23.嵐の前の静けさ
「……俺もだ」
傷付けるかもしれないと分かっても、隠せなかった。
短く、それだけ。否定もしないし、取り繕いもしない。ただ、事実を伝えた。
「リゼの香りが、分かりにくい」
瞳が揺れてるのが、分かる。
「さっきまで側にいたのに、離れた瞬間に分からなくなる……笑えるな」
「……」
「番いなのに、こんなことになるとは思ってなかった」
「……私は、もう……番いじゃ――」
「違う。そうじゃない」
その先を聞きたくなくて、言葉を遮った。
リゼがそう思うのも無理はない。だけど、願望も含めて強く否定した。
「感じるかどうかで決めるなら、最初からいらない。俺が欲しかったのは、“それ”じゃない」
「……でも」
「今も、ここにいる理由は変わってない」
全てが本音で、受け止めてくれるなら全てを晒す。
「外から“消された”なら、戻せる可能性がある」
「……それじゃ、帰らなくて……良いの?」
「当たり前だ。だから、諦めないで欲しい」
シーツを強く掴んだリゼの手に触れた。少し震えた手に重ねて、「リゼ」と名前を呼んで、辛そうに潤む瞼にキスをした。
「感じなくても、俺の番は、リゼだけだ。忘れないでくれ」
「……はい」
少しの間、リゼの側にいた。
ソイルが呼ぶまで、そう思って他愛もない話をして過ごしていたが……暫くして、取り調べを終えたのかソイルと騎士が呼びにきた。
「少し離れるけど、部屋の外には騎士がいる。侍女も控えさせてるから、何か異変があればすぐ呼んでくれ」
「わかりました。エイキ様も……気をつけて」
「あぁ」
そっと扉を閉め、厳重に警戒するよう伝えた俺は、ソイルと共に廊下を進んでいく。
「……で、どうだった」
「王妃殿下の名前は出ません。完全にリゼ様を戻す方法も口を割らず、取り調べが続いています」
「あまり時間を掛けたくないな……。他に怪しい動きは?」
「王妃殿下の周囲が動いてるようで、調べさせています」
「狙うとしたらリゼだ。誰も入れるな」
「御意」
今、出来ることが少なすぎる……。城の調香師にも調べさせてるが、解決に至る糸口がない。
母さんへの執着が引き金になってるなら、助かったリゼを再び狙う可能性が高いと読んではいるが……。
「……ソイル、一つ頼まれてくれるか?」
「何なりと」
……うまく行けば、良いが。
***
「リゼ様、まだ横になってた方が……」
「起き上がるくらいなら、大丈夫。何か、私が寝てる間の話、聞いてる?」
「そうですね……」
言葉を選んでいるのか、シェリルが少しの間を作った。
「……捕えられた男は、未だ証言してないと聞いています」
「そう……」
「それと、整ってからお話しようかと思ってたのですが、ソイル様から『今夜は、お部屋を移動して欲しい』と伝言を預かっております」
少しふらつきは残りつつも立ち上がった。
「そう……分かった。ねぇシェリル、王妃様に会うわ」
「ダ、ダメです! リゼ様を危険に晒すわけには――」
「それでも……会って、伝えたいことがあるの。大丈夫よ、騎士様に同席してもらいましょう」
「では、せめてエイキ殿下にお伝えしてから……」
「廊下の騎士が数名いるなら、一人に伝言をお願いして」
エイキ様を縛り続けた鎖を断ち切るなら、あまり時間は掛けたくない。
「……行きましょう」
騎士を伴って、ゆっくりした足取りで王妃様のあの部屋へ向かった。
香りに鈍くなったわけじゃなければ、今はあの甘い香りは感じない。突然の訪問なら、口に違和感を残したお茶の用意もしにくいでしょう。
部屋の前に着き、控えた者に訪問を伝えた。
前にも見たメイドの一人は、視線で動揺を見せている。
「……どうぞ、王妃様がお待ちです」
「ありがとう」
許可を得たわけではないけど、何も言わず騎士にも入ってもらった。
侍女が何か言おうとしたのを王妃様が止め、そのまま前に進んだ。
「突然の訪問、申し訳ございません」
「……いいえ。御使い、助かったわ」
「お役に立てたなら光栄です」
「それで、突然どうしたの? 体調が悪くて休んでるかと思ってたわ」
相変わらず異様な微笑みを続ける王妃様に、頭を下げた。
「……何故、エイキ殿下のお母様を亡き者にしたのですか」
「…………」
「だ、誰に向かって――」
王妃様の侍女が一人、怒りを露わに一歩前に出た。
「お止め」
「ですが――」
睨みつけたのか、視線で訴えたのか……侍女が何も言わず後ろへ下がった。部屋の空気が、一気に重くなる。
「何か、勘違いをされてるんじゃないかしら。私じゃなく、あの子が原因でしょう」
「エイキ殿下は、きっかけの一つに過ぎません。私と同じように、調香師によって香を焚き、お茶に含まれた成分によって、お腹の子と共に命を落とされたのです」
「そんな証拠、どこにもないわ」
「……あります。過去の調香師だった者の弟子……そう言えば伝わりますか?」
「…………」
ほんの一瞬、僅かに眉が動いたのを私は見逃さない。
「街で私を救ったのは、その弟子です。そして、今捕えられて取調室にいます」
「だから何だと言うの? 私には関係ないわ」
「……私は、解毒薬のおかげで命の危険はありません。回復するための処方も手に入れました」
……ハッタリだとしても、弟子と接触できない王妃様には確認のしようが無い。
「弟子が、王妃様の名前を出せば、もう言い逃れは出来ません。そして、番いを消したいと望んだ王妃様の思惑は崩れたのです」
「はっ……随分、生意気な娘だこと」
「どう思われようと構いません。これ以上、エイキ様の傷を深くすることは……見逃せません」
「――出て行って頂戴。私には関係ない話よ」
私に背を向けるように、窓を向こうを見ている。
この訪問に意味があったと信じたい……。弟子さんには本当申し訳ないけど、囮になってくれたら少しは真実に近付けるかもしれない。
そう心に思いながら頭を下げて、王妃様の部屋を後にした。




