ。腕の確かな菓子屋が作ったものでな、麓の街では一番美味いと評判だ」
「ふぅん……」
饅頭とやらをひとつ手に取り、じっと眺める。
香ばしさの中に甘さが交じる匂いに、蒸しパンのような妙な弾力だ。
スティルクが買ってくれた団子もそうだったが、東方には見慣れぬ菓子が色々とあるものだ。永く生きている分、未知の甘味には惹かれてしまう。
「でも、街に行けば買えるんでしょう?」
「いやいや、特別な一品なんだ!」
前のめりになったソルガンがさらにたたみかける。
「開店から二時間で売り切れてしまうほどの特別な饅頭だ! 日の出前から並び、寒さに震えながらようやく手に入れた!」
「いつの間に……」
どうやら朝に弱いセリヴァルが眠っている間に、彼はこっそり出かけていたらしい。一族の長が一体何をしているのか。
しかしながらこの菓子は魅惑的である。
「……まぁ、対価さえあれば私は構わないし。引き受けてあげるわ」
と、素っ気なく言いつつもつい目を輝かせてしまう。今にもかぶりつかんとしていると、素早い動きでそれを取り上げられた。
「菓子は飯のあとだ! まだ食いきっとらんだろうが!」
「そんなぁ!」
「飯のあとにくれてやる!」
散々欲を煽っておいて非道な話だ。
魚は魚で美味いが、味見ぐらいいいではないかとセリヴァルはごねた。
「これだけ誘惑しておいてひどいわ! ソルガンのいけず!」
「人聞きの悪いことを! 少しくらい我慢できんのか!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていると、次の瞬間、玄関戸が開いた。
目を丸くして顔を覗かせたのはスティルクである。
「……ソルガンさん、セラさんを誘惑したんですか?」
「おい待て、スティルク。何か誤解……」
「そうなのよ! ソルガンったら、私を焦らして生殺しにしようとするの!」
「話をややこしくするな!」
慌てて弁明しようとするソルガン。
ここぞとばかりに捏ねまわそうとするセリヴァル。
なぜかずずいっと寄ってきてしまったスティルク。
そして、
「……セラさん。僕との約束が先です」
圧が強い。
菓子を取り上げられた仕返しにちょっとソルガンを困らせてやろうと思ったセリヴァルだったが、やり方を間違えたと悟った。
想定外の矛先を向けられ、視線が明後日の方向を向いてしまう。
結局、わざと蒔いた誤解の種は自ら回収する羽目になり、ついでにスティルクの黒瞳の圧に耐えながらセリヴァルは食事を片付けることとなった。




