24.忘れられない姿
2026.6.25改稿しています。
「誰が……どこに行ったって……?」
騎士が報告に来た内容を聞いて、背筋が凍った。
「フランセス伯爵令嬢が、王妃殿下を訪ねられています。それと、伝言を預かりました。捕えた弟子に、警護を付けて欲しいとのことです」
あんな弱りきった身体で……わざわざ敵陣に……。
「……エイキ様」
「リゼが僕らのために動いてくれたんだろう」
「すぐ向かわれますか?」
「いや、リゼの努力を無駄にはしない。言う通り、牢に万全な体制を取れ」
「承知しました」
「予定通りに進めろ。リゼの警護も引き続き、怠るな」
……リゼ、お前に何度救われるんだろう。
番いを得る身じゃなかったら、出会わなかったであろう存在――次は……この命に替えても、守ってみせる。
「ソイル、念の為にリゼへ密偵を送れ。城では何も出来ないと思うが……ちゃんと部屋へ行ったか確認してくれ」
「御意」
……俺の愛しい番いは、想像以上に手が掛かるな。
***
「シルビア……」
彼女に初めて会ったのは、いつだっただろうか。
各国が集まる大規模な場で……まさか、番いを見つけるとは夢にも思わなかった――
スウィーデンの王として、成婚までに番いを見つけられなかった私は、貴族の中から選ばれた現王妃ジレットを妃に迎えた。不満などない。王妃になるべく、厳しく辛い修練も耐えてくれた。
だから……子を授かった時も、共に喜び、分かち合った。
――建国祭の式典に集められた各国の要人が一同に介した会場で……漂う甘い香りに、動悸がした。
ただひたすらに……その香りを辿って――
番いを見つけた。
妻も子もいる。だけど……抗うことは出来なかった。
側近に頼んで、彼女を呼び出し、番いであることを告げた。私がすでに妻子ある身だと理解した彼女は、無かったことにしたいと辞退を申し出た。
それは……至極真っ当なことで、仕方ない――そう何度自分に言い聞かせても、心と身体が解離する……。
建国祭の式典が終わっても、彼女を訪ね続けた。
「貴女を名前で呼びたい。貴女の香りがないと生きていけない……」
一度でも触れてしまえば、彼女を巻き込むと分かってた。ジレットにも罪悪感でいっぱいだった……だけど、私は――
「私には貴女だけなのです」
そう告げて、唇を奪ってしまった……。
触れてしまったら最後、私の番いとして発情を起こし……そして、エイキが生まれた。
側妃として最上級の離宮を与え、シルビアとエイキに私の愛を一身に注いだ。どこにいても、シルビアの香りが私に癒しを与え、生きる意味をくれた。
愛し合って二人目を孕った頃から、徐々にシルビアに変化が現れ始めた。時々ふと消える香り、優れない表情……妊娠による体調の変化だと言う医師の説明を間に受け、見過ごしてしまった。
ただでさえ、側妃という微妙な立場で第二子の妊娠……対外的には内密にしていた。生まれたら公表しようと。
――そして、まもなく生まれる臨月のある日。
シルビアの香りが完全に消え、城から姿を消した。
「すぐ探せ!!」
「陛下、エイキ様が――」
馬車に乗って帰ってきたシルビアの胸に、勢いよく飛び込んだエイキを止めることも出来ず……シルビアが受け止めた。
徐々に顔色が悪くなり、慌てて離宮へ運び入れたが……ベッドの上で、お腹を押さえて泣いた。硬くなった腹部が何を意味してるのか……医師から告げられた死産の言葉。それだけが響いたのを今でも覚えてる。
そして、死産した子を産み落としてすぐ、シルビアの容体も悪化した。
「シルビア! ダメだ……諦めてはダメだ!」
「陛下……私……番いになれて……嬉しかったです」
「そ、そんなの、元気になったら幾らでも聞くっ」
「……愛して、ます……」
「シルビア!」
「……エイキを……エイキだけは――」
瞳を閉じ、腕が力無く項垂れた姿は……何十年経っても忘れられない。唯一無二の番いを失った私は……喪が明ける一年、笑うことはなかった。それが……エイキを余計に追い詰めてしまった。
自分のせいで母親を失った自責の念を抱え、番いを失った私の姿のせいで、自らの番いは見つけない……と。
だが、それでも良いと思った。
失う苦しみを知ってしまった私には……同じ思いをさせる事など出来ない。ただ……愛し合う尊さは、知るべきだとも思った。互いが唯一となる尊さは、何物にも代え難い。
私のせいで塞いでしまった心を溶かせるのが番いだけならば……成婚の期限までに、最後の足掻きとして隣国に足を運ぶように促した。
それが――リゼ嬢だった。
シルビア……エイキが番いを見つけたぞ。
どうか、エイキが生涯を番いと共に添えるように見守ってやってくれ。例え、困難があったとしても……自らの決断で乗り越えられるような力を、エイキに与えてやってくれ……。
「陛下、報告書をお待ちしました」
「……うむ」
「あの時と全く同じ状況です」
「……そうか」
「本当にこのまま静観されるのですか?」
「私は、最後の砦だ……」
――その時が来たら、正しい判断を下さねばならない。シルビアの死を、無駄にはしない。




