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3

 配信開始から二十分ほど。


 今日は雑談配信だった。


 机の上には紅茶。 白い湯気。


 コメント欄もゆっくり流れている。


 > 今日静かだな

 落ち着く

 作業のお供にちょうどいい




 里愛はカップを両手で包むように持ちながら、小さく首を傾げる。


『そういえば』


『前回、カップのお話を聞かれましたよね』


 コメント。


 > あったな

 家に昔からあるやつ

 絶対高い




『高いのでしょうか……?』


 少し考える。


『あまり、分からなくて』


 > 出た

 金銭感覚

 お嬢様特有のやつ




『でも』


 少しだけ視線を横へ向ける。


『今日は、別のものを持ってきました』


 画面が少し揺れる。


 机の横から箱を持ってくる。


 深い紺色の布箱。


 コメント欄。


 > なんか出てきた

 絶対いいやつ

 その箱からもう高そう




『割れないように保管しているだけですよ』


 箱を開ける。


 中には、 綺麗に包まれたティーカップ。


 一つずつ、 丁寧に取り出して机へ並べていく。


 白磁に青い花。 金彩。 薄い翡翠色。 夜空みたいな群青。


 コメント欄が止まる。


 > え

 うわ

 ガチじゃん

 ちょっと待て

 本物っぽい




 里愛は並べ終えてから、少し嬉しそうに言う。


『姉さまのお土産なんです』


『旅行へ行くたびに、ひとつずつ』


『これは、海の向こうの国で買ったって』


 白いカップを持ち上げる。


『これは雪のお祭りの街、だったでしょうか』


 次。


『こちらは、砂漠の国だそうです』


『紅茶がとても甘かったと聞きました』


 コメント欄。


 > 情報量が上流階級

 姉さま何者だよ

 海外旅行土産でティーカップ増える家なに




 里愛は困ったように笑う。


『でも、一番使うのは最初の白いカップです』


『落ち着くので』


 コメント。


 > 一番高いやつだったりして

 愛用品ってそういうもんだよな




 里愛は静かに首を横に振る。


『値段は分かりません』


『でも……』


 カップの縁を指でそっと撫でる。


『貰ったものって、不思議と安心するんです』


『ああ、この時のだな、とか』


『その時のお話とか』


『景色とか』


『思い出すので』


 静かな声。


 コメント欄の流れが少し遅くなる。


『他のものに、思い入れがないわけではないんです』


『でも、人から貰ったものって』


 少しだけ迷って。


『……心が、温かくなる気がします』


 沈黙。


 小さく、スプーンが鳴る。


 コメント欄。


 > あー……

 なんか分かる

 大事にされて育った感じする

 この子見てると優しい気持ちになる




 その時。


 一つのコメント。


 > 箱の内側に名前書いてある




 里愛がぴたりと止まる。


『……え?』


 慌てて箱を閉じる。


 コメント欄。


 > 保護者きた

 仕事が早い

 今日も監視ありがとう

 もう専属SPだろ




 里愛は箱を抱えたまま、小さく息を吐いた。


『……配信、難しいですね』


 コメント。


 > よく今まで生きてこれたなお前




 少しだけ間。


 里愛は真面目な声で返す。


『はい』


『姉さまにも、よく言われます』

深夜。


匿名掲示板サイト《裏窓ログ》。


【今週見つけた新人配信者を雑に語るスレ part129】



---


512:名無しの観測者

リュシア今日カップ配信してた


513:名無しの観測者

カップ配信ってなんだよ


514:名無しの観測者

紅茶カップ並べてた


515:名無しの観測者

字面が静かすぎる


516:名無しの観測者

なのに見れるのなんなんだろうなあれ


517:名無しの観測者

今回やばかったぞ


518:名無しの観測者

何が


519:名無しの観測者

出てくるカップ全部高そう


520:名無しの観測者

またお嬢様してたのか


521:名無しの観測者

「姉さまのお土産です」

↑強すぎる


522:名無しの観測者

姉さま実在するんだ……


523:名無しの観測者

しかも海外旅行土産


524:名無しの観測者

育ちが隠しきれてない


525:名無しの観測者

本人まるで自覚ないの怖い


526:名無しの観測者

値段分からないのガチ感ある


527:名無しの観測者

でも自慢っぽくないんだよな


528:名無しの観測者

そこなんだよ


529:名無しの観測者

「人から貰ったものって心が温かくなる」

↑これちょっと好きだった


530:名無しの観測者

あれ素で言ってるの強い


531:名無しの観測者

なんか見てると情緒が落ち着く


532:名無しの観測者

分かる

配信っていうより深夜ラジオ


533:名無しの観測者

生活音が静かすぎるんだよな


534:名無しの観測者

スプーンの音好き


535:名無しの観測者

ASMRカテゴリ行け


536:名無しの観測者

でもあの子絶対ASMR知らん


537:名無しの観測者

「エーエス……?」ってなる


538:名無しの観測者

容易に想像できる


539:名無しの観測者

今回も保護者いたな


540:名無しの観測者

箱の名前気付くの早すぎて怖かった


541:名無しの観測者

あれ絶対常時フル集中で監視してる


542:名無しの観測者

姉説濃厚


543:名無しの観測者

なんかもう存在が怖いんだよあの短文コメ


544:名無しの観測者

でもいないと事故る


545:名無しの観測者

実際事故ってるしな毎回


546:名無しの観測者

今回の

「よく今まで生きてこれたなお前」

で笑った


547:名無しの観測者

「姉さまにもよく言われます」

↑綺麗すぎる返し


548:名無しの観測者

多分本当に言われてる


549:名無しの観測者

姉さま絶対苦労人だろ


550:名無しの観測者

妹が危なっかしすぎる


551:名無しの観測者

でも本人悪気ゼロなんだよな


552:名無しの観測者

むしろ善性の塊っぽい


553:名無しの観測者

だから怖い


554:名無しの観測者

悪意を想定してない人間感ある


555:名無しの観測者

ネット向いてなさすぎる


556:名無しの観測者

でも配信向いてる


557:名無しの観測者

矛盾してるだろ


558:名無しの観測者

いや分かるぞ


559:名無しの観測者

存在が配信向き


560:名無しの観測者

なんか空気が独特


561:名無しの観測者

見てると眠くなる


562:名無しの観測者

褒めてる?


563:名無しの観測者

癒し枠ってことだろ


564:名無しの観測者

でもたまに空気冷えるんだよな


565:名無しの観測者

保護者コメント来た瞬間な


566:名無しの観測者

あの人だけ配信の見え方違いそう


567:名無しの観測者

「危険箇所」を見てる感じする


568:名無しの観測者

職業病みたいで怖い


569:名無しの観測者

姉がセキュリティ関係説


570:名無しの観測者

何者なんだよ


571:名無しの観測者

カップの底も映さない


572:名無しの観測者

いた


573:名無しの観測者


574:名無しの観測者

まだ見てる


575:名無しの観測者

この人だけ配信を防衛として見てる感ある


576:名無しの観測者

妹守護霊


577:名無しの観測者

多分今もアーカイブ確認してるぞ


578:名無しの観測者

姉さま寝ろ


579:名無しの観測者

でもいないとマジで危ない


580:名無しの観測者

本人が平和すぎるからな……



---


深夜3時41分。


スレッドはまだ静かに流れ続けていた。

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