第12話 光射す
◇◇◇
夜明け前。肌寒いそよ風を心地良く感じながら、セリヴァルは満天の星空を見上げていた。
雲一つない、晴れた夜空だ。これなら目的のものが望めるだろうと、笑みを浮かべる。
それと同時に、穏やかな声が耳に届いた。
「やっぱり、セラさんでしたか」
セリヴァルが立っていたのは、小さな家屋の裏手だった。その陰から、スティルクが姿を現す。ソルガンの家で育った彼は、二カ月ほど前から、この家で一人で暮らしているらしい。
一人の大人として自立を促すためだとソルガンは言っていたが、スティルクは大概のことは自分でできる上に、結局はソルガンともよく食事をともにしているので、はたして意味があるのかはよく分からない。
「ふふっ。驚いた?」
「まぁ、急に鳥がしゃべったから少しは驚きましたけど……」
夜に訪ねたときには彼が留守にしていたので、家の屋根に手製の使い魔を残しておいたのだ。魔鉱石の欠片を核として、小枝を織り上げて鳥を模したものに幻術まで施し、普通の鳥に見えるようにしておいた。
夜明け前、外に。
彼が帰ってきたら、それだけを発して、小枝の鳥はほどける手筈にしたのだ。
「少ししか驚いてくれなかったのねぇ……。まぁいいわ。ちゃんと出てきてくれたしね」
「セラさんの声でしたからね。何か用でしたか?」
声まで加工しておくべきだったか。悪戯心を込めた使い魔だったが、半分は失敗した気分である。
気を取り直したセリヴァルは、手招きして歩き始めた。
「いい場所を見つけたの。時期的にもちょうどいいし、あなたにも見せてあげようと思って」
「見せるって、何を?」
「着いてからのお楽しみ! さ、早く早く!」
唇に人差し指を立て、片目を瞑ってみせる。
怪訝そうにしながらも、スティルクは素直についてきた。
森の中、少し険しい坂道をしばらく並んで進んでいく。木々の間を縫うようにして進むたび、星の輝きが薄れ、空が白み始めていく。
そうして、やがて景色が開けた場所へと二人はたどり着いた。
「ここよ」
遠い眼下に、いくつかの集落が見える。小さな明かりが点々と散らばり、夜の終わりを静かに告げているようだった。
それを正面に見下ろし、セリヴァルは地面に腰を下ろした。隣をぽんぽんと叩き、スティルクに座るよう促す。
未だ状況が分かっていないながらも、彼はやはり言われた通りに腰を下ろした。
セリヴァルは両手に竹皮の包みを一つずつ出現させ、片方をスティルクへと手渡す。
「はい。朝ご飯ってほどじゃないけど、小腹がすきそうだったから」
「……おむすび? まさかセラさんが?」
竹皮を開いたスティルクが目を丸くしている。使い魔のときより驚いているように見えるが、残念ながらセリヴァルが握ったものではない。
「ソルガンを無理やり起こして作らせたのよ。西の珍しいお酒を対価にね」
「あぁ、なるほど……。確かに、大きさがソルガンさんっぽい」
「目をしょぼしょぼさせながら作っていたわ」
スティルクが声を立てて笑った。
三角の武骨で大きめなおむすびを前に両手を合わせ、「いただきます」と口にする。それに倣い、セリヴァルも両手を合わせた。
一口齧ると、ほのかな塩味と米の甘みが舌に広がる。
二口目で、焼き魚の具が出てきた。単純な作りでありながら、なかなか美味い。
これも西方では口にできない食事で、セリヴァルはご満悦だった。
「それで、見せたいものっていうのは何ですか? あの集落?」
「いいえ。そのさらに、向こうよ。そろそろ来るわ」
「来る……?」
セリヴァルの視線を追い、スティルクが気づいたように「あ」と呟く。
遥か遠くの山々の隙間から、わずかに金色の光が漏れ始めていた。
「日の出……ですか」
「この前、散歩中にここを見つけてね。ちょうど東向きだなーって思って」
視界いっぱいに広がる荘厳な光景。山の端に煌めく光が、ゆっくりと上昇し、眠りから目覚める空を鮮やかに染めていく。
夜の暗闇が朝の輝きに上塗りされていき、世界が色を取り戻す瞬間だ。
「……すごいですね」
感嘆の声を漏らすスティルクに、セリヴァルはニヤリと笑みを浮かべた。
「まだよ」
彼に見せたかったのは、これだけではなかった。
おもむろに両腕を前方へと伸ばし、
「もっと綺麗なものを見せてあげる」
と、告げる。
肌寒い季節が移ろい、暖かさを得始めるこの季節に、ここでしか見せられないものがある。
広げた両腕を力強く振り上げたその瞬間、風が興った。周囲の木々が呼応するようにさざめき始め、森から森へと伝播していく。
風と木々の輪唱が咲き誇る花弁を舞い散らせ、セリヴァルの腕の動きに合わせて、色彩豊かな花吹雪が日の出の輝きを乗せて空へと踊り出る。
「──っ!」
スティルクは言葉を失い、息を呑んで眼前に広がる光景に目を奪われていた。
この顔が見たかったのだ。
友のおかげで心が動き始めている今の彼になら、届くのではないかと期待していた。
「この辺りには早咲きの花が多くてね。それがほぼ満開になるこの時期にしかできないことなのよ。……どう?」
「……綺麗です。本当に、それしか言えないくらい……」
答える彼の声は、わずかに掠れていた。長い睫毛が震え、大きな黒瞳が色とりどりの景色を映し続けている。
その姿を見つめながら、セリヴァルは満足して鼻を鳴らした。




