↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願う未来は永久にともに  作者: めこまる
第二章 少年とソルガン家編
16/66

第15話 生き延びる手段

 ◇◇◇


「えーっ!? 私たちだって顔見たいよ! ちょっと見るぐらい、いいじゃない! ねぇ、兄さま?」

「ちょっとだけ! ちょっと覗いてすぐ出てくから!」


 耳に届いた子供の声に、スティルクは再び意識を取り戻した。徐々に視界の焦点が定まっていく中で、明るい声とドタドタとした足音が、遠くから近づいてくるのが分かる。

 首だけで振り向くと、彼らを一喝する声が響く。


「えぇい! うるさいぞ、お前たち! 騒ぐんじゃない!」


 あの人の声だ。

 扉が開かれ、壮年の男が姿を現す。


「あぁ……起こしてしまったか?」


 目が合うと、ソルガンは申し訳なさそうに眉尻を下げた。その横をすり抜け、二人の子供が駆け込んでくる。


「起きたのか?」

「ホントだ! わぁ、可愛い! おはよう!」

「こら、お前たち!」


 自分よりも年上の少年と少女が、目を輝かせながら走り寄ってきた。

 二人はまるでためらうこともなく、次々と口を開く。


「俺はシグルフ! こっちは妹のアストリアだ!」

「アストリアよ。よろしくね、スティルク!」


 満面の笑みである。

 何が彼らを楽しませているのか。彼らの目には、自分が余程珍妙な生き物に見えているのか。

 戸惑いに呆然としていると、ため息をついたソルガンが二人の腕を引いた。


「ほれ。顔を見たらすぐ出ていくと言ったろう。もう少し休ませてやりなさい」


 不満そうに顔をしかめるも、二人は素直に「はーい」と返し、背中を押されながら扉の方へと向かう。


「スティルク。元気になったら、いっぱい話そうね!」


 部屋を出る直前、アストリアと名乗った少女がにっこりと振り向いた。反応に困っているうちに、彼女はぶんぶんと手を振って部屋を出ていってしまう。


(何だったんだろう……)


 扉の閉まる音が部屋に響き、ソルガンが「はーっ」と息を吐き出す。


「騒がしくてすまんな」

「いえ……」

「儂の息子と娘だ。お前さんの名が知りたいというから教えたんだが……、スティルクで良かったな?」

「……はい」


 小さく頷き、腕に力を込めて身体を起こそうと試みる。まだ随分と重さが残っているが、先程よりは幾分か和らいでいるような気がする。

 横になったまま話すのは、どうにも居心地が悪い。


「大丈夫か? 無理はするな」


 慌てて駆け寄ったソルガンがスティルクの背に手を添えた。

 その瞬間、弾かれたように全身が跳ねる。


「っ! ……そうか。そうだよな……」

「あ……」

「……すまんな」


 何かに気づいたように目を見張ったソルガンが、苦しげに眉を顰める。

 失敗した、とスティルクは思った。

 警戒心を知られてはいけない。

 彼は生まれて初めて親切にしてくれた人なのだ。身動きもままならぬ今、敵(・)だと思われるわけにはいかない。


「すみません……。ちょっと、腕が痛かっただけです」


 嘘だった。

 痛みなど、あの日々の中でとうに忘れている。

 しかし嘘をついてでも、「あなたのせいではない」と伝える必要がある。

 

「……ありがとう、ございます」


 にこりと、笑みを浮かべる。

 総てが敵だった日々と世界の中で、自分が誰からも向けてもらえなかったものこそ、厭われぬための手段なのだとスティルクは判断していた。

 彼の子供たちだという二人も笑顔を向けてくれた。

 きっとこれが最適解のはずだと、縋るように信じる。


「……無理はするなよ」


 もう一度言うと、ソルガンはスティルクの傍らに腰を下ろした。

 思わず視線を落としたスティルクは、ふと身を纏う着物が自分のものではないことに気がついた。清潔な青い着物は身体に対してわずかに大きく、破れている箇所もない。


「あの、これ……」


 言わんとしていることを察したらしいソルガンは、「あぁ」と答える。


「お前さんの着物だが……。汚れが落ちそうにないのだが、あれは処分しても構わんか?」

「え。でも……」

「そいつはシグルフが昔着ていたものだ。他に使う予定もないから、良ければお前さんが使うといい。他の着替えは今、妻が繕っているところだ」


 確かに自分が着ていたものは、血と泥でひどく汚れていたと自覚している。その前から既に破れたりしていたので、何度か自分で繕って着ていたようなボロだ。

 しかし怪我の手当てをしてくれた上に、着替えまで施してくれるとは、本当にどういうつもりなのだろうか。


「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


 何か要求することがあるのなら、早めに言ってほしい。

 不安と警戒が露わにならぬように尋ねると、ソルガンは逆に不思議そうに首を傾げた。


「着替えは必要だろう。あんな不衛生な着物では、治るもんも治らんぞ」

「え……」

「それに、大人が子供を助けるのは当然の摂理だ。そう気にするな」


 彼は、スティルクの知る大人とは異なる生き物のようだった。

 痛めつけ、傍観し、嘲笑い、呪詛を吐く人間が、スティルクの知る大人というものだったのだ。彼の言う摂理が真実ならば、あの村では、ただ自分だけが異物だっただけなのではないか。

 そう思えて仕方がない。


「……スティルク。お前さん、歳は? いくつだ?」


 不意に問われ、スティルクは顔を上げた。


「……九歳、です」

「九歳!?」


 驚愕の声を上げ、ぶつぶつと呟く。


「てっきり六つか七つほどかと……。いや、しかし……そういうことか……」

「?」


 何か不審がられるようなことでもあっただろうか。

 他の子供とは関わらせてもらえなかったので、一般的な九歳がどういうものなのかが分からない。

 何をどう弁明したら良いのかと思案していると、長いため息が聞こえた。

 かと思うと、優しく穏やかな口調が問うてくる。


「……行くところや、帰るところはあるのか?」


 ふるふると首を振る。


「家族は?」

 

 スティルクは一瞬だけ息を呑み、努めて単調に答えた。


「みんな、死にました」

「……そうか」


 それ以上は問われなかった。

 代わりに、今度はソルガンの方が何かを思案している様子だ。


「……なぁ、スティルク」

「はい」

「……いや。しばらく、せめて身体が回復するまでは、うちにいなさい」

「いいんですか?」

「元々そのつもりで連れてきたんだ。遠慮することはない」


 スティルクは小さく頷き、礼を言った。

 どこまで受け入れて良いのか判断がつかなかったが、彼の厚意には従った方が良さそうだ。どうせまだしばらくは、まともに動けそうにない。

 生き延びるために、スティルクはにこりと微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。