21.過去のやり直し
「王妃様、エイキ殿下がお見えです」
「あら、そう……通して頂戴」
「かしこまりました」
……随分、早いこと。
あの時の陛下も……早かったわね。
「突然の訪問、お許し下さい」
「構いませんよ。そんなに血相を変えて、どうしたの?」
「……リゼを、知りませんか?」
「リゼさん? さぁ……」
「ここに呼ばれたのは存じています」
「……あぁ、お茶をしたことね。お話しした、だけよ」
私と話しながら、視線だけで彼女を探すのね。ふふっ……香りがないものね。
「何を言ったんですか。以前は、離れろと伝えて……今日は何を伝えたんですか」
「何も。ただ……貴方のそばにいる理由を聞いただけ」
「…………」
「努力して手に入れたものなのか、それとも――選ばれただけなのか」
ピクリと、指先が止まる。
「母さんにも……同じようにしたんですね」
「…………」
「ここに呼んで、香りを消した。そして、外へ出した」
「……随分前のことで、忘れてしまったわ」
「そうですか」
満足したのか、踵を返して扉へ向かって歩いていく。
その姿勢も、顔も……あの女にそっくり。
王妃になるためだけに努力して、成し得た地位を……愛を……、あっさり奪って行ったあの女と同じ。
「そうそう。彼女、とても顔色が悪かったように見えたわ」
振り返ったその目に、はっきりとした焦り。
「……何をした」
「何も。ただ――少し、外の空気を勧めただけ」
ふふっ……。
「……何も起きないと、良いわね」
――バタン……扉が閉じた。
思わず、ふっと息を吐いて笑った。
「ねぇ、シルビア……」
指先でカップをなぞる。
「貴女の息子にも、ちゃんと、選ばせてあげるわ――絶望を」
***
街を行き交う人の声も、足音も、全部が薄く膜を張ったみたいにぼやけて聞こえる……。
「……っ、」
重たい頭を振るように、小さく首を振った。しっかりしなきゃ――そう思うのに、意識がどこか沈んでいく。
……あの日、聞いた話が頭の中でゆっくりと繋がっていく。
――香りが消えた
――どこにいるか分からない
――外に、出ていた
「……同じだ」
王妃様に呼ばれて、お茶をして。そのあと外に出るように仕向けられて。
「……こうやって……エイキ様のお母様も――」
香りを消されて、誰にも気付かれないように街に出たんだ。
「……エイキ様」
徐々に力が入りにくくなる身体を、人目につきにくい路地の壁に預けた。諦めたくない。これじゃ、またエイキ様が自分の責任だと思ってしまう。
「具合いでも、悪いんですか?」
低い声に、ビクッと身体を震わせて振り返った。知らない男性が一人、深くフードを被って手を差し伸べる。「お気になさらず」と伝えても、離れていかない。
「……今度こそは、救いたい」
「……え?」
「ここでは、何ですから。場所を変えましょう」
そう言った男の口元が微笑んでいるのに気付いて、鳥肌が立った……。異様な空気を出して、「さぁ」と尚も手を伸ばす。
「……何者、ですか」
「香りを消した本人」
「……え」
「仕方なかった、あいつには逆らえない……。だから、今回こそは助けたいんだよ。あの時は間に合わなかったから。な、ほら……俺だってやり直せるだろ?」
「……それ以上、近付かないで」
座り込んだまま、後退りした時、手元にチリッとした痛みの正体を持ち上げた。ガラス瓶の破片――
「それ以上近付かないで」
握りしめた角から血が滲んでも、破片を男に向けて抵抗した。この男に良いようにされるくらいなら、死んだ方がマシ。破片を向けたまま壁を伝って立ち上がったけど、ふらつく意識に歯を食いしばった。
「番いは、匂いを辿れない。大人しく――」
「……大人しくするのは、お前の方だ」
息を切らしたエイキ様が、剣先を男に向けて私の前に立ちはだかった。
「城に出入りしてたのは、お前だな?」
「ち、違う、俺はやり直しをっ」
「言い訳は、取調室で聞こう。すぐ連れて行け」
すぐに、男は数人の騎士に囲まれた。
「リゼ、遅くなってすまなかった。大丈夫か……?」
「……身体が言うことを……聞かなくて」
「すぐ城に戻ろう」
「こんなに近くにいるのに……香りがないんです……」
「あぁ、俺もだ」
食い込んだ破片をそっと取り除いで、慌てた様子で止血を始めた。
「……巻き込んで、ごめんなさい」
「それは……俺のセリフだろ」
――ドクンッと心臓が跳ねた。徐々に浅くなる呼吸に、抗うように息をしても呼吸が乱れていく。
「リゼ!? おいっ、しっかりしろ!」
「……エ…………イキ……」
「ソイル! 最短で馬車を回せ!」
遠くなる意識の中で聞こえた、男の叫び声――
「――手遅れになるぞ!!」




