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【新連載】「番いなんていらないし、関わりたくない……」 と言われました。そんな、抱き締められながら言われても……  作者: HARUHANA


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5.見合い、の三文字

 視線の先に、彼女が見える。

 淡い香りが、距離があるはずなのに鼻を掠めた気がした。


 ――甘い。

 あり得ない。こんな距離で、分かるはずがないのに。

 

 僅かに細められた彼女の目。

 その隣に立つ男の手の動きも、悔しいくらい全部、見える。

 彼女の前に立つ男が、穏やかに笑っている。

 距離は近すぎない。礼節も守っている。何も問題はない、ただの“正しい距離”。


 ……それでも。


「……っ」


 胸の奥を、何かが強く引き裂いた。

 見たくもないのに。その手が、彼女に触れた。


 ほんの軽く、肩に触れただけ。

 それだけのことだ。社交の範囲。咎める理由などどこにもない。なのに――


 布越しのはずなのに、その温度まで伝わってくるような錯覚に、奥歯を強く噛み締めた。


「……は?」


 喉の奥から、低く掠れた声が漏れる。

 口の中が、嫌に乾いている。


 ――嫌だ。


 理解よりも先に、感情が噴き上がる。


 あれに触れるな。

 それに触れるな。

 彼女に、触れるな。


 耳の奥で、自分の心音がやけに大きく響いていた。

 ドクン、ドクン、と――まるで急き立てるみたいに。

 

「……っ、くそ……」


 こんなもの、知らない。

 こんな感情、持つはずがない。


 ――番いなんて、いらない。

 そう言ったのは、自分なのに、どうして……どうして、あの距離を許せないんだろう。


 どうして、あの手を叩き落としたくなるのだろう。



「……触るな」



 ――そこで、はっと息を呑んだ。

 薄明かりのベッドの上で、天井に手を上げている自分。


「……夢……?」


 汗をかいた額に触れて、現実で良かったと思うべきなのか……離れて楽になると思っていた安直な自分の心に、呆れるべきなのか。


 夢の中でさえ、あんな声を出すなんて――


「情けない……」


 そう口にしながら、窓を一つ大きく開けた。

 入り込んでくる冷たい空気を浴びて、頭を冷やした。


「ソイル、いるか?」


 返答が返ってこないほど、早くに目を覚ましたようだったが、どうせもう眠れない。

 支度を済ませ、山積みになった仕事の山を、一つずつ片付け始めた。


 開けた窓から、朝日が差し込んでき始める時間――


「エイキ様、今日は随分早起きですね」

「……ソイル、今日の分は終わってるから一人にしてくれ」

「珍しいこともあるんですね。そういえば、ウェルガリアに置いてきた諜報の報告なんですけど」

「ウェルガリア……」

「お見合いするらしいですよ」

「誰が」

「リゼ様が」

「リゼ……」


 初めて、彼女の名前を呼んだ。

 ――そして、見合いの三文字が重くのしかかる。


「……そうか」


 短く返した声は、驚くほど平静だった。

 ……のくせに、書類に落とした視線が、まるで文字を捉えてくれない。


 ――他の男と、結婚……。


 夢の中で見た光景が、嫌に鮮明に蘇る。

 肩に触れた手。距離。笑み。


「……っ」


 ペン先が、紙を強く引っ掻いて、滲んだインクがじわりと広がる。


「……エイキ様?」

「……なんでもない」


 違う。これは関係ない。

 彼女が誰と会おうと、何を選ぼうと――


 僕には、関係ない。

 そう、分かっているのに。


「……見合い、か」

「良縁だと良いですね」

「……そう、だな」


 ――ボキッ……

 手元の筆で、音を立てて真っ二つに折れた。使い物にならない筆を見て、“壊れた物は、二度と直せない“ことと、自分を重ねるなんて……。


「ウェルガリアに行ったことが、無駄とは思いませんけどね」

「なぜ、だ」

「陛下は、嬉しそうに書簡を――」

「送ったのか!?」


 僕の変化に気付いて、誰か報告したとしたら――


「番い、ですからね」

「…………最悪だ」


 思ってる以上に低い声が、溢れた。


 自分で突き放したくせに。

 関わるなと言ったくせに。


 ――そんな自分が、一番どうしようもない。


 

 ***



「リゼ、陛下からのお呼び出しだ」

「陛下……?」

「何でも、至急登城してほしいそうだ。支度してきなさい」

「分かりました」


 侍女であるシェリルの手を借りながら支度を済ませ、急足で馬車に乗り込んだ。


 お城の入り口には、待ち構えていたように数名の官吏が立っている。

 謁見の間を通り過ぎて、入ったのは一般の客間。


「陛下、御前失礼致します」

「おぉ、待っていたよ」


 最近特に感じる、独特なインクの香り……思わずテーブルに置かれた書簡に視線を移した。

 押されたスウィーデンの刻印――


「察しが良いようで助かる。内容はすでに目を通した」

「……正式な書簡、ということでしょうか」

「そうだ。結論から言おう。リゼ嬢、お前にスウィーデン王国から正式に、エイキ第二王子の婚約者候補として打診が来ておる」


 ――最悪だわ。


 息の仕方を忘れたみたいに、胸が詰まる。

 会わなければ、関係ないと思っていたのに……。あんな風に突き放された相手の名前が、こんな形で目の前に差し出されるなんて。


「驚くのも無理はない。だが、これは両国にとって非常に意味のある話だ」


 淡々と続けられる言葉が、胸に刺さる。


「先方は“確定”ではなく、“候補”としている。つまり、お前の意思も尊重するという形だ」


 ――そんな……綺麗な話じゃない。

 ここまで整えられた時点で、“断れる余地”なんて限りなく薄い。


「返事は急がなくていい。が、あまり時間もない」


 久々に聞いた、大人の矛盾。


 “僕は貴女を選ばない。だから、貴女も僕を選ぶな”


 そう言ったくせに……どうして今更、こんな形で関わってくるの?


「リゼ嬢」

「……少し、考える時間を頂けますか」

「あぁ、構わん」


 それ以上は何も言わず、深く一礼して部屋を後にした。

 廊下に出た瞬間――


「……はぁ……」


 張り詰めていたものが、一気に崩れるように、深い息を吐き出した。

 落ち着こうとしても、無理。


 あの距離。

 あの声。

 触れられそうになった、あの瞬間。


「……ふざけないでよ」


 こんな形で選ばれるくらいなら……自分で選んであげる。

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