第17話 新たな兄姉
◇◇◇
「いっちにー、いっちにー……」
アストリアがスティルクの両手を取り、ゆっくりと歩を進める。スティルクの背後にはシグルフが両腕を軽く広げ、いつ後ろに倒れ込んでもいいように準備をしていた。
「だいぶ歩けるようになったね、スティルク。疲れてない?」
「大丈夫……です」
微笑みながら、答える。
体力こそは回復してきたものの、歩くことはままならなかったスティルクのために、二人は率先して機能回復訓練に付き合ってくれた。
彼らに触れられる分には、身体が強張ることも少なくなってきた。どれだけ顔色を窺おうとも、どれだけ壁越しに耳をそばだてようとも、彼らには邪気一つ感じられないのだ。
スティルクの聴覚が極めて優れていることを知らない彼らが、こっそりと話していたことといえば、
「ねぇ、兄さま。スティルクって女の子みたいに可愛いよね」
「おー。お前より可愛いんじゃね?」
「むぅ! でもそうなの! きっと村一番の美男子になるよ!」
「お前、将来嫌な小姑ってやつになるなよ……」
で、ある。
これを聞いたスティルクの脳内には疑問符しか出てこなかった。
攻撃性など皆無の二人は、純粋にスティルクの回復を望んでくれていた。
「ありがとうございます、アストリアさん……」
遠慮がちに呼びかけると、アストリアはぷぅっと頬を膨らませた。
「やめてよ、そんな呼び方。たにんぎょーぎってやつじゃん。その話し方もだめ!」
「え……」
初めて口にされた不満に焦りが生まれる。
どうすれば良いのかと戸惑うスティルクを余所に、アストリアはわくわくしたように目を輝かせた。
「お姉ちゃんって呼んでよ、スティルク。姉さまでも姉さんでもいいよ~」
そこへすかさずシグルフが口を挟む。
「おい! お前ばっかりずるいぞ! 俺のことは兄ちゃんでも兄貴でもいいぞ、スティルク!」
「えっ? えぇっと……」
スティルクにとっての兄と姉というものは、良いものなどでは決してない。だが彼らはスティルクの知る「弟」とは異なる意味で接してくれている。
自分の中でも、元の認識とは異なる意味で彼らを扱うべきなのかもしれない。
彼らの言う「家族」との接し方はまだ分からないが、望みに応えることは間違いではないだろう。
思い悩みながらもそう結論付けたスティルクは、ためらいながらも口を開いた。
「えっと……アストリア姉さん……と、シグルフ兄さん……?」
その瞬間、アストリアはやはり歓声を上げて両腕を広げ、ガバッとスティルクに抱きつく。
「きゃーっ! スティルクが姉さんって呼んでくれたー!」
「わわっ……」
勢いのままに後ろに転びそうになるのを、シグルフが咄嗟に受け止める。
「アストリア! お前、テンション上がり過ぎ! スティルクが転んじまうだろ?」
「えへへへへ。嬉しくってぇ」
薄紅に染まる頬をすり寄せられ、困ってしまう。
(この人は抱きつく癖でもあるのかな……)
これが好意であることは分かってきたので、とりあえずされるがままにはなっているのだが、はたして抱き返した方が良いのかが悩ましい。
シグルフの方はこれほどまでには接触してこないものの、よく豪快に頭を撫でてくる。その仕草は、ソルガンのそれにも似ていた。
フレイナはといえば、子供たちの頬をよく撫でるので、二人の兄姉にとっての身体接触は優しいものであるという認識一択なのだろう。
そんな一家からの荒療治のような距離感によって、スティルクは触れられることに対する拒否感を、徐々に薄れさせていったのだった。
しかしそれでも、身についた習慣と思考の癖は消えない。
常に周囲の気配を探り、物音に耳をそばだて、場の空気を読んで冷静に対応していく。
全ては、この先を生きていくための処世術。
二度とあの日々に戻らないために、この生活を失わないために、スティルクは新たな世界を学び始めていた。




