第14話 傷だらけの少年
◇◇◇
耳に残る雷鳴が、少年の頭にこだまする。
ばしゃりと踏みつけた赤い水面が刹那の雷光に照らされ、傍らに横たわる誰かの手が、ゆっくりと足元へと伸びてくる。首から上を失った身体が誰のものだったのかなど、もう覚えてはいない。
そもそも、名前を知っている村人の数の方が少なかった。
皆が少年から距離を置き、誰一人として助けてなどくれなかった。遊んでくれる人もいなかった。
村人たちが互いに向けあう明るい笑顔は、少年にはただの一度も向けられたことはなかったのだ。
いつの間にか、首がないたくさんの躯が、少年の足元に群がっていた。足首や着物の裾が掴まれ、それを無感情な目で見下ろす。
──だってみんな、僕のこと嫌っていたじゃない……。
落とした呟きを聞ける人間はもういない。
自分の敵になる人間も、もういない。
だというのに、胸の苦しさが消えない。
──……僕は、どこに行けばいいんだろう。
躯の腕たちが、小さな身体に次々と絡みついてくる。
その重さに膝を折りかけたとき、少年の視界に光が広がった。
「──っ!」
夢を、視ていたらしい。
いつの間に気を失っていたのだろう。
視線の先には、見知らぬ天井と梁が見える。どこかの家の中と思われるが、捕まってしまったのだろうか。
身体を起こしたいが、全身に力が入らない。指先一つ動かすにも億劫で、自分の身体ではないようにさえ思えてしまう。
不意に人の気配を感じ、唯一動かせる首を左へと向けた。濡れた手拭いがパサリと落ち、初めて自分の額にそれが乗せられていたことを知る。
「おぉ。気がついたか」
低くしわがれた声に、全身に緊張が走った。
だが、高まる警戒心に反して、身体は全く動かない。仕方なく視線だけを向けると、白髪交じりの無造作な髪を一つに束ねた、粗野な印象の壮年の男がそこにいた。
「覚えてるか? 森でお前さんと会ってな。すぐに気を失ってしまったから、儂の家に連れてきたのだ」
言われて、男の顔がぼんやりと記憶にある気がした。
確かにこの男には、森で出くわした気がする。しかしそのときには既に意識が朦朧としていたため、あまりはっきりとは思い出せない。
「……ここは?」
少年は掠れた声で問いかけた。
手拭いを拾い上げた男が、傍らに置いてあったらしい手桶にそれをぽちゃりと浸す。
「お前さんと会った森から少し西にある、エルディンガルという一族の村だよ。儂はその一族の長で、ソルガンというものだ。怪我の手当てはしておいたが、熱も出ているようだし、無理に動くなよ」
雫を滴らせる手拭いを固く絞り、ソルガンと名乗った男はそれを少年の額へと乗せる。
彼が何をしているのか、何を言っているのか、少年にはうまく理解できなかった。ただ敵意は感じられないことだけが、少年の気をわずかに緩めた。
「手当て……?」
「……火傷、していたろう。膿みかけていたぞ。打撲の痕もあるようだが、骨の方は折れちゃあいなさそうだから、安心しなさい」
「あ……」
彼の言葉に、そういえばと思い出す。
真っ赤に熱せられた火箸を押し付けられ、何カ所も皮膚を焼かれていたのだった。痛みを忘れた肉体が今どのような状況にあるのか、少年には把握できていない。
気絶している間に治療まで施されていたことで、いっそうこの男の意図が分からなくなる。
「……どうして、僕を?」
思わず問うと、ソルガンは訝しむように黒い双眸を細めた。
「そんなボロボロの子供が目の前で気絶したら、助けるのは当たり前の話だろう」
その眼差しには何の疑いも、偽りも感じられなかった。
ひとまず敵ではなさそうだと、少年は判断する。それと同時に、また意識がぼやけてきた。焦点が定まらなくなってきたことを察したように、ソルガンが穏やかな口調で言う。
「今はとにかく休みなさい。……名前だけ、教えてもらえるか? 何と呼べばいい?」
「……なま、え……」
そんなことを訊かれたのは初めてだった。
呪詛のようにしか呼ばれたことのない、自分の名前。
逡巡する余裕もなく、少年は小さく口を開く。
「……スティルク」
それだけ告げると、少年は再び意識を手放した。




