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4 【雑談】えいえすえむあーる?というものを教えていただきます【リュシア】



 配信開始。


 静かな部屋。


 机の上には、 いつもの白いティーカップ。


 視聴者数は、以前より少し増えていた。


『こんばんは』


 小さな声。


『今日は、その……前回、皆さんに教えていただいた』


 少しメモを見る。


『えいえす……えむ……あーる?』


 コメント欄。


 > ASMRな

 がんばれ

 かわいい




『えいえすえむあーる』


 ゆっくり復唱する。


『あれは、何なんでしょうか』


 コメント。


 > 音を楽しむやつ

 癒し系

 生活音とか




 里愛は少し考える。


『生活音……』


 カップを持ち上げる。


 スプーンで、 静かに紅茶を回す。


 からん。


 こん。


 澄んだ音。


 コメント欄。


 > あーこれこれ

 いい

 落ち着く

 助かる




 里愛は少し不思議そうにする。


『……?』


『スプーンがティーカップに当たる音ですか?』


『回しているだけですよ?』


 また、こん、と鳴る。


 コメント欄。


 > それがいい

 音が綺麗

 環境が静かなんだろうな




『ずっと聴いていたいんですか?』


 真面目に聞く。


 > 聴いてたい

 作業用に最高

 睡眠導入




 里愛は本当に分からなさそうに首を傾げる。


『この音が、いいんですか?』


『家にティーカップとスプーンがあれば、いつでも聞けると思うのですが……』


 コメント欄。


 > それを言うな

 正論やめろ

 お前の環境音がいいんだよ




『環境音……』


 時計。


 小さな衣擦れ。


 湯気。


 里愛は少しだけ周囲を見る。


『普通のお部屋ですよ?』


 コメント。


 > 普通じゃない

 静かすぎる

 空気が落ち着く




『そうでしょうか』


 少し間。


『皆さんのお部屋も、静かなのでは?』


 コメント欄。


 > 隣人がうるさい

 外でバイク走ってる

 生活感が違う




『……?』


『皆さん、大変なんですね』


 真面目に返す。


 コメント欄。


 > 世間知らず出てる

 お嬢様すぎる

 この子悪意なく刺してくる




 里愛はスプーンを置く。


 小さく音が鳴る。


 こん。


『でも』


『音って、不思議ですね』


『私は、この音を特別だと思ったことがなかったので』


 少し考えて。


『……皆さんが好きだと言うなら』


『好きな音、なのかもしれません』


 コメント欄。


 > あー……

 なんかいいな

 癒される

 優しい配信だ



 里愛は、少しだけ目を伏せる。


 スプーンを指先でそっと持ち上げる。


『……でも』


 小さな声。


『あまり鳴らすと、行儀が悪いので怒られてしまいます』


 コメント欄。


 > かわいい

 育ちが良すぎる

 テーブルマナーだ




『姉さまが、よく言います』


 少しだけ笑う。


『音を立てないように、静かに扱いなさいと』


 カップを持ち上げる仕草も、 どこか丁寧だった。


『……これを見られていたら』


 ほんの少し間。


『電話が来るかもしれませんね』


 くす、と小さく笑う。


 コメント欄。


 > 見てそう

 絶対見てる

 姉さま監視してるだろもう




 里愛は机の端へ視線を向ける。


 スマートフォン。

 通知は来ていない。


『……来ませんね』


 ぽつり。


『今日は、大丈夫みたいです』


 コメント欄。


 > 今日はって言った

 普段来るんだ

 草




 里愛は少し考えてから、 もう一台のスマートフォンを手に取る。


 検索欄。


「ASMR とは」


 画面を真剣に見つめる。


 コメント欄。


 > 調べ始めた

 勉強熱心

 配信中に検索するな




『……』


『囁くことも、いいんですか?』


 少し不思議そうな声。


 コメント欄。


 > そうそう

 小声とか

 耳元っぽいやつ




『耳元……?』


 里愛は首を傾げる。


『近くで話す、ということですか?』


 コメント。


 > そんな感じ

 やってみて




 少し迷う沈黙。


 それから。


 マイクへ少しだけ近付く。


 衣擦れの音。


『……こんばんは』


 小さな声。


 コメント欄。


 > うわ

 破壊力高い

 待って

 急に近い




 里愛は驚いたように画面を見る。


『……?』


『近すぎましたか?』


 コメント欄。


 > いや良い

 良いけど本人無自覚なの危険

 心臓に悪い




『そういうものなんですね』


 少しだけ考える。


『でも、あまり大きな声を出さない方が落ち着くのは、少し分かる気がします』



『夜ですし』


『静かな方が、安心しますから』


 その声だけが、 やわらかく部屋に溶けていった。

深夜。


匿名掲示板サイト《裏窓ログ》。


【今週見つけた新人配信者を雑に語るスレ part130】



---


801:名無しの観測者

リュシアASMR回やってた


802:名無しの観測者

ASMR理解してなくて草だった


803:名無しの観測者

「家にあるティーカップでいつでも聞けますよ?」

↑天然すぎる


804:名無しの観測者

正論なんだけどそうじゃない


805:名無しの観測者

本人だけ価値分かってないの好き


806:名無しの観測者

環境音が良すぎるんだよなあの配信


807:名無しの観測者

生活音が静か


808:名無しの観測者

時計の音とか雨音とか全部落ち着く


809:名無しの観測者

あと喋り方


810:名無しの観測者

囁きやばかった


811:名無しの観測者

急に距離近くなって死んだ


812:名無しの観測者

「こんばんは」

↑あそこ巻き戻したやつ絶対いる


813:名無しの観測者


814:名無しの観測者

正直3回聞いた


815:名無しの観測者

本人無自覚なの強すぎる


816:名無しの観測者

「近すぎましたか?」

↑違うそうじゃない


817:名無しの観測者

あれで破壊力理解してないの危険


818:名無しの観測者

でも本人マジで善意しかないんだよな


819:名無しの観測者

癒し系ってこういうことか……


820:名無しの観測者

「静かな方が安心しますから」

↑今日の締め良かった


821:名無しの観測者

夜に聞くと脳が溶ける


822:名無しの観測者

分かる

作業止まった


823:名無しの観測者

あと地味に笑ったの


824:名無しの観測者

どこ


825:名無しの観測者

「これを見られてたら電話が来るかもしれませんね」


826:名無しの観測者

姉さまwww


827:名無しの観測者

もう完全に存在してる扱いなんだよな監視姉


828:名無しの観測者

しかも電話来ないの草


829:名無しの観測者

今日はセーフ判定だったんだろ


830:名無しの観測者

保護者コメ今回控えめだったな


831:名無しの観測者

逆に怖い


832:名無しの観測者

見てないわけないからな


833:名無しの観測者

絶対裏で監視してる


834:名無しの観測者

姉さま今頃アーカイブ確認してそう


835:名無しの観測者

「ここは危険」ってメモしてそう


836:名無しの観測者

職業病感あるんだよなあの人


837:名無しの観測者

でもあの子ほんと悪意知らなそう


838:名無しの観測者

そこが危うい


839:名無しの観測者

ネット向いてないのに配信向いてる


840:名無しの観測者

矛盾した存在


841:名無しの観測者

本人は紅茶飲んでるだけなのに見ちゃうんだよな


842:名無しの観測者

なんか空気が綺麗


843:名無しの観測者

あー分かる


844:名無しの観測者

配信見てるというより静かな部屋にいる感覚


845:名無しの観測者

生活感が丁寧なんだよな


846:名無しの観測者

物音が全部静か


847:名無しの観測者

育ちって出るんだな……


848:名無しの観測者

あの子、自分が見られてる感覚薄そう


849:名無しの観測者

まだネットを部屋の延長くらいに思ってそう


850:名無しの観測者

だから怖いんだよ


851:名無しの観測者

でも見てしまう


852:名無しの観測者

マイクに近付きすぎないで


853:名無しの観測者

いた


854:名無しの観測者

保護者だ


855:名無しの観測者

今日も巡回済み


856:名無しの観測者

絶対リアタイで聞いてたなこれ


857:名無しの観測者

姉さま耳壊れてそう


858:名無しの観測者

妹ASMR被害者


859:名無しの観測者

でもちょっと笑った


860:名無しの観測者

感情見えない短文なのに愛情だけ伝わるのズルい



---


深夜3時58分。


スレッドはまだ静かに流れ続けていた。

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