4.押し引き
昨日の今日で、何だって言うの? 自分で拒絶して、突き放したのに、どうして私に構うの……?
「……離して下さい」
決して痛くはない。強引に連れてこられた割には優しい手に目を向けて、訴えた。殿下が、一瞬躊躇いながら手を離してくれたは良いけど、残る感触に胸がズキッと痛んだ。
「何の御用でしょうか」
冷たく聞こえるかもしれない。でも、そうでもしないと自分の心を保ってられないのも事実……。
「……あの男は、なんだ」
「先ほども申し上げた通り、学友です」
連れてこられた理由は、用事があったから……ではないの? こんな場所に呼んでおいて、またそれを聞く?
「距離が近い」
「学園では、あれが普通です」
「……そういう問題じゃない」
「では、どういう問題ですか」
間髪入れずに即答してみせた。私に押されたのか、殿下は次の言葉を出せずにいる。
「私は、これから授業ですので」
昨日流した涙を無駄になんてしたくない。
「昨日は、近づくなと仰ったのに……今日は、自分から近づいてきて……手まで取って、都合が良すぎます」
「……っ、」
「私にとって殿下は、ただの他国の王子様です。選ばれないのであれば、関わる理由もありません」
失礼と分かりながら、頭を下げた。
「こちらで、失礼します」
「……他の男に触れられるのは、不愉快だ」
下げた頭を上げて、あくまで冷静に――
「……はい? 不愉快?」
「……」
「番いなんていらない、そう仰った殿下が、今度は他の人に触れられるのが気に入らないなんて……勝手すぎます」
自分の口から出てる言葉と態度が矛盾してるって、この方は絶対分かってる。でも、それを向ける相手が私なのも、向けられる言葉も到底納得できるものじゃない。
「私の日常を……制限される理由はありません」
「……それでも、嫌だった」
一瞬、切なそうに見えた殿下が「すまなかった」と、来た道を戻って行こうとする。言い過ぎた、とは思わないけど……肩を落としたように小さく見える後ろ姿に思わず――
「あの……」
堪らず、引き留めてしまった。これが最後なら、後腐れなく終わりたい。
「私が、番いなんですか?」
返ってくる言葉に、期待――してるわけじゃない。
「……それを聞いて、どうする」
「否定、しないんですね」
ピクッと肩を揺らした姿だけで、あぁ……当たったんだって思ってしまう。
期待は、してない。ただ、何も感じないだけ。
「……キスしかけて、突き放して、実は番でしたーなんて。どうしろって言うんですか」
「結果がどうあれ、俺は貴女を選ばない。だから、貴女も俺を選ぶな」
それだけ言って、風と共に――去って行った。
――それからは、私の日常が戻った。突然現れたり、矛盾を吐かれることもない。
でも、小さな違和感が少しずつ増えていった――
「リゼお嬢様、ボーッとしてどうしたんですか?」
「え……?」
「考え事ですか?」
「あっ……いえ、何でもないわ」
――疲れ……かしら?
ある日の授業中は、ふとペンを持つ手が止まった。
「……?」
インクの匂いが、やけに強い……。いつもと同じはずなのに、鼻につくような感覚に、僅かに眉を寄せる。
「どうしたの、リゼ?」
「……ううん、何でもない」
気のせいだと思い直して、再びペンを走らせた。こんなことで集中を切らすなんて、らしくない。
――その時、隣から伸びてきた手がノートを指した。
「ここ、違ってるぞ」
ただの学友。だけど、異性の指先がほんの少しだけ私に触れた、だけなのに。
「……っ」
思わず、肩が跳ねてしまう。
「え? 悪い、驚かせたか?」
「……いいえ、大丈夫」
すぐに笑って見せたから、気を悪くはしてないと思う。ただ反射、しただけ。なのに……触れられた場所だけが、妙に気になる。
嫌、というほどでもないのに、どこか落ち着かない。殿下に触れられた時とは、違った違和感。
「……何考えてるのよ、私」
小さく息を吐いて、意識的に思考を切り替えた。
殿下は、もう関係ない。終わったこと……絶対、違う。
そう思いたいのに、同じような出来事が、いくつも続いたある日、お父様から呼ばれた。
「リゼ、お前に何件か縁談が来てる。見合い、してみるか?」
――こうなるのは、ずっと前から覚悟してたこと。
だから私は、一言だけ「わかりました」と伝えて、ベッドに飛び込んだ。




