第19話 スティルクの命力
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山奥の僻地に暮らす小さな一族は、皆が穏やかな気質で、ソルガン一家以外の者たちもスティルクに優しく接してくれた。
大人が子供を助けるのは当然の摂理。
一族の長であるソルガンが言っていた通り、村の大人たちは分け隔てなく子供たちを可愛がり、叱り、手を差し伸べるのだ。
そんな一族の生業と、命力や魔力、魔術師や魔導士などの魔導の知識もスティルクは徐々に教わるようになっていった。
「いいかい? スティルク。手に意識を集中させるんだ。血の流れや触感をイメージして……」
フレイナの正面に正座し、スティルクは目を閉じている。居間に集合した一家は二人を見守り、静寂の空間では、時折囲炉裏の薪がパチパチと弾ける音が耳に届く。
「手のひらを、上に向けて」
言われた通りにすると、フレイナがそこに己の手を乗せた。それがそっと離れたかと思うと、淡い温もりがふわりと手のひらをくすぐる。
寒い冬の日に、一人火鉢で暖を取っていたときのように、胸が安らぐような温かさだ。
「これが私の魔力。……分かるかい?」
エルディンガルの村に来てから、常にうっすらと感じられていた気配だ。異質であると分かるのに、肌が粟立つような感覚はしない。
嫌なものではないと感じていたからさほど警戒していなかったが、これが魔力というものだったのか。
「……はい。温かい何かが、手の上でゆらゆらしている感じがします」
エルディンガル一族はこれと同じ気配がする者が大半だったが、中にはそれが感じられない者もいる。以前暮らしていた村でも、同じ気配の人間はいなかった。
どうやら魔力というものは、持つ者と持たざる者がいるらしい。
「……うん、いいね。才能がありそうだ。目を開けていいよ」
瞼を開くと、ぽわぽわとした光が見えた気がした。互いの手のひらの間で揺らめくそれが、魔力を練ったものだとフレイナは言う。
「じゃあ、測ってみようかね」
言いながら、フレイナは傍らに置いていた台座を手にした。両手で持ち上げられる程度の大きさの台座には、大きな白い水晶が輝いている。
(なんか……水晶の鉢植えみたいだ)
ただ台座に乗せられているだけのものには見えないが、その根元がどうなっているのかはよく分からない。
それをスティルクの正面に置くと、フレイナは言った。
「潜在魔力を測るためのものだよ。手をかざして、同じように意識を集中させて。自分の手から、さっきのゆらめきを水晶に伝えるイメージで……」
「……はい」
頷き、再び目を閉じる。そして言われるままに手の感覚を集中させ、静かにイメージを描いてみた。
──しかし、特に何も変化は訪れない。
「おや? 反応しないね……。魔力を感知できるなら、自分も魔力を持っているものなんだけど……」
目を開けると、フレイナが困惑した様子で首を傾げていた。
「すみません……」
期待に応えられないことに焦りが生まれる。
フレイナや周囲の魔力の気配は確実に感じられているのに、自分のこととなると注ぎ方が分からない。
(どうしよう……どうしたらいい? どうすればがっかりされない?)
焦燥に狼狽えていると、低く落ち着いた声が割って入ってきた。
「今度はこっちでやってみろ」
見ると、ソルガンが青く透き通る水晶を差し出していた。台座は目の前にあるものと同じだが、水晶の方は空を映した湖畔のような色をしている。
「あなた。こっちは命力を測るやつじゃないの。この子に命力はまだ……」
「いいから」
短い言葉が遮る。
シグルフとアストリアは口を閉ざしたまま不安げな瞳で見守っていた。普段は騒がしい二人だが、そこはさすがに長の子たちである。今はそうしていい場ではないと理解しているようだった。
フレイナは仕方ないとばかりに肩をすくめる。
「命力については覚えているかい?」
「えっと……一人ひとりが持つ気力、体力、生命力を総合した力……だったかと」
前の日に教わったばかりの知識を思い出す。
エルディンガルの魔導具は命力を動力源とするが、魔力を持つ人間──特に魔術師や魔導士はそれらを魔力と共に消費してしまうため、一族の魔導具は使用できない。
だったはずである。
何度も頭で反芻したから、間違えてはいないはずだ。
「そう。きちんと覚えているね」
満足げに頷くフレイナに安堵した。まだ文字を覚え始めたばかりのスティルクでは、書いて覚えたり、書物を読んで反復することが難しかった。
それでも、必要な情報を焼き付けるように記憶することはできる。スティルクが身に着けた生存術の一つでもあった。
「フレイナさんたちでも、一族の魔導具は使えないんですか?」
「私たちは創るだけ。創った魔導具の動作試験は別の、魔力を持たない人が行うの。この水晶は、試験を行う人の命力の強弱を測るためのものなんだよ」
青い水晶が正面に差し出される。
未成熟な子供のうちでは命力も育っていないため、本来なら身体が十分に成長してから使うものなのだとフレイナは続けた。
ソルガンは無言のまま頬杖をついてこちらを見つめている。
「ま、減るもんじゃなし。やるだけやってみなさい」
「……はい」
やり方は同じだと言われ、背すじを伸ばして再び両手をかざし、目を閉じる。
そのとき、はたと気づいた。
(もしかして、あのときと同じ感じにすればいいのかな……?)
手だけではなく、全身に意識を集中させる。己の呼吸に耳を澄ませ、鼓動の動きを感じ、筋肉の収縮と血の巡りを追っていく。
あの日、あの夜──全身の筋力と五感を底上げした力の流れ。
(あぁ……これだ。この揺らめきが、僕の命力ってやつなんだ……)
今ならばはっきりと分かる。
自分に魔力はない。彼らと同じ力の気配が、この身体には感じられない。
代わりに巡る力の奔流が、身体の隅々にまで行き届いている。
(……これなら、使える)
薄く目を開け、水晶を見据える。
要は、この力を手のひらに集めるように流せば良いのだ。全身に満遍なく巡らせるよりも余程容易い。
着物の袖口がゆらりとなびき、水晶の青い輝きが一気に鮮明さを増した。
「……え? スティルク……、あなた……」
呟かれたフレイナの声は、スティルクの耳には届いていなかった。
この水晶が命力の強弱を測るためのものならば、全力を注ぐべきなのではないのかと。スティルクの思考はただひたすらに、与えられる期待に応えようとしていたのだ。
この力が彼らにとって利用価値のあるものならば、この先も村にいていい理由が作れる。
その想いに終始した結果──、
ビシッ!
と、鋭い音を響かせ、水晶に亀裂が入った。




