第21話 お守り
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皆が寝静まった頃合いの夜のしじま、スティルクは家の裏にある鍛冶場へと足を向けた。窓から漏れ出る光と人の気配が、目的の人物がそこにいるであろうことを示している。
ひょっこりと顔を覗かせると、はたして彼はそこにいた。作業台に向かい、険しい表情で青い水晶の欠片を転がしている。
「ソルガンさん」
「ぅおっ!」
飛び上がったソルガンが胸を押さえながら振り向いた。随分と驚かせてしまったようだ。
「……スティルクか。お前は本当に静かに歩くなぁ……。眠れないのか?」
「びっくりさせちゃってごめんなさい。訊きたいことがあって……」
歩み寄ると、作業台には水晶の欠片の他に、何やら古くて大きな書面が見えた。読める単語を拾っていくと、どうやら水晶についての記録らしいことが分かった。
「あ……」
自分が壊してしまったからだと悟り、つい視線を伏せる。
気まずさを察したのか、ソルガンは「あぁ」と呟いた。
「これのことはもう気にするな」
「……直るんですか?」
「直せはしないが、欠片があればまた育てられる。今はその設計書を調べていたところだ。この水晶は何代か前の長が創ったものでな。魔導具……というより、魔鉱石の一種なんだよ」
魔鉱石とは、魔力を蓄える性質を持つ石の総称だと、少し前にフレイナに教わった記憶がある。
「これは内側に溜めた魔力が、注がれた命力に対して反応を示すように創られているんだよ。構成も難しいものではないから、次に必要になる頃には石も育っているだろうさ」
そう言って、ソルガンはくしゃりとスティルクの頭を撫でる。
大きな手の重みを感じながら、スティルクは彼を見上げた。
「ソルガンさんは、どうして僕の命力を測ろうと思ったんですか?」
一つしか歳の違わないファイカンやフィヨルと出会って、スティルクは自分の身体が随分小さいのだと知った。そのとき、年齢を明かしたときのソルガンの反応の意味が、初めて分かった。
本来なら身体が十分に育つまで使用されないはずの、命力測定用の水晶。
同じ年頃の子供と比べても、体格の小さいスティルクには、不適格な代物だったはずなのだ。
破壊してしまうまでは想定外だったかもしれないが、スティルクには彼が何かに勘付いていたとしか思えなかった。
「……スティルク。お前、儂と初めて会ったときのことを覚えているか?」
「え……」
正直、そのときのことは曖昧で、おぼろげにしか覚えていなかった。意識が朦朧としていて、気を保つのに精一杯だったのだ。
必死に記憶を呼び起こそうとしていると、低い声が囁くように告げる。
「儂がお前に声をかけて、目が合った。そのとき、凄まじい眼で睨みつけられてなぁ……」
「えっ、あの……、え?」
言われてみればそうだったような気がして、背中に汗が流れ始めた。
ソルガンの言葉に刺激されたように、脳裏にその瞬間の光景が蘇る。
──おい! そこのお前! こんなところで、子供が一人で何をしているんだ!
そう言われ、怪しまれたと思ったのだ。深い森の中で遭遇した相手を、それまでと同じように敵だと判断してしまった。
薄れる意識を奮い立たせて、目の前の人間を睨み据えた。
──お前……何だその恰好は! 大丈夫か!? 怪我をしているのか!?
直後にかけられた言葉がこちらを案じるものだったから、踏み込もうとしていた足を止めた。あれが一瞬遅かったなら、あるいは気絶寸前の状態じゃなかったなら──。
「あの瞬間のお前の眼光があまりの気迫だったんでな。気力の強い子だと思ったんだよ」
ただの思い出を語るような、穏やかな口調だった。
だがそれでも、スティルクは確信した。
(ソルガンさんは……全部、気づいてる……)
向けられた瞳の意味を。
刀を握る手に力を込めた意味を。
そしてその刀が、何をしてきたものなのかを。
「あ……の、その……」
言葉が出なかった。
真っ直ぐに見据えてくる瞳を、ごまかせる気がしなかった。
ソルガンは真正面に腰をかがめると、目線を合わせてスティルクの両手をそっと握りしめた。
「あのときお前が持っていた刀だが……」
ビクリと肩が跳ねた。
そのことを尋ねにきたのに、口にしてほしくない思いでいっぱいになる。
「刃こぼれもひどかったし、もう使用できそうにないから処分しようかと思っているのだが、かまわないか?」
「……ソルガンさんが、持ってるんですか?」
唇が震え、掠れた声を絞り出す。
問い返すスティルクに、ソルガンは苦しげに目を細めた。
「一応な。麻袋にくるんで隠してある。……できればあれは、皆には見せたくないんだ」
おびただしい血痕のことを言っているのだろう。
スティルクにとってもあれは、他の誰にも見られたくないものだった。
それでもと、スティルクは懇願するように見据え返す。
「あれ……は、おまもり、だから……」
「お守り?」
「……刀が、僕を……まもってくれたから……」
だから手放したくないのだと訴える。
恐怖の対象だった刀が、唯一この身を護ってくれたものだった。
思い出すたびにそれが手元にないことが心細くて、胸がそわそわしてしまう。
「……そうか。お守り、か。それは、あの刀でなければだめか?」
「え?」
問われた意味が分からずに目を丸くすると、ソルガンはさらに続けた。
「あれでなくとも良いのなら、儂が新しいものを打ってやる。ただし、お前が成長し、きちんと扱えるようになるまでそれを抜くことは許さん。……どうだ?」
「……本当に?」
言われてみれば、あの刀自体には思い入れなどない。
なぜかあの家に飾られていただけの代物だ。
安心材料としての刀を手にできるのなら、スティルクにとっては何でも良かった。
「儂はこれでもエルディンガル一族の長だ。それなりのものを打ってやる」
言葉に込められた頼もしさに、ホッと肩の力が抜ける。
また刀を手にできるのだと、期待で胸が満ちていく。
「ありがとうございます、ソルガンさん」
スティルクは生まれて初めて、心から喜びの笑顔を浮かべた。
それに複雑そうな表情をしながらも、ソルガンは優しくスティルクの頭を撫でたのだった。




